2-4

全員が動き出す。ギンガは耐魔服の精霊脈に魔力を流すと叫ぶ。


「ヴォルト! シルフ! 頼むぞ!」

 

消魔車から黄色い魔力の子供と茶色い魔力の老人が姿を表す。


「僕に任せて!」


「わしに任せろ!」

 

カオリ、アスカ、ギンガの体は雷と土の魔力で包まれ、簡易的な潜水服へと変化する。

三人は覚悟を決めて走り込む。

亀が気がつく前に水の中に入ることが重要だった。

 

しかし、それは淡い期待である。

亀はすぐにその姿に気がつくとコンテナのように大きな足を持ち上げる。

トーマスと同じように踏みつけようとする。


「飛び込め!」

 

ギンガがそう叫んだ。

アスカとカオリは無我夢中でジャンプすると足の形をした水の中へ飛び込んだ。


ズン!


と重い音が水中にまで響く。


亀の足がシルフィリアの作り出す地面にぶつかったようだった。

ギンガはアスカ、カオリに手信号で指示を出す。


『自分は亀の中にとらえられた野次馬たちを助けてくる。お前たちはナディアを探せ』


『了解』

 

水中でも消魔車のシルフと接続しているおかげで息はできる。

雷の力を使い水温などを調節、霊獣が生み出す水流に負けないよう自分の位置を調節する。

 

建物の壁面に沿って二人はナディアの家を目指す。

ナディアの部屋に近づけば近づくほど水流の勢いが増していた。建物と体を雷の力でくっつけなければすぐに流されてしまうだろう。

 

強烈な水の勢いに押されながらも、カオリはナディアの家の扉の前にたどり着くと、体を無理やりにねじ込んだ。

 

キッチンからはからは、変わらず大量の水が生まれ出ていた。

その強烈な水流は精霊の怒りそのものを表しているかのようだった。

 

そして、そこにナディアとその母親がいた。

二人はキッチンの天井近くにかろうじて溜まっていた空気で今まで生きながらえていたのだった。

カオリはナディアの横に顔を出す。

 

シルフの力を借りて水中で音声を飛ばす。


「ナディア! 助けに来た!」

 

ナディアは自分の身勝手な行動を詫びるように目を伏せると言う。


「ごめん、みんなを危険にさらしてしまって……」

 

ナディアの母親も心底申し訳なさそうに目を伏せた。

だが、カオリはそれをはねのける。


「そんな事言ってる場合じゃないから。早く逃げるよ。アスカ!」


「はいよ!」

 

カオリが呼びかけるとアスカはナディアと彼女の母親にシルフの力を分け水中で息ができるようにする。

ナディアはすぐに順応し水中に潜れたが、母親は躊躇してしまう。

水の中で息を吸う感覚は慣れていないと難しいものだった。

 

母親は目をぎゅっと閉じて水の中に潜ると口を無理やり開けて息を吸う。

一度、慣れてしまえばそれほどの苦行ではない。

 

アスカはその様子を確認すると、カオリにジェスチャーでOKのサインを出す。

カオリは頷くと魔法陣を破壊するためにキッチンの下に体を突っ込む。

壊れた魔法陣はすぐに見つかった。

壊れた部分が一番表層にあったのだ。


——これだ……!

 

カオリが魔法陣を破壊しようと手を伸ばした時、団地が急に大きく揺れた。

天地が百八十度入れ替わった感覚。

そして、その衝撃でアスカ、ナディア、その母親が部屋の外に投げ出される。

三人の姿はそのまま消えてしまう。


——熱い!!

 

カオリは周りの水温が急に上昇し始めた事に気がつく。

外に逃げ出す前になんとか魔法陣を破壊しようと、彼女は懸命に手を伸ばす。

ところが、キッチンの下から溢れ出る水流を吹き飛ばすほどの勢いで真横から衝撃を受ける。

カオリはその衝撃を頭で受けてしまっていた。

 薄れる意識の中でカオリはナディアの家の玄関から別の団地の屋根が見えていた。




はっと気がついたカオリは部屋の中にいた。


「よかった、気がついたか! カオリ、大丈夫か?」


「きゅーーーーーーっ」


「うおおおおおおおおおお! カオリィィィィィィィィィィィィ!」

 

