第9話 カスミ先生の選択 (カスミ視点)
翌日から生徒たちの訓練が始まった。どうやら剣を教えるようだ。
兵士が私にも剣を渡し、稽古をつけてやるとえらそうにいう。
しかも目つきがいやらしい。
ちょっとむかついたので、あなたでは相手にならないと正直に言うと睨まれた。
しばらくすると、にやついた嫌な男が隊長と名乗ってさっきの兵士と一緒に近づいてきた。
隊長と言うより、盗賊のボスといった方がしっくりくるような風貌の男である。
「あんた、先生なんだってな。
だが、ここではただの新参者だ。
おとなしく俺たちの言うことを聞いた方が身のためだぞ。
それとも剣より酒の酌の方が得意か?
俺たちはそれでもかまわないぞ」
本当にいやらしい。
この国の兵士は隊長から下っ端まで上から目線で、目つきはゲスそのものだ。
さっきの兵士にも増してむかついたので少し本気で相手をしてやることにした。
「わかりました。
それではあなたがたが二人いっぺんに私の剣の相手をしてくださるのですね。
まあそれでも役が不足していると思いますが……」
「こいつ、まだそんな強がりを。
いいだろう。腕の一本でもへし折ってやれば言うことを少しは聞くだろう。
こい」
二人は抜剣して構えた。
私は敢えて剣を抜かずに自然体で構え、対峙する。
そして、全速で移動し、二人の心臓の真上を正拳突きし、元の位置に全速で戻る。
スピードの桁が一万倍ほども違うのだ。
二人は何が起こったのか全く分かっていない。
正確には私が突きを放ったことはおろか、その場を動いたことすら認識できていないのだ。
そして二人はそのまま硬直し、動くことは二度となかった。
立ったまま意識を失ったのだ。
というか、心臓に強烈な突きを食らって一時的に心停止している。
肉体が木っ端みじんにならない程度には手加減したのだが、彼らの心臓が再び動き出すかどうかは運次第だろう。
とりあえず、ちょうど休み時間となったので、立ったまま白目をむいて動かない二人の状態を、他の兵士に教える。
連絡を受けた兵士は、異常を察知し慌てて二人を医務室に運び医者を呼びに行ったようだ。
休み時間が終わった後の訓練には、別の部隊が配属されたらしく、二度と先ほどの兵士たちを見ることはなかった。
午後の訓練が終わったところで、例の剣士君に謝ろうと思って探していると、クラスの図書委員の関谷香織さんと一緒に街へと出かけていくようだ。
デートだろうか?
若いっていいなと精神年齢100歳越えの私はうらやましく思う。
肉体年齢は25歳なのだが……
とりあえず気に掛かったので後をつけてみた。
決して覗きや出刃亀がしたかったわけではない。
二人は兵舎の裏庭から城の西門に出て、商業地区の外れまで進んでいく。
ここから先は住宅街で、人通りもまばらなようだ。
寂れた公園の一角に置いてあるベンチに二人は並んで腰を下ろした。
やはりデートだろうか……
私はそっと二人に近づこうとするが、関谷香織さんはかなり勘がいいらしく、ベンチの後ろ10mまで近づいたときにこちらを振り向くそぶりを見せた。
私は素早く公園の木の幹に隠れる。
しかし、ここからでは二人の会話の内容があまりはっきりとは聞き取れない。
私は姿勢を低くし、耳に全神経を集中する。
かろうじて、所々二人の会話が聞こえてきた。
「トキ○○さん、○○たは何者○の?」
「それは……どういう意味でしょう?」
「○○○○○○○○人はおろか地球○かどうか○疑ってい○○。」
どうやら愛の告白ではないらしい。
それに、関谷さんは剣士君を地球外生命体と認定している様子だ。
なかなか感が鋭い。剣士君は私が巻きこんだ異世界人なのだから、彼女の感は正解だ。
そんなことを考えていると耳が慣れてきたのか、二人の会話がさっきよりはっきりと聞き取れる。
「私は二度目の召喚なのよ。
以前こことは別の異世界で勇者をやらされていたわ。
もしかしてあなたもそうなの?」
驚いた。
関谷香織さんも別の世界を体験していた人だったとは……
更に衝撃は続く。
「俺は、○○○○○○が似たようなものですね。
転生した先で○○○○○○○○魔法剣士をしていました。」
剣士君の言葉はやや聞き取りにくいが、どうやら彼は転生して異世界で魔法剣士をしていたらしい。
これで剣士君の長ったらしい名前の秘密が分かった。
転生前の日本人名、霞寺(カスミジ) 時祐(トキヒロ)と転生後の名前、ジェフリー・ミストが続けて表示されていたと言うことのようだ。
「私、鑑定を持っているのよ。
……
そして、あなたのステータスが私の真のステータスと互角のものだと言うことも分かったのよ」
なるほど、二人ともステータス表示の限界値を超えているらしい。
私とどっちが強いのだろう。
空手少女だったことから強い相手を見ると手合わせしたくなるのが私の悪い癖だ。
往年の力を手に入れた以上、今の私と互角の人物を私は一人しか知らない。
やはり、ライバルは必要だ。
ライバルの存在は己を高めてくれる。
もし、あの二人が私のライバルたり得るくらい強いのなら、是非一度お手合わせ願いたい。
更に聞いていると、二人は偽装というスキルを覚えているようだ。
うらやましい限りである。
私など、サイコキネシスで無理やり鑑定の宝玉の表示を狂わせているのだ。
偽装できれば無駄なサイコキネシスを使わないですむ。
それから二人はしばらく情報を交換していたが、やがて来た道を帰りはじめる。
住宅地の特に人通りが少ない場所に二人がさしかかったとき、私のエンパシー能力に明らかな敵意が感じ取られた。
しかも複数だ。
敵意を持った人物あるいは動物の位置から、二人が囲まれていると分かる。
どうする。
助太刀するべきか?
