第11話

 飾り窓の通りを抜け、入り組んだ路地を五、六分走ると、小さな広場に出た。

 はずれにある古い教会の裏口に周ると、線の細い神経質そうな背中が階段を降りていくところだった。

 気づかれないようにすこし間を置いてから、私も階段の降り口に立った。

 じめっとした石の階段が下に向かって伸びていた。長いあいだ人びとの靴底に虐げられ、真ん中がくぼんでいた。そのくぼみに、今朝方降ったらしい雨水がたまっている。

 初冬の雨の、冷たい匂い。

 階段の右側は石壁になっていて、ロープ状の黒い鉄の手すりが取りつけられていた。

 冷えきった指先で手すりに触れると、冷気とともに何か別のものも沁み入って来た。

慌てて手を引っ込めたが、時すでに遅し。指先に鉄のにおいがしみついた。

 一番上の段の小さな水たまりにわざと騒々しい音を立てて足を突っ込んでから、勢い良く降りて行った。

 古い木の扉があった。

 ほとんど腐りかかっているその扉を押す。

 黴と苔に覆われ黒にも緑にも見える扉は、音も立てずにするりと内側に向かって開いた。煙幕のように埃が舞い上がった。

 豪奢で、昏い部屋だった。

 古びて飴色に光るマホガニーの大テーブルの上で銀の燭台が鈍く光り、黒い鋲打ちが巡らされた革のソファの周りには重くて甘い煙が漂っていた。

 マントルピースの上には、真っ白なされこうべが無造作に転がしてあった。

 部屋の四方には壁紙代わりに黒いベルベットが張り巡らされている。

 贅沢な布の感触を味わいたくて壁に手を伸ばすと、ベルベッドの上に磔にされていた瑠璃色の蝶たちがいっせいに羽を震わせ身をよじり、虫ピンを胴からひり出すと、青い吹雪のごとくにあたり一面を飛び狂った。

 蝶たちが飛び去った廊下の向こうから、二列に並んだ全裸の男女がこちらに向かって行進してくる。

 列の右側に男たちが、左側に女たちが整列し、音もなく滑るようにこちらにやってくる。あわててソファの陰に身を隠したが、すぐにそれが無益な行為だったと悟る。

 脇を通り過ぎていく連中はみな赤いリボンで目隠ししていた。何も見えていないはずなのに、その足取りは優雅で自信に満ちていた。

 ふいに胸がむずむずしだした。

 遠い昔に感じた、永久歯が歯茎を押し上げる時の、あの粘つくようなな痛痒さを思い出した。

 むしり取るようにネクタイをはずし、ワイシャツの前をはだけた。

 平らだった胸が急にせり出し、乳房がまろやかに実った。

 首筋に生暖かいぬめりけを感じて手をやると、指に赤黒くどろりとした液体がついた。 

 見上げると、懐中時計やオルゴールの内部のような金属製の歯車やゼンマイが天井を埋め尽くしていた。歯車は音もなく回り、赤黒い雫は時折ぽとりぽとりと部品の間から落ちているのだった。

 全裸の男女は相変わらず滑るように進んで行く。ベルトコンベアーに乗って運ばれて行くみたいに。

 行列の中ほどに、脚の間から血を流している女がいた。

 それを目にした途端、下腹の奥がせつなく締め上げられ、脚の間から熱い液が滴り落ちてズボンを赤黒く染めた。

 思わず舌打ちする。女の体というのはなんて忌々しいのだろう。

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