第13話
プール脇の遊歩道を辿って行くと、街が一つすっぽりと収まるほどの巨大な天幕が見えて来た。
天幕はやはりどこまでも白かった。手を触れれば、肌の全ての色素が吸い取られてしまうのではないか。そう畏れさせるほどに仮借ない白さ。
帷幕がするすると左右に開き、全裸の行進は天幕の中に吸い込まれて行った。
彼らに倣い、中に入る前に服はすべて脱ぎ捨てた。
紅い目隠しがないのが少し残念だったが、仕方がない。いまや童女になってしまったこの体では、どのみち目立つことは避けられないだろう。
閉じかかっている重い帷幕をかき分けるようにして行列の後を追った。
天幕の内側は、白というより薄橙や桜色に近い、やや赤みを帯びた色だった。
広大な空間のそこここで、全裸の男と女が交合していた。薄明かりの中でぬめぬめと光り、まるでナメクジの交尾のようだ。
誰も彼も滑稽なほど真剣だった。
絡み合うナメクジ達の間を縫って、天幕の中央にある巨大な肌色の山を目指した。
満開の桜にけむる野山のように、稜線が霞んでよく見えない。
進むにつれて人いきれが濃くなり、同時にあたりの臭気も重く澱んでいく。
汗のにおい。唾液のにおい。経血のにおい。精液のにおい。吐瀉物や排泄物のにおいも、あるいは混じっていたのかもしれない。苦い涙のにおいさえも。それは命の証なのか、あるいは死の予兆なのか。唾液も汗も命の故だろう。だが、血は?
ひとたび体外に出てしまえば、体液は何ものにも縛られない。ただ低きに流れて、行く手に現れたものと混じり合うだけ。体から滴り落ちた汁という汁が混じり合い醗酵したこの腐乱臭は、分解されゆく命の断末魔なのか。あるいはあらたな秩序に向かって集まった、生命の原液のにおいなのか。
しかしおそらく、そんな問いはここではまるで意味を持たない。寄せては返す波のように、命と死が絶えず交錯しているこの場では。
山の裾野にたどり着き、いただきを望む。樹木の代わりに山肌でざわざわと揺れているのは人の四肢。蛸の脚のように、関節の向きなどまるでお構いなしに、でたらめに絡み合った腕や脚が宙空に突き出て、だれをともなく手招きしている。
目に止まった真っ白な足の甲の持ち主の顔を拝もうと視線を巡らせたが、叶わなかった。白く艶めかしい足の甲は、太もものあたりから唐突に炭色の隆隆たる筋骨に化け、さらにその先の会陰からは、髪の色も肌の色も異なる二つの頭がまるでキノコか何かのように生えているのだった。これらはもう二度と、もとの持ち主の元には戻らないだろう。
私の探し人はこの山のどこかにいる。
私は声を限りにただ叫んだ。呼びかけるべき名前はなかった。もういかなる名前も意味を成さない深いところまで降りてきてしまったから。だから代わりに、ことばという器に納まることのない、形のないエネルギーをぶつける。言葉という衣を纏わない声を。
互いを喰いあってもぞもぞと節操なく蠢動していた肉の山は動きを止め、一斉にこちらを向き、私を睨めつける。手や足や頭がこれだけたくさんあるにもかかわらず、なぜか目玉だけはどこにも見当たらない。それでいて砂漠の太陽のような苛烈な視線が間違いなく私を射抜いている。ただ一つの視線が。
私は視線の主をどうしても突き止めたかった。あたりはどこもかしこも、羊水まみれの赤ん坊のようにぬらぬらしている。嫌悪感を抑えながら、手近にあった頭部の毛髪をつかみ、顔をこちらに向けさせる。熟れすぎた果肉が種の周りから溶け落ちるように肉が骸骨からずるむけ、眼窩には黒々とした虚空があるばかりだった。
思った通りだ。目玉などいの一番に溶かされ、奪い去られてしまったのだろう。いやむしろ、持ち主の方がすすんで差し出したのかもしれない。ここにいる者たちにとって最も不要なものだからだ。
目の際に、半透明の煮凍りのようなものがこびりついていた。指の先で恐る恐る触れると、干からびかけていたそれは急にみずみずしさを取り戻し、ふるふると朝露のように身を震わせ、私を「見た」。
そして滴から一本の細い糸に形を変え、私の爪の裏に潜り込んだ。針で刺したような鋭い痛みが走り、爪が弾け飛んだ。
それが陵辱開始の合図だった。
温かいものが、とろりとろりと皮膚に絡みつく。かかとから足首、ふくらはぎへ。どろっとした透明の液体が膝の裏を這い上がり、内腿へ。ぬらりぬらり。足の付け根へ。
ふいに潮目が変わった。肛門から尿道から膣から、口から、鼻の孔から、汗腺から。体のすべての孔という孔から、粘液は一斉に染み込んでくる。
形を持たない侵入者たち。無数の目玉が液化し、混じり合ってひとつになった大いなる視線が私の体表を覆っていく。
皮膚の表を細かい針が絶え間なく刺し、裏側を黒蛇が、赤く細い繊毛のような舌先で舐め上げていく。受け止めきれない烈しい快楽に、理性や知性が完膚なきまでに叩き壊されていく。
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