しかし、さっきの話では、二人ともかなり強そうだ。
ここは二人の強さを確認するためにも少し傍観して、危なくなったら助太刀しよう。
私が考えていると8人の男たちが二人を囲んだ。
私は物陰に身を潜め、二人の戦いを見守る。
現れたのは城の兵士8人のようだ。
暗い中確認しにくいが、皮鎧の姿に見覚えがある。
更に少し離れたところにもう1人、兵士らしい男がいる。
二人はリーダーらしい男に声をかけられ、周囲を囲まれるようにして移動する。
兵士たちは夜のとばりが降りた城下町の門をくぐると草原へと二人を誘導する。
成り行きを確かめるように、二人の男が後を追う。
そこから更にかなり離れて私が続く。
城の外に出てしまえば人目はない。
辺りが暗いこともあり、私は堂々とレビテーションで飛んで二人を追いかけた。
暗い中、意外と上は死角になっていて気づかれにくい。
街道から外れたところで兵士たちは二人を囲んだまま立ち止まり、無言で抜剣する。
「どういうことだ!」
辺りが静かなことと、剣士君の声が大きかったことでなんと言っているのか聞き取れた。
兵士らしき男が答える。
「冥土の土産に教えてやるよ。
なあに、そんな難しい話じゃない。
無駄飯食いはいらないってだけのことさ」
「それなら城から追放するだけでいいんじゃないの!」
カオリさんも声を上げている。
「下手に悪い噂をまき散らされて、本当に役に立つ召喚者の反感を買うよりは、始末した方が後腐れも無いだろ」
なんと悪質な兵士たちだろう。
これはおそらく、この国が以前から繰り返してきたことなのだろう。
兵士たちにためらいや良心の呵責は感じられない。
国自体が腐っているのだ。
「俺たちがいなくなれば、他の召喚者が怪しむぞ!」
剣士君が更に突っ込むと忌々しげなリーダーの声が聞こえた。
「弱い奴は別口で訓練していると伝えるだけさ。
そのうち、ダンジョンの実地訓練で死んだことにすれば何の問題も無い。
さあ、それじゃあそろそろ遠いところへ逝ってもらおうか!
やれ!!」
リーダーの命令で襲いかかる兵士たち。
しかし、私のエンパシーには二人から焦りや戸惑いは感じない。
いや、むしろ余裕すら感じる。
剣士君は抜剣すると左後ろの奴の剣に自分の剣を合わせる。
同じ兵士にカオリさんも剣を合わせ、持っていた剣をはじき飛ばす。
兵士は勢いで尻餅をついた。
二人はその隙間を抜けて走り出す。
「何をやっているんだ!
力が一桁のくずどもにやられるとは!!」
倒れた兵士を叱責しながら残りの兵士が二人を追う。
ふたりは草むらに姿を隠しながら走る。
「くそっ、あいつら逃げ足だけは速いぞ!!」
「逃げられるとやっかいだ。
魔法で仕留める!!」
兵士たちは足を止めると、影に隠れていたもう一人も出てきてリーダーらしき男と詠唱を始めた。
まずい、介入すべきか?
しかし、二人は、兵士の死角に入ると同時にスピードを上げて走り出した。
どうやら、自分たちの全力を兵士に見せたくないようだ。
「冷静な判断ね……」
私は感心した。
直後、二人の後方、100メートルほど離れた草むらに、直径100メートルほどの炎が生じ焼き払った。
どうやら火魔法を使ったようだ。
兵士たちはふたりの死を確信し、死体の確認すらせずに引き返し始める。
二人はしばらく話し合っていたようだが、街とは反対の方へ歩き始めた。
どうやら他の街を目指すようだ。
賢明な判断である。
この二人は放っておいても生きていけそうだ。
ここは、城にいる他の生徒のためにも引き返そう。
私はそのままレビテーションであてがわれた城の部屋へ帰ることにした。
【次話は本日19時更新予定】
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