2-5

そこへ、本部から応援に駆けつけた隊長のギンガ、副隊長のヴィンセント。ナディアが到着する。

三人は現状をぱっと見て把握する。

ナディアはすぐに男主人の方へ話を聞きに走る。


「ここの住人の方ですか?」


「オスロだ! そうだよ!

 俺の家はどうなってやがる!」

 

ナディアは状況をオスロに伝える。

ギンガとヴィンセントはアスカに駆け寄ると聞く。


「どうなってる!?」


「中に子供が二人まだ残ってる。

 パウロとカオリが中に突入して窓枠に触って感電しちゃった男の子から助けてもらってる」

 

アスカはホテルとブティックの間に絶縁消魔爆弾を次々と投げ込見ながら言う。

ギンガとヴィンセントもすぐにそれに加わる。

ヴィンセントが投げながら言う。


「カオリ!? なんで新人を行かせた。トーマスはどうした!」


「なんか、魔災を見ておかしくなったのか、訓練不足なのかわからないけど、全く動けなかったから引っ込めたわ」


「……そうか。いや、むしろそれでいい。現場の判断を優先する」

 

ヴィンセントはそう言って爆弾を投げる。

建物の二階からパウロが手を振っている。

男の子を助けた合図だ。

アスカが次の指示を出そうとした、その時。


 

ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!



「なんだ!? 龍!?」

 

アスカの驚きの声。

その声がかき消されるほどの轟音が鳴り響く。

 

ブティックの屋根から黄色い魔力の塊が現れる。

巨大な雷龍だ。大きな頭、鋭い爪、雷を充填した鱗。

その長い体がまるでその家から生えているかのようだった。

周囲にいるに人間が感じる静電気の量がとてつもない量に変わり、遠くから見物していた野次馬の髪の毛が一気に逆立つ。


「またか!! カオリ! パウロ!

 精霊が現れた! 急いで脱出しろ!」

 

ギンガの叫び声。

すぐさま二階の窓ガラスがけやぶられる音がする。

パウロは男の子を抱えて飛び出した。

男の子に衝撃が行かないようシルフがパウロを優しく受け止める。


「レント! 無事だったか!」


「無事ではありますが、まだ触らないでください!」

 

パウロはそう叫んだ。

ナディアに連れられ、パウロの腕に抱かれた男の子の様子を見るオスロ。

その表情は表面の軽そうな印象からは程遠い、優しい笑顔だった。

 

ギンガは男の子の無事を確認し、すぐさま二階の窓を見る。

そこには窓から様子を見ていカオリがいた。


「カオリ! 何してんだ!」


「隊長! 私、この奥にいる子を助けてきます!」

 

ヴィンセントの顔色が変わる。


「バカ! 降りてこい! 霊獣が現れたんだ。

 もう無理だ! 救助は諦めろ!」


「おい! それってどう言うことだよ! 俺の娘が!

 エリが! まだ中にいるんだ!

 救助を諦めるってエリを見殺しにするってことか!?

 そんなのってないぜ!

 消魔士だろ!

 命助けるのが仕事だろ!?

 助けてくれよ!」

 

オスロがヴィンセントに詰め寄る。

耐魔服を着ていない彼は少なからず電気の影響を受けてしまう。

特に金属のネックレスは電気の影響をもろに受けてしまう。

彼の首回りは金属が発する電熱で火傷し赤く腫れてしまっていた。

 

しかし、そんな痛みを彼は今、感じていなかった。

彼の頭の中には自分の娘の姿。

娘が自分に向かって笑いかけている、泣いている、手を繋いで引っ張ってくれる姿が思い浮かんでいた。

 

だが、ヴィンセントは一歩も引かない。


「消魔士の命だって一人の人間の命だ!

 それを無下に扱うことはできない!」


「命を救うのが仕事だろうが!

 役目を果たせよ!

 頼む! 俺たちの娘を助けてくれ!」


「できません!

 全ての命が平等に価値があるのです!

 それは消魔士も同じこと!」


「なんでだよ! 頼むよ!

 あの子は俺たちの宝なんだよ!!!!

 俺たち夫婦から生まれるなんて考えられないほどいい子なんだよ!!!

 あの子がいなきゃ俺は生きている意味すら失ってしまう!!!」

 

そのやりとりを知ってか知らぬか。

窓から顔を出していたカオリは叫ぶ。


「この家の方ですか!?

 大丈夫です!

 声が聞こえてるんです!

 家族は一緒にいないといけませんから!

 必ず助けて見せます!」

 

カオリはそう言って奥へと走って行く。

ヴィンセントは苦々しい顔をして一言バカがとつぶやいた。

オスロは感謝の一礼を窓枠へと向ける。

窓を見つめて祈るようにぎゅっと目をつぶった。

ギンガは舌打ちしてシルフを呼びつけると一気に窓の中に入る。

ギンガを止められなかったヴィンセントも舌打ちする。


「あのバカども!

 何考えてやがる!

 自分の命を何だと思ってやがんだ!

 ギンガを見習って反省しろよ!

 ノーム、頼むぞ!」

 

ヴィンセントはギンガに土の加護を与えるようにお願いする。


「もちろんだ! ただ、霊獣の電気に耐えられるのは長くて10分じゃぞ!」

 

小柄なおじいさんのノームはシワシワの腕に力こぶを見せてニッと笑う。

ヴィンセントは頭を振って気分を切り替えると状況を見極めるためブティックの様子を調べる。

彼は、雷龍の強烈な電気が周囲の家のライトをつけたり消したりし始めていることに気がつく。


「アスカ! 周囲の家が共鳴する確率は?」


「10分以内なら、30%!

