1-4
「……不躾な質問で申し訳ないのですが……。
オスロさんの一家は一度、精霊が住み着くほど幸せな家庭だったそうですね。
それがどうしてあんな龍が出てしまうほどの不幸せになってしまったのでしょう」
オスロは何かを探すように空中に目を泳がせたが、目を伏せて言う。
「……わからない。俺たちだって幸せのために一生懸命やってたつもりなんだけどな。
なぜかそうして頑張れば頑張るほど幸せは遠のいてしまったんだ」
「遠のいてしまった原因に心当たりは……」
「俺にはわからん。……だが、一つだけ。もしかしたらと言う程度のことならある」
カオリは前のめりになって、その話を聞く。
「それって?」
「ああ。魔災が起きる一週間くらい前から変なおっさんがうちに来るようになってな」
「変なおっさん?」
「黒い服でやたらと汗掻いたおっさんだな……。
そいつは自分のことを『幸せ伝播人』とか言ってたな。
なんでも、今以上に幸せになる方法を教えるって言うんだ」
「それで……?」
「それで、俺たちは前に住んでいた時精霊と仲良くやってたから、また、精霊に会いたくて。
そのおっさんの言うことを聞けば、すぐに幸せの状態になれると思ったんだよ」
オスロは悔しそうに言う。
「今思うと、それは的外れだったってことだな。
あのおっさんが言うことを実践し始めた頃から、うちは随分険悪な雰囲気になっちまった」
「何をしたんですか?」
「静かにした」
「えっ?」
カオリはぽかんとしてしまった。
オスロはそのカオリを見て、後悔を吹き飛ばすかのように首を振ると話し続ける。
「いや、うちはあまり意識したことなかったが、俺も、今どこにいるかわからん妻も、娘息子も喧嘩っ早くてな。
毎日、毎日、飽きもせずに喧嘩してた。
一区画異なるような家に住んでいる人からクレームが来るほどだった。
あのおっさんは俺たちに喧嘩をやめ、家族仲良くするため、些細なことは我慢せよと言って来た。
家族で話し合い、精霊を呼ぶためにみんなちょっとしたことは我慢することにしたんだ」
「そんな時魔災が起きてしまったと……」
「ああ。隣のホテルだったみたいだけどな。
雷の魔災は広がるのが早いと言うのは知っていた。
俺が、家にいたらすぐにこいつらを逃したのに……」
オスロはぎゅっと口をつぐむ。
「静かにしたら不幸せになってしまった……。喧嘩していた方が幸せ……?」
カオリはオスロに頭を下げ、お礼を述べる。
いずれ、またエリのために来ることを約束してその場を後にした。
自分が助けた命、助けられなかった命。
どちらも忘れてはならないと思っていた。
すっかり日が落ち真っ暗になった頃、病院に戻ると、アスカが腰に手当てて怒っていた。
「ねぇ、まだ、絶対安静なのよ? 絶対安静ってどう言う意味か知ってる?」
「動かしちゃいけないんでしょ?」
「そうよ! あなたの内臓は流れた電気によってぼろっぼろなの!
わかるでしょ!?
