2-6

「ギンガ! やばいことになってるね!」

 

そこへナディアが駆けつける。

ギンガはそのタイミングの良さに心の中で感謝した。

ギンガとナディアはうなずき合って呼吸を合わせると同時にカオリを蹴飛ばした。

カオリは扉から引き剥がされゴロゴロと転がった。


「カオリ、馬鹿ね! 消魔士が現場で気絶してどうするの! しっかりして!」

 

ナディアはカオリを担ぐと前に立つギンガに言う。


「ギンガ! 女の子を! 撤退するよ!」

 

だが、ギンガからの返事がなかった。

ナディアはギンガの顔を覗き込もうと前を見る。

そして、思いがけず目に入った女の子の様子を見て言葉を失う。


「ギンガ………………、これって……」


「ああ。もう………」

 

ナディアも、すぐに理解した。

 

目の前の女の子はどう見てもすでに絶命していた。

顔は上を向き、糸につられた人形のようにだらんと力が抜けたまま立っている。

口からは泡を吹き、口だけが周囲を満たす電流のおかげで動いているに過ぎなかった。

全身から焦げ臭い匂いがしている。

 

ちょうどこの部屋のすぐ横がホテルであり魔災源にだったのだ。

この家に飛び火してからずっと、この部屋は壁だけでなく床まで雷で覆われていたのだ。

雷は少女の体を駆け抜け、その膨大なエネルギーを彼女に与えてしまっていた。

しかし、その雷が流れているおかげで体が死んでしまっていても。

少女は意識を保っていた。


「だれか……、たすけ………てっ……」

 

ナディアは思わず目を閉じた。

ギンガは女の子を諭すように静かに話しかけた。


「申し訳ない。……君を助けられない。君はもう死んでしまっている……」

 

女の子がギンガの方を向く。

目は開けないらしかったが、ギンガはまっすぐに自分を見つめる少女をそこに感じていた。

 

ところが、少女の目は突如として見開かれた。

その開かれ方は明らかに生き物のそれとは異なる異様な雰囲気だった。

ギンガはすぐにナディアとカオリの盾になるように立ちふさがる。


「気をつけろ……! 何かくるぞ…!」

 

女の子の体が浮かび上がる。

床から大量の黄色い光が集まったかと思うと、女の子の体はまるで安っぽいパペットショーの人形のように、宙にぶら下がった。


「何が起きているの………?」

 

ナディアは目の前に浮かぶ少女を、じっと見つめている。いざとなればーーーー。

浮かんでいた少女は口を目一杯開くと叫んだ。


 

ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!



「そ、そんなことがあるのか!? 霊獣が人に宿るのか!?」

 

ギンガは目を見開く。

エリだった肉体に宿ったのはまさに精霊だった。

エリの体は空中を舞い、ギンガのことを100年の恨みの相手と言わんばかりに睨みつけていた。

ギンガは全身の毛が逆立ち、消魔士としてのキャリアと共に培ってきた第六感が警報を鳴らしていた。

 

ギンガはすぐに消魔車と接続すると叫んだ。


「ヴォルト!」


「はーい!」

 

パチン!

 

少女は指を鳴らす。

同時に部屋の壁が歪んでしまったのかと錯覚してしまうほど太い電気の束がギンガに向かう。


「くそっ! 一か八か!」

 

ギンガは幼い男の子の姿をした雷の精霊(ヴァルフィリア)から斧を受け取り放り投げる。

ギンガの目の前に迫っていた電気の束は、ギンガの鼻先をかすめ、壁へと吸い込まれて行った。

壁には黒焦げの穴が空いてしまった。

 

だが、精霊はそれを見ても全く動揺しない。

 

パチン!


「クソっ!」

 

ギンガは斧を投げる。今度は天井に吸い込まれる電気の束。

 

パチンパチン!


「オラオラ!!!」

 

二度の電気の束も間一髪回避する。

しかし、雷の精霊宿る女の子は両手を持ち上げた。

ギンガは覚悟を決めて、両手に斧を持つ。

指を鳴らすことと斧を投げること。

動作の大きさから言って、追いつけなくなるのがどちらなのかは明白だった。


パチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチン!


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」

 

雷と斧の応酬。

ギンガは手のひらに次から次へと斧を発生させ、相手の電気をそらす。


パチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチン!


