2-4

 耐魔服を車内で着込み、パウロとアスカは外に飛び出す。

カオリは目の前の通信機を使って本部へ応援を要請する。


「至急、至急! 消魔見回りから消魔署北東支部!」


「こちら、消魔所北東支部。どうした!?」

 

ギンガの声。

明らかに通信するときの声の大きさではない。

ひどく音割れする通信機からカオリは耳を少し抑えながら言う。


「都市アルラス・ド・フィリアの南東、繁華街のホテル一軒に魔災発生。今回は雷!」


「わかった! アスカの言うことを聞いて、気をつけて対処しろ!」

 

カオリは外に出る。だが、外に出て驚く。区画整理がなされていない!


「ちょっと! トーマス先輩! 何してんですか! 区画整理は!?」


「それは新人、お前の仕事だろ!」

 

その口を大きく開けて魔災をぼんやり眺めていたトーマスは急に振り返ってカオリに怒鳴っていた。

その表情は焦り、屈辱、そんな感情が浮かんでいた。

新人のカオリはまず通信で仲間を呼ぶのが仕事だ。

次に若いのはトーマスであり、今の発言は職務放棄に近い発言だった。


「ちげぇよ! テメェの仕事だよ! さっき、私が指示したよな!?」

 

ホテルの従業員に状況を聞き込みしていたアスカが怒鳴る。

カオリはたどたどしく区画整理を始める。


「シ、シルフ!」


「あいよ〜。カオリ、急ごう!

 このままじゃ魔災が広がっちゃう! 共鳴しちゃう!」


「共鳴!?」


「魔災の影響で近くの家の魔法陣が狂わされることがあるんだよ!」

 

カオリはシルフの言葉を聞き、慌てて区画整理を始めようとする。

必死で魔災の発生したホテルから周辺の建物を引き剥がす。


「ダメッ! 間に合わない!」

 

しかし、時すでに遅し。

商業区画の建物は普通の家とは違い、隙間なく並んでいた。

あっという間に隣のブティックが感電し、電気に包まれ始めていた。

こうなってしまっては離せなかった。

二つの家は電気的に結合してしまった。

カオリは感電し始めているブティックに叫ぶ。


「誰かいますか!? もしいるなら早く逃げて!!」


「トーマス! 何してんだよ!」

 

貯魔槽に魔力ホースをつなぎに行っていたパウロはトーマスを怒鳴りつける。

いまだにトーマスはその場に立ち尽くして両手を振り回しているだけだった。


「僕のせいじゃない! 何にもしなかった新人が悪いんだ!」

 

その間にも電気は隣の家を蝕む。

暴魔の元となったホテル、その横に建っていた


「くそっ!

 普段、本番になったらできるって言って大して訓練しなかったくせに!

 いざ本番になったらそれかよ!」


「できるよ! 区画整理は新人がやる仕事じゃないか!

 そう言う細かい作業は女がやればいいだろ!

 僕はこの雷の魔災を消魔するために準備をっ」

 

長々とセリフを垂れていたトーマスの肩をドンっと弾いてアスカは静かに低く怒鳴りつける。


「もういい、邪魔だ。引っ込んでろ。お前以外でケリをつける」

 

尻餅をついてしまったトーマスは衝撃を受けた顔をして一瞬何かを言い返そうとする。

しかしアスカはもうトーマスの方を見ていなかった。

分析用のタブレットを見つめ、方針を決めたらしかった。

 

大汗をかいて区画整理を終えたカオリはアスカを見る。


「いい? ホテルの中にはもう人はいないみたい。

 先月、私たちが魔災報知器を取り付けさせた甲斐があると言うもの。

 全部屋の人が外に追い出されたわ」

 

トーマスは不機嫌を隠すこともせずやたらと地面を音を立てて踏みしめる。

そのままの勢いで消魔車に乱暴に乗り込み椅子に寝転がった。

アスカは鋭く研いだナイフのように睨みつけると言う。


「問題は隣のブティックね。分析の結果、中に二人、いるわ」

 

アスカがそう言った時、ブティックの二階の窓が甲高い音を立てて割れる。

そこから、男の子が一人、顔を出している。


「おかーさん!!!! おとーさん!!!! おかーさん!!!!!!」


「ちっ! 最悪だ!」

 

パウロはそう叫ぶ。そして、少年に両手を振ると精一杯叫ぶ。


「少年!! 窓枠に触るんじゃねぇぞ!!」

 

だが、母親の姿を探す男の子に、見ず知らずの男の声など届かない。


「おとーさん!!!! おかーさん!!!!

 ああああああああああああああああああああ!」

 

身を乗り出して叫んだ男の子に、雷の精霊が生み出す高電圧の雷が襲いかかる。

体から黒い煙が上がる。アスカは絶望の混じった表情を浮かべる。


「まずい! あのままじゃ助からない!