カオリを抱えていたギンガは勢いよくカオリを手放す。

筋肉恐怖症の彼女にとってギンガのがちがちな体は刺激が強すぎた。

床に放り出されたカオリはギリギリで意識を取り戻し、受け身を取る。


「うあああ。すいません、隊長。気絶していました。状況は!?」


「あんまり良くないぞ。水の精霊(オンデフィリア)と火の精霊(サラドフィリア)。

 さらに土の精霊(ノームドフィリア)まで現れて、今この団地の上で絶賛喧嘩中だ」


カオリは上を見上げる。

ナディアの家で見たような団地の天井が見えるだけであった。

しかし、短いスパンで団地が大きく揺れていることから、外で何かが戦っていると言うことは容易に想像できた。


「ええっ……。私たち帰れるんですか?」


カオリは白い顔で銀河に問いかける。

カオリよりも真っ白な顔をしたギンガが答える。


「わからん。ここは土の魔災が起きてる場所だな。

 水が追い出され、そして俺たちは閉じ込められた」


「こう言うときはどうすれば……」


「土の魔災で閉じ込められたとき、中からこじ開けるのは無理だ。

 外から開けてもらわないとな……」

 

ギンガの体が急に横にずれる。バタリとその場に倒れてしまった。


「隊長!?」

 

カオリは彼の体を見る。左足がなかった。


「足は……!?」


「いや、ちょっと失敗してしまってな……、吹き飛んでしまった。ははは」


「ははは、じゃないですよ! このままじゃ失血死する! 使えるもの探してきます!」


カオリはそう言うと立ち上がる。

頭を打った衝撃なのか気持ち悪かったが、吐き気をつばと一緒に無理やり飲み込む。

隣の部屋の扉をゆっくりと開く。

崩落する恐れもあったがそれ以上にギンガの容態が危険だった。

 

扉一枚隔てた向こう側には異様な光景が広がっていた。

壁中に隠し撮りしたのであろう遠目の人の写真が貼られ、その写真一枚一枚に細かいプロフィールが書き込まれていた。

カオリは手近な一枚を壁からちぎり取って読む。


「ミゼル・アール。女性、18歳、独身。

 本人は結婚しないと宣言している。幸せ期待値、C。私の助言が必要……」

 

カオリは写真を裏返す。白い裏面には赤い文字でびっしりと経過が書かれていた。


「私の助言により、彼女は職場の同僚と結婚することになった。

 幸せ期待値B+。今後も期待できる。

 いずれは精霊を呼ぶような家庭になる。私がそうさせてみせる」

 

カオリはその断言する口調に頭痛を感じる。カオリは写真を元の位置に戻す。


「そんなことしてる場合じゃないわ……何か布とかロープとか……」

 

カオリは目の前にあったタンスを開く。

白いワイシャツをバッと取り上げると、部屋に戻る。

白いワイシャツを引きちぎってギンガの傷口に当てる。

ワイシャツを器用にちぎって紐を作ると血を抑える。

ワイシャツはみるみる赤く染まったが、これまでの出血量を抑えることには成功したはずだった。


「でも、何分持つか……」


「俺のことは気にするな……。自分の命を優先しろ。

 まだ、自分の命の使い方、決めてないんだろ?」


「えっ、それはそうだけど……」


「だろ? 実は、俺は思うように使って割と満足している。

 このまま死んでも後悔はないからな。

 遠慮なく見捨ててくれ」


「そんなこと言わないで! 家族は一緒じゃないとダメなんだよ?」

 

カオリはそのとき声を聞いた。ギンガのものではない。

うめき声。

カオリは声の方をたどる。

自分がさっきワイシャツを取り上げたタンスの奥にワイシャツ姿の男が横たわっていた。

カオリは駆け寄るも、その男がもう絶対に助からないことを直感した。

 

建物の瓦礫によって下半身が潰されていた。


「ああ、助けが来たのか……。すまないが、私を外に出してくれないか……?」

 

男は今にも光を失いそうな目でカオリのことを見ていた。


「……ここに住んでいた方ですか?」


「いかにも……! いいから助けてくれ…!」

 

カオリは少し迷ったが、真実を教えることにした。

死ぬことを自覚して死ぬのと自覚しないで死ぬこと。

どちらが幸せなのかわからなかった。

だが、彼女は教えるべきだと感じたのだった。


「あなたは、もう助かりません……」

 

男の目に光が走る。


「君は消魔士だろう!?

 消魔士は責任を持って人を助けることが仕事でありそれが幸せなのだ。

 だから、そんなことを言わずに私を助けるんだ」


「ですから。もう助からないんです」


「たとえ、ちっぽけな消魔士でも責任はある。責任を果たし、消魔士としての幸せを手に入れなさい!」


「ですから、あなたはもう死ぬんです!」


「はっ、何を」


「あなたの下半身はもうないんです!

 潰れているんです!

 そこから血が滴ってます!

 すぐに縫い合わせてももう間に合わないほど、体が残っていません!」


カオリは叫んだ。男にしっかりとわからせるために。自分の死と向き合わせるために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る