どうせ現場まで見に言ってたんでしょうけど、私が許可したのはタブレットの情報だけよ!!」
「大丈夫よ、アスカ。私、腕や足は動かしたけど内臓は動かしてないもの」
アスカはあんぐりと口を開けて呆れてしまっていた。
そんな様子を聞いてふふっと笑う声。
カーテンの奥にナディアが立っていた。
「アスカ。まぁ、いいじゃない。こうして戻ってきたんだし。
内臓が動かないほど肝が座ってるなんて、期待の新人は期待以上の度胸を持ってたってことよ。
ねぇ、カオリ? せっかくだし、見てきた感想を聞きたいわ」
カオリはすぐに駆けつけていた医師や看護師にも罵倒に近い説教をくらい、あっという間にいろんな管を繋がれ、ベッドに拘束されてしまった。
そして、カオリが不機嫌になる情報が一つあった。
顔をゆがめてカオリはつぶやいた。
「入院、一日伸びるって」
「へっ。反省しなさい。精霊祭りの日の朝には退院できるんだし落ち込むことないわ」
アスカはあっさりとそう言った。
カオリは仕事のシフトがずれてしまうことを懸念(けねん)して言ったのだが、アスカの今の発言からすると休日を一日治療に献上しなければならないようだ。
ナディアはウンウンとうなずきながら言う。
「それで? 実際に話、聞いて見たんでしょ? どうだった?」
「よくわからなくなりました……。
どちらも、幸せな家庭だったのにある日突然真反対の家庭になってしまっているんです。
それも、サラマンダーが現れた家は毎日不倫が行われていて、雷龍が現れた家では毎日喧嘩してて。
それでも、精霊が現れるほど幸せだった」
「そうみたいだね」
アスカは頷く。分析官として書類をまとめるときにざっと家庭環境も調べていたのだろう。
「アスカ、ナディア。不倫や喧嘩って幸せですか?」
カオリは二人に今日見聞きしたことを語って聞かせた。
二人は黙ってしまう。
不倫や喧嘩が幸せなのか? と聞かれれば二人とも不幸せだと答える価値観を持っていた。
しかし、問題は……。
「幸せを表す人形の精霊が出ていたこと。
また、出ると認定されるほどだったこと。
これが私たちの考え方を認めさせない部分ね」
アスカの意見にカオリは頷く。
「そう。私は幸せな家庭といえばやっぱり笑顔の絶えない、お互いを尊重しあって助け合える。
そんな家族だと思ってるけど……。そこに不倫や喧嘩は入らない」
アスカはカオリの言葉に頷く。
「そうね、私のイメージもそんな感じ。
おじいちゃんやおばあちゃんが一緒にいて笑ってくれるみたいな」
ナディアも同調して言う。
「いいわね。私は兄弟が多いから、みんなでご飯一緒に食べる時間も最高よね」
「いいね……」
カオリは二人の意見を聞いていて思う。
家族みんなでって言うのが幸せの大前提なのではないか?
一緒に心を許して笑い合うことのできる集合体。
それこそが家族であり幸せを表している。
——私の考え方のどこが違うのだろう?
そこへ、一人の男がノックもせずに病室へ入ってきた。
カオリだけでなく、ナディアやアスカまで不機嫌そうな表情を浮かべてそれを見ていた。
「よう、女新人。飛んだ失態だな?」
「トーマス先輩……」
カオリは身体中の傷が急に痛みはじめるような感覚になる。
全身がこの人とは一緒にいたくないと叫んでいるようだった。
カオリは徐々にイライラし始める。
「なんの用ですか?」
「いや、お前、命令無視して突撃した上で気絶して帰ってきたらしいからな。
ちょっと、説教してあげようと思ってよ。
そう言うのも先輩の役目ですよね? アスカ先輩、ナディア先輩?」
アスカは明らかに不機嫌になっていた。
もはや、トーマスのことなど見ることなく、星の見えない外の景色をじっと眺めている。
カオリの顔を見ながらナディアは答える。
「そうね。先輩の仕事だと思うわ」
「ですよね! だから、カオリと二人にしてくれませんか?」
アスカとナディアの顔色が変わった。
明らかにキレていた。
おそらく言いたいことは一緒だっただろう。
だが、仕事上の関係や、チームとしての結束などを鑑みて何も言えない。
そんな風だった。
しかし、カオリは違った。
ドがつくほどの新人であり、正直なところ、説教などと言う名目で二人にされてしまったら、それこそ内臓が持たない気がした。
加えてこれまでトーマスに感じていた気持ち悪い感覚。
それを全てトーマスにぶつけたくなった。
カオリは低く怒りを込めて言う。
「トーマス。お前、先輩じゃないわ」
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