2-7

ギンガは真摯に答える。


「雷の魔災に巻き込まれてしまった。

 体は雷に焼かれ、修復不可能だ。つまり………」


「つ…まり……?」


「すまない。君をもう助けられない。君は…もう……死んでしまっている」

 

少女は少しだけ残念そうな顔をする。


「そっか……残念………。

 もう……あそ…ん……だり…でき……ない……んだ…」

 

ギンガは下を向いて唇を噛む。

どうしてこれほど無力なのだろうか。

どうして、少し前まで生きていた人を助けられないのか。

意識があるのに元に戻してあげられないのだろうか。

5分早ければ、いや、1分だけでも、早くここへ到着していれば。助けられただろう。

 

エリはそんなギンガに、こわごわと結果を聞くのは嫌だがどうしても聞いておかなければならないというような様子で聞いた。


「あ……の…。その………。弟は………助けてくれた………?」


「ああ。大丈夫だ。きっと助かる」

 

エリの表情は一瞬で柔らかくなる。

太陽がさんさんと降り注ぐひまわりの花のようだった。


「それなら………。わた…しは……もう……幸せ……だなぁ……」

 

事切れた。

ギンガは直感した。

女の子は最後の力を振り絞ってずっと助けを呼んでいたのだ。

自分が助かるよりも弟を助けて欲しいと願って。

部屋の壁を触ることなく部屋の真ん中でずっと叫んでいたのは、自分が逃げるよりも助けを呼ぶことを優先したから。


「ぐっ……!!!!!」

 

ギンガは一気にこみ上げてきたものをこらえる。

まだ、それを自由に解き放つわけにはいかなかった。

血が出るほど唇を噛むと少女を見る。

すでにエリの姿はなく、そこには雷龍がいた。


「貴様たちに警告する。この家を破壊する。すぐにここから出て行け」


「えっ……?」

 

ギンガは雷龍の表情を見る。

そこには深い深い悲しみが見て取れた。


「この娘は最後の最後で真に幸せを感じていた。

 我はそれに感銘を受け、自分で消えることにした。さっさと出て行け」


「………そうか、わかった」

 

ギンガは雷龍に背を向けて歩みを進めた。


「………なぁ、最後に聞かせてくれ。

 お前はどうして出てきたんだ?

 ここに住んでいた家族に一体何があったんだ?」

 

ギンガは龍に疑問をぶつける。

どうして不幸せになってしまったのか。

繁華街の良い場所でお店を出し、お金に困るような生活は送っていなかったはずだった。

なぜ、霊獣が出るほどの不幸せが家の中に発生してしまったのか。


「それを答える必要をもう我は感じない。知りたいならば自分で確かめよ」

 

龍はきっぱりとそう言った。

女の子に宿った龍は女の子の体をそっとベッドの上に横たえた。

ぐっすり寝ているかのような姿勢になった。

女の子の表情は、自分の使命を果たしなんの後悔も浮かべていない勇者のような、満足げな表情だった。

 

ギンガとナディアはカオリを担いで窓から飛び出した。


直後。

白いまばゆい光がブティックから発せられる。

あまりの眩しさに後ろを向いていても目がくらんでしまうほどだった。

一匹の龍が、頭から尻尾まで完全に姿を現していた。

近くにいる人間は間違いなく口をぽかんと開けてそれを見ていたに違いなかった。

しかし、その顔は恥にはならない。

なぜなら、誰もその顔を見ている人間などいなかったから。

 

龍が動くたびに雷の雷鳴が轟いた。

周囲にある人間はその振動で体の芯から揺さぶられていた。

この世には人間では絶対に叶わないものがある。

龍は人にそう教えているかのようだった。

 

雷を体現したような龍は家の周りをきっちり三回、回ると、くるっとギンガの方を向く。

精霊の龍に表情があるならば、まるで迷惑をかけたとでも言いそうな雰囲気だった。

 

オスロは龍を見つめる。

龍もオスロを見つめる。

そこにどんなやりとりが行われたのか。

第三者からは全くわからなかった。

だが、なんらかの意思疎通があったことは明らかだった。

 

オスロは膝から崩れ落ちた。


「さらばだ」

 

龍はぐぐぐっっと首を引き、力を貯める予備動作をすると、次の瞬間。家に突っ込んだ。

雷を100本以上いっぺんに落としたような轟音が、周辺の建物を振動させる。

轟音が遠くまで響いているのがわかる。

 

周辺にある家の窓ガラスは割れてしまい、そこかしこで悲鳴が響いた。

普段、けたたましく騒いでいる繁華街が、隣で喋っている人の声すら聞き取りづらくするほど爆音で満たされているこの街が、たった今だけは死んでしまった女の子に黙祷を捧げるかのごとく、静かだった。

 

家は粒子レベルで粉々に砕かれた。

砂になってしまった家。娘、息子の成長記録、夫婦の愛の証、家族の団欒、写真や映像記録、良い思い出の品、悪い思い出の品。

強力な霊獣が出てしまうと言うことはそれら全てを無にしてしまうと言うこと。

何も。

指輪一つ残らない。


それはもちろん、取り残されてしまった家族の遺体ですら。


「エリ………、エリ……エリィィィィィィィ!!!」


 オスロは大粒の涙を流しながら空に向かって叫んだ。

 その悲痛な声は繁華街のどんな音よりも、人の耳に残った。

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