「オラオラオラオラ!!! ぬるい、ぬるいぜ!」

 

ギンガはちぎれそうな腕の悲鳴を無視して腕を振り回す。

アドレナリンを自ら絞り出し、自分の体の運動性能を普段の三倍にまで引き上げる。

明らかに自分の腕の筋肉の切れる音が聞こえてくる。

だが、やめない。

やめれば、後ろにいる二人まで死んでしまう。

ギンガはニッと笑うと言う。


「なぁ、雷の精霊(ヴァルフィリア)!

 お前の家族への恨みはそんなもんか!?

 もっと不幸だったんじゃねぇか!?

 その恨み!

 もっと俺にぶつけてこい!」

 

少女の表情が変わった。歴戦の消魔士はその隙を逃さなかった。


「ナディア!」


「お願い、静まって!」

 

ナディアはギンガの後ろでじっと耐えながら、絶縁消魔爆弾を貯め続けていた。

通常の五倍の大きさになった爆弾は放物線を描いてエリの元へ。


衝突。


即座に爆発しエリの体を包んでいた黄色の魔力を吹き飛ばす。

 

ギンガが感じていた全身の毛が逆立つ感覚が消える。

この部屋は一時的に絶縁されたのだ。

 

大人しくなった少女はおもむろに口を開く。

ギンガはさっと身構える。


「人は、我ら精霊の力を幸せのために使っているのだろう?」

 

ギンガは姿勢を正し、唾を飲み込まずにはいられなかった。

目の前にいるのは可愛いエリちゃんでは無い。


「雷龍……。会話できるのか……!?」


「我の名前。我の会話の可否。

 どうでも良い。質問に答えよ。

 精霊は幸せのために使われておるのだな?」

 

文字通り、ギンガの体には電流が走ったかのようだった。

精霊との会話は消魔士ならば普通のことだ。

だが、それは幸せを体現した『人型』の精霊だ。

不幸せを体現する『霊獣』となってしまった精霊と話すことは、前回の魔災で現れたサラマンダーを除いて前例が無い。

それに先の件に加えて、今回は返答を要求している。


――俺は、試されているのか………………?

 

ギンガは耐魔服の上から顔に流れているように感じた汗を拭う。

ギンガは質問の回答には迷わなかった。

その程度のこと、消魔士に入隊した時に聞かれても即答できた。

問題は、答えた後何が起きるのか。

 

ギンガは後ろで心配そうに状況を見ているナディア、その腕の中でぐったりしているカオリを見る。


ギンガはもうすでに隊長として、自分の指示で、仲間を一人、死なせてしまった。

彼自身、もう生きる価値もないと思っていたし、隊の中で最初に切り捨てるべき命であると考えていた。

 

だからこそ、何としても二人だけは帰さなければならなかった。

ギンガは全身にノームから精霊脈を通して送り込まれてくる土の魔力を、自分の体内に充満させる。

ノームの力はこの龍に完全に劣っている。

この程度のことをしても一撃耐えられるだけだろう。

 

だがそれでよかった。

一瞬だけでもあれば二人は逃げられる。

 

ギンガは覚悟を決めると、何があってもすぐに対応できる姿勢をとる。

自分の目線を雷龍宿る少女エリに固定して言う。


「当然だ。精霊たちの力は我々が幸せに生きるために使われる」


雷龍は重々しく頷く。


「そうだろう。我もそれを自覚している。

 この家の住人たちはそれはそれは幸せに暮らしていた」

 

雷龍は困ったように首を傾げている。

ギンガは問いかける。


「ではなぜ………?」


「ここの主人も妻も毎日言い争い、子供達が殴り合っているとそこに両親が参戦し楽しそうにしていた。ここに住むもの全員が言いたいことを言い、思ったように暮らしていた」

 

ナディアは眉をひそめる。ギンガは何の表情も浮かべることなく少女を睨みつけている。


「しかし。あの日を境に全てが変わった。

 家族はまるで何か義務でも課されたかのように静かに、規律正しく生きるようになった。

 家の中は楽しいところではなくなった。

 我ら精霊の力はその楽しくないことのために使われるようになった」

 

ギンガは雷龍の言葉を一字一句聞き逃さない。

すると、雷龍は驚いたように飛び跳ねた。

エリの体が人らしく動き出した。

厳格な表情をしていた少女がびっくりしてあどけない表情に戻る。


「お主! まだ意識があるのか!?」

「………エリちゃん!?」

 

ギンガはすぐに話しかける。

雷竜はそのギンガの顔を見て頷くと静かに目を閉じた。

ギンガとナディアは確かに目の前の肉体を司る者が入れ替わったのを感じる。


「わ……たし……は、どう…なっ………たの……?」


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