 その先は現れた龍の行動に寄るわ!」


「わかった! まず、左のホテル潰すぞ!

 アスカ! 男主人につけ!

 ナディア、あのバカどものバックアップ!」


「了解!」

 

するといつの間にか消魔車を降りて消魔の様子を見ていたトーマスが口を挟む。


「えっ! ホテルは霊獣出ていませんよね?

 どう言う理由で潰すんですか?」


「今、霊獣は二つの家から魔力を吸収している。

 ホテルを潰すことであの霊獣の勢いを弱らせることができるからだ」


「でも、それって僕たちの都合ですよね?

 建物は原則破壊しないと言う消魔のルールに反してますし。

 いいんですか? そんなことして」

 

ヴィンセントは何やら皮肉っぽい表情を浮かべているトーマスを少しだけ見つめる。


「ルール通りの行動すらできない奴は黙ってろ」


「いえ、僕はちゃんとやろうとしました。でも、アスカ先輩が」


「口を開くな。

 言い訳なら、アスカやカオリに直接言え。

 安全な場所に下がってごちゃごちゃ言うだけなら子供でもできる。

 お前は一度職務放棄をした。一度失った信頼。

 俺はそう簡単にまたお前を信頼しないぞ」

 

トーマスはヴィンセントの言葉に心底ショックを受けたようだった。

そのままよろよろと歩くと消魔車の中に戻る。

 

ヴィンセントは消魔車の上に立つと足場を確認し、ホテルの方を見る。

ノームと接続したヴィンセントはホテルをみつめ、電気の流れを見極める。

雷の精霊に吸収される電流を抑えるには、家に張り巡らされている通電路を確実に断ち切らなければならない。

それも、同時に。一部だけ残してしまうと、そこに負荷がかかり、爆発してしまう恐れもあった。

 

ノームとの接続を強化し、ヴィンセントは両手に茶色い光を集める。

目測だけでホテルの通電路を把握すると、一つ一つ照準を定めて行く。


「ここ。……ここ。そして、ここ。

 ここもだな。最終確認……………………。よし」

 

目を閉じ、深く息を吸い込みそして吐き出す。

もう一度吸い込んだ時、ヴィンセントは目を見開いて言う。


「封雷!!!!!」

 

両手に貯めていた光が一斉にホテルを取り囲むと、ヴィンセントがロックした場所へまっすぐ、一斉に飛び込んだ。

急に押さえつけられ行き場を失った雷が光へと変換され、ホテルは眩く輝いた。

 

ギンガは部屋の中に飛び込んですぐ、奥の部屋へ進む。

壁や床にはすでに猛烈な電流が流れているのが、耐魔服を着てノームの加護を受けていてもわかる。

全身の毛が逆立ち。

時折、体内を流れてしまう電流で体の一部がピクリと動いてしまう。


「ねぇ、そこに誰かいるんでしょ!

 弟を助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

女の子の命がけの声。もう喉も切れてしまっているのだろう。

彼女の声から液体の混じった音がしている。


「この声はエリちゃんか!? カオリ!」

 

カオリは扉の前で立ちすくんでいた。

扉の向こうから聞こえてくる悲鳴。

しかし、目の前の扉には明らかに電気が流れていることを示す黄色い魔力が見えていた。


「ノーム!」

 

ギンガは手に絶縁消魔爆弾を発生させると、扉にぶつける。

しかし、扉はなんの変化もなくそこに存在していた。

黄色の魔力は弱まるどころか一層強くなってしまっていた。

 

ギンガはカオリが立ち尽くしていた理由を察する。

ノームの精霊としての力が、ここに現れた龍の力に完全に負けてしまっているのだ。

おそらく、消魔史上、精霊の力で負けるなんてことはこれまで一度もなかったはずだった。

 

それほどの力の電流が流れていると言うことはノームの加護が役に立たないと言うこと。

つまり、ここに入ろうとする人間のうち扉を開ける人間は感電しなければならないと言うことだった。

 

ギンガは迷った。

いまだに、扉の奥からは女の子の悲鳴が耐えることなく聞こえてくる。

痰が絡んだような悲痛な叫びをこれだけ聞かされて何も感じない人間など、消魔士になるべきではない。

道具を取りに戻るべきか、それとも近くにあるもので代用できるものがあるだろうか。

ギンガはすぐに周囲を見回していた。

 

家族離れ離れは良くない。

助けなければ。

カオリはそう感じていた。

カオリ自身よくわからない焦燥感が彼女を突き動かしていた。

カオリは扉を見つめるとぐっと下唇を噛んで覚悟を決める。


「ギンガ隊長」


「………なんだ?」


「私が扉を開けます。あとはお願いします」


「はっ!?」

 

ギンガが制止するより早く、カオリは扉に触れていた。

途端にカオリから火花が飛び散る。

 

まばゆい光がギンガの視界をシャットアウトする。


「カオリ! 何してんだ!」

 

カオリが感電している時、ギンガは彼女に触れられない。

一度触ってしまえば自分も感電し、二人揃って身動きが取れなくなってしまう。

一人ではどうしようもなかった。

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