 方針! パウロ! カオリ! 突入して、あの男の子を優先して救助!

 奥の部屋にもう一人いるからそっちにも向かうけど、そっちは動いてないから後で!」

 

——動いてないって、それって!

 

カオリは目をぎゅっと閉じたあと、ウェンディを思い出す。

彼女だったらきっとなにがなんでも要救助者を連れて出るはず。

カオリは心にいるウェンディにどんな状況でも連れて出てこようと誓う。

カオリはウェンディの真似をすることで命の使い方が見つけられるかもしれないと考えていた。


「了解!」

 

パウロとカオリはビシッと敬礼するとすぐに耐魔服の魔法陣を精霊脈に接続。

消魔車から雷に強い土の精霊(ノルフィリア)を呼び出す。


「ノーム!」


「わしの出番か! 大船に乗ったつもりで任せとけぃ!」

 

茶色い光をまとった小柄なおじいさんが現れる。

パウロとカオリは一瞬にして、耐魔服に茶色の魔力を流しを絶縁体とする。

アスカはノームに接続すると持つことのできる消魔爆弾を抱えて叫ぶ。


「私がホテルとブティックの接続を切ってみるけど、多分間に合わない!

 カオリ、パウロの指示に従って!」


「了解!」

 

パウロはカオリをみて、その表情に覚悟を読み取ると頷き、扉へとダッシュする。

パウロの表情にいつもの柔和な暖かい、エロチックな表情は浮かんでいなかった。

カオリは少しだけキュンとしてしまった自分にショックを受ける。

 

ブティックのショーウィンドウの方からでは二階に上がれない。

裏口から二階へと上がるために彼らは走って建物の裏側へと回る。

その間にパウロが簡単に説明する。


「電流はまだ家の壁を走っているに過ぎない!

 雷の精霊を抑えるには、この電撃消魔爆弾を投げる!

 家の壁に雷がまるで海の海流のようにのたうっているのをイメージしろ!

 海流の出どころにこの爆弾を投げることで、一瞬だけ絶縁できる!

 その瞬間を逃すな!

 建物の中に入ったら俺の動きをよく見ろ!」


「了解!」


「行くぞ!」

 

パウロはそう言うと手に持った茶色の爆弾を投げる。

鍛え上げられたからだから放られた爆弾はまっすぐ一直線に扉に向かう。

綺麗にドアノブに当たった爆弾は激しい茶色の光を発する。

 

カオリは扉から黄色の魔力が消えるのを見た。


「いまだ!」

 

パウロと同時に部屋の中に突入する。

階段を勢いよく登り廊下に出る。

廊下には天井から床に向かって短期間に何本も雷が落ちている。

上下左右、どこから雷が突然現れてもおかしくなかった。

パウロは爆弾を片手に発生させる。


「おらぁ!!」

 

左手に発生させた爆弾を廊下の一番手前の天井に当てる。

黄色い魔力が少し後退する。

すぐさま、次の爆弾を投げ、黄色の魔力をさらに後退させる。

パウロはその要領で次々と爆弾を投げ、雷が発生しない安全地帯を作り出す。

 

ものの数秒で廊下の半分の安全地帯を確保するとパウロは叫ぶ。


「カオリ! ついてこい!」

 

パウロが走り込んだ部屋の中。

感電している男の子が窓際でぐったりしている。

その体は黄色く発光していて明らかに電流が流れている。

一度電流が流れ始めてしまっては、自力で脱出することはできない。


「い、生きてるの!? 早く助けないと!」

 

カオリは駆け寄ろうとするが、パウロはそれを引き止める。


「普通に触るな! 感電したらお前まで動けなくなる!」

 

そう言うとパウロはカオリは男の子の横、壁際ギリギリに座らせる。


「しっかり構えろよ!」

 

パウロはそう言うと男の子を思い切り蹴飛ばした。

男の子が電気から解放される。

カオリはすっ飛んできた男の子をがっしりキャッチする。

体は火傷だらけだった。

感電してから少し時間が経ってしまった。

まだ息はあるみたいだが、助けられるだろうか。

すると、奥から声が聞こえる。


「……か! 助…て!! どう………いいの!?」


「まだ生きてる!」

 

カオリはいまだ雷の雨が降る廊下を見やる。

カオリは突如、頭痛に見舞われる。


『家族はみんな一緒じゃなければならない。一緒であることが大事なのだ』

 

その時、外では金具をジャラジャラ言わせたデザインシャツにジーンズ姿のブティックの男主人が帰ってくると、大量の電気が通電している自分の店を見て呆然としていた。


「どういうことだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

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