2-2

午後五時ごろ。

精霊祭りに特別な始まりの合図などはなかった。

屋台の人間などがなんとなく料理を始めなし崩し的に始まった。

屋台からは肉の脂が弾ける音が響き、焦げたしょうゆやマヨネーズの美味しそうな匂いがただよい、人々はこの後に行われるイベントに向けて準備を進めていた。

 

外に出たナディア一家とカオリ。

ナディアが屋台を眺めながらカオリに話しかける。


「今年は、私たちの団地の近くを精霊神輿が通るから、いいわね。

 お祈りを捧げるのも簡単だわ。カオリは何を言うか決まってるの?」


「神輿にお祈り? 何か言わなきゃいけないの?」


「あれ? 知らないの?」


「あ、うん。養護施設は土の上にあったから。

 私の通っていた消魔学校も特にそう言う行事はなかったし」


「そうだったの。私のいたところはあったんだけど。

 じゃあ教えてあげる。

 精霊祭りでは霊獣となった精霊を模した神輿を王城に運ぶんだけど、その時、自分のくすぶっていた負の感情を霊獣にぶつけるの。

 そうすることで、負の感情を霊獣に集めてもらって浄化するの」


「へぇ、負の感情……」


「ご飯がまずいとか、あの子がうざいとか。

 そう言う感情を神輿にぶつけると霊獣が全て持って言ってくれるっていう言い伝えよ。

 あ、ちなみになんだけど。

 この時に聞こえてしまった自分の悪口に対して反応しちゃうと精霊が怒って、反応しちゃった人を懲らしめちゃうからね。

 自分の悪口が聞こえても聞こえなかったことにしなきゃダメだからね?」


「えええ!? そんなルール……、厳しくない?」


「あはは、だから、近くに悪口の対象がいる時には離れて言うのがマナーよ」

 

ナディアはケタケタ笑いながら、私から離れてもいいのよ?

などと冗談を飛ばしてくる。

カオリは反応に困りながらも、心からナディアに言う悪口なんてないと伝える。

ナディアはちょっと嬉しそうに笑う。


「その精霊っていつくるんですか?」


「もうすぐくるわよ」


「ちょっと、早くない!? 私まだ祈る内容決めてないんだけど!」

 

カオリはトーマスのことにしようか。

お祭りの神輿に祈ることをトーマスにしてしまうのはもったいないかなど、ごちゃごちゃ考えてしまう。

 

カオリの気持ちとは裏腹に遠くから大きな鈴の音が響く。

カオリはその姿をみて思わずドキッとしてしまう。

先日、自分の先輩を食べたサラマンダー2匹。

そのままの姿だった。


「ああ、今年はその形なんだね……。

 実際に現れた霊獣をモチーフにすることが多いんだけど。ちょっとキツイなぁ……」

 

ナディアは両手を組むと黙っていた。

結局不満ではなくウェンディの安らかな眠りを祈ることにしたらしかった。

しかし、カオリの横に立っていたジェシカは溜まっていた不満をサラマンダーにぶつけていた。


「最近、お母さんが触れてくれません。

 嫌われているのかもしれませんが。

 また、昔のお母さんに戻って欲しいです」

 

アレックスもジェシカの言葉にウンウンと頷きながら同じように祈る。

カオリはそんな二人の様子を見る。

どちらも到底嘘をついているようには見えなかった。

この二人は心の底から親からの『暴力』を望んでいるのだろうか。

 

ふと気配を感じたカオリは後ろを見る。

そこにはナディアの母親が立っていた。

二人のつぶやきを聞いてしまったのだろう。

明らかに狼狽しその表情に何やら迷いが生じていた。

 

カオリは母親に声をかけようと思ったその時。


「あっ」

 

カオリは思わず声をあげてしまった。

母親の後ろに、その姿はあった。

ここのところ霊獣が現れるような魔災に必ず姿を現していた男。

以前見たときよりも痩せたようなその顔は、何かに怯えるようにあちらこちらを見回していた。

 

カオリは数秒迷った。

ナディアの母に声をかけるべきか、男に声をかけるべきか。

彼女は消魔士。魔災に関わっていそうな男がいれば見逃すわけにはいかなかった。

男に話しかけようとそちらへ歩いた。

しかし、すぐに男と目があってしまった。


「しまった」

 

そうつぶやいた時には、もう男は走り出していた。

カオリは慌てて追いかける。男がいた場所にカオリが到着した時にはもう、男の姿はなかった。


「逃したか……」

 

カオリの胸の内に不安が過ぎる。

雷の魔災が発生した時もあの男がいた。

目撃した途端魔災が発生していた。

カオリは団地を見上げる。


「いや、まさかね……」

 

カオリは自嘲する。のんびり歩いてナディアの側のところに戻ろうとした時。

 

カオリはその表情をすぐに消すことになった。



ジリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!


 

団地の魔災発生報知器が一斉に鳴り出した。


「うそ、でしょ……」

 

カオリは現場を特定しようと団地をくまなく見つめる。

 

けたたましいベルの音は団地内で反響して耳をつんざくような音量だった。

団地の中庭で精霊祭りを楽しんでいた人たちはまるで蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げていた。

 

そして、ある一室の扉が勢いよく開かれたかと思うとそこから大量の水があふれ出した。


「今度は水!?」

 

カオリはすぐに携帯端末を取り出して消魔署に連絡しようとする。

部屋の位置を確認していたカオリは愕然とする。


「ナディアの家じゃない!?」

 

カオリはナディアの方へ走る。

ナディアは呆然として自分の家から大量の水が放出している様子を眺めていた。


「ナディア! ぼんやりしてる場合じゃないよ! 子供達は!?」


「へっ、あ、うん! 全員避難させた! でも、お母さんだけ見当たらなくて……!」

 

カオリはバシッとナディアの背中を叩いた。


「そんなの、部屋に戻ってる可能性が一番高いじゃない! 行くよ!」

 

焦りすぎて狼狽していたナディアは目が覚めたようにシャキッと立つと言う。


「ええ! そうよね、ありがとう、カオリ!」

 

カオリは携帯端末で消魔署へ連絡する。

電話は消魔署を経由して消魔車に連絡が届く。

すぐにロンが電話に出た。


「団地で魔災が発生したわ!」


「ああ! 連絡受けて今向かってる! どんな状況だ?」


「水の魔災! 今のところただ水が大量に出てきてるだけだけど!

 霊獣が出る可能性が高いと思う!」


「どうしてそう言える!?」


「水の出る勢いが最初からおかしいの!

 ダムが決壊したみたいになってる!

 普通はもっとちょろちょろから始まるよね?」


「香りの言う通りだ。

 わかった、そう言うことなら他の消魔署にも連絡を取っておく。

 いいか、カオリ。ここのところ変な魔災が多い。気をつけろよ」


「了解……!」

 

そこへ、ギンガとアスカが現れる。

どちらも私服姿だった。

どうやら、近くで精霊祭りに参加していたらしい。

二人はささっと状況を見て判断する。

ギンガはすぐに指示を出す。


「カオリ、ナディアのこと頼むぞ、俺とアスカは避難誘導、区画整理を行う!」


「新人が突っ込むの!?」


カオリは慌ててそう突っ込むがギンガはカオリの頭に手を置いて言う。


「俺とアスカは団地に詳しくない。

 一度でも入ったことのあるカオリの方が適任だ。

 あとは消魔学校でやった通りにな。ナディアにきちんと付いていけ!」


「はいっ!」

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