2-3

消魔車に戻ったカオリは早速、何かを意識して見回りを続けることにする。

今度は助手席ではなくアスカの隣に座ることになった。

なにやら機嫌のいいアスカはカオリに見回りの注目ポイントを教えてくれると言う。


「カオリ、優先順位ね」


「うん」

 

アスカに言われた通り、カオリは優先順位をつけて見回りをすることにする。

だが、彼女はまだ消魔士としてなんの役割も持っていなかった。

そこで、彼女はパウロの言った幸せそうな表情とやらを観察することにした。


「幸せそうな人ってどんな人だろう?」

 

街中は風の精霊(シルフィリア)や水の精霊(オンデフィリア)など多くの精霊と交わした太古の契約によって、三次元直交空間になっていても自由に高さを変え歩き回ることができる。

 

幸せな家に精霊は具現化して現れる。

しかし幸せでなくても太古の契約にあるような精霊の力は使うことはできる。

カオリは改めて道ゆく人の顔をまじまじと見つめながら見回りをする。

 

カオリは一人のサラリーマンに目を止めた。

時計を見てとてつもなく不安そうな顔をしている。右を見て左を見て。

明らかに挙動不審だった。

しかし、そこにすぐ女の人が現れると、花が咲いたかのように男の表情は笑顔へと変わった。


「あれは幸せそう?」


「幸せそうだね。きっと精霊祭りに行く約束でもしてるんじゃないかな?」

 

アスカはそう言ったが続ける。


「でも、女の人の方は普通の顔してる。多分男の方ほど幸せを感じてるわけじゃないみたいね」


「人が二人集まれば幸せじゃないの?」


「あら、カオリ。そんなわけないじゃない。二人でいたって必ず幸せになるわけじゃないわ」


「そうなの……? 変なの……」

 

消魔車は街の風景をすっ飛ばしながら走る。

建物が次々と後ろへと流れる。

 

カオリは目まぐるしく人の表情を伺ってみる。

どの人の同じような表情で歩いている。

総じてみんな固い表情を浮かべていた。

そして、人通りが急に増えたと思った途端だった。


突然、景色が大きく開けた場所に出た。

空に浮かぶ建物群は立方体を取らず自由自在な形をとり、各所には電飾、ネオンが色とりどりに街を照らし出す。

建物の壁には映像が流れる光の魔法が用いられ、新しい製品、新曲の発表、保険や金融などの広告が大音量であちらこちらから聞こえてくる。

 

エルダスタルケア王国における消魔署北東支部が管轄の都市、アルラス・ド・フィリア。

山から運び込まれる資材や山の幸を売りさばく交易地点として栄えていたが、最近はエンタメの発信地としても有名な場所になりつつあった。

 

どんな時間に行っても必ず映画を上映している映画館。

大量の商品を一箇所に集めたショッピングモール。


世界各国で実力を付けこの場所に乗り出してきた個人商店街。

ここには生活に必ずしも必要でない物が集まってくる。

誰しもが、誰かのために頑張って働いたお金を自分のために使う。

 

カオリはそのような騒がしい街中で、次の人を見つめる。

メガネをかけスーツを着こなした女の人が歩いている。

その表情はカチコチに凝りかたまり、厳しい表情を浮かべていた。


「あの人は不幸せ?」


「どうでしょう。どう思う?」


「表情はカチコチだし、手はギュって握り締められてる。きっと不幸せなんじゃないかな」


「なるほど、カオリにはそう見えるんだ?

 私には、多分あの人は緊張しいなだけに見えるな。

 腕時計もいい奴つけてるし、メガネもいいところのメガネ。

 カバンには家族の写真が入ったキーホルダー。

 あの人は多分普通の生活してる感じだね」


「ええっ、そこまでわかるの?」


「いいや、想像」


「えっ」

 

カオリはずっこけてしまう。

アスカはパチンとウィンクすると言う。


「表情だけ見て幸か不幸かわかるんだったら苦労はないわ。

 でも私たちにとって大事なことってそこじゃないでしょ?」

 

カオリは指を顎に当てて考えている。

どういう意味なのかまったくわかっていないリスのようだった。

アスカはふふっと笑うと言う。


「んー。霊獣が出てしまうような不幸せって、そこに住んでいる人たちが相当不幸せじゃないとまず発生しないからなぁ。

 この前みたいなサラマンダーが二匹出るような魔災は相当珍しいんだよ。

 そして、そう言う人はだいたいものすんごい顔してるわよ」


「そうなの……」


カオリは自分の感覚がまだまだだと言うことを正面から突きつけられていた。

ものすんごい顔と言われるような顔を探して外をじっと見つめている。

消魔車は車の流れに合わせて滑らかに繁華街を進む。

次々と目に飛び込む人を見つめてはその表情を見極め生活状態推測する。


「北東支部は他の支部に比べると相対的貧困層が多い地区だから。

 生きることはできても、生活の平均には届いていない人が多いわ。

 つまるところ相対的貧乏が多いのよ。

 生活できないわけじゃないけど自由じゃない。

 やりたいことがあってもやる時間がない。

 そもそもやりたいことがよくわからないとかね。

 だから、あんまり幸せいっぱいの満足そうな笑顔を浮かべながら歩いている人は少ないわね」


「あっ!」

 

カオリは大声をあげて通行人の一人を指差す。

そこにはスーツ姿だが、汗だくな男が走っていた。

その顔はいったいいつから笑顔になることを忘れてしまったかと言うようにしわがれ、目は飛び出し、髪が白く染め上がってしまっていた。

 

カオリは男に見覚えがあった。

だが、どこで見たことがあったのかまったく思い出せなかった。

その表情は焦燥感が漂い、とてつもない切迫の状態にあることがわかった。

 

男はすぐに道を逸れてしまい、カオリは見失ってしまった。


「ものすんごい顔してる奴いた?」


「いた………、と思う…」


「どんなやつ?」


「黒いスーツ着て、汗だくの体で走ってた……」

 

カオリが指差した方をアスカは見る。

しかし、すでにカオリがいうような男はいなかった。


「あー、もう見失っちゃったならわからないだろうなぁ。

 北東支部がカバーしているだけでも一万人はいるからなぁ。

 しかも、こんな繁華街。

 そういう人がいたら……」

 

アスカは消魔車備え付けのタブレットを開くと現在地を三次元の地図に表示させる。

道の上を走る青い光の点。

その進行方向とは逆に少し戻ったところ。

そこに赤い点をつけた。

赤い点から球場に薄い光が広がる。


「なにこれ」


「見回りの時、そうやって変な人を見つけたと思ったら、そこに目印を打っておくの。

 そうしておくと魔災が発生する可能性がどこにあるのかあらかじめ検討をつけておくことができる」


「へぇ、なるほど……?」

 

カオリがわかったようなわからなかったような表情を浮かべると、アスカは続ける。


「消魔学校で習ってきた消魔士の仕事ってなんだった?」


「えっ? えっと、消魔・再魔災調査・原因調査・救助・救急・防災・予防だったっけ?」


「正解! その防災と予防を行うときに役に立つの。

 危険区域になっている周辺に防災意識を思い出してもらったり、危なそうなところには予防の勧告を出したりね。

 魔災が発生して霊獣が出てしまうと被害が大きくなっちゃうからね」


「なるほど……。消魔学校ではあんまり最新のことは教えてくれないんだね」


「まぁ、学校の方は現場で必要となることは現場で教えてくれってスタンスだからね。

 私もよくわからず現場に放り込まれたし。聞きたいことはすぐに聞くこと!」


「はい!」

 

カオリはビシッと敬礼する。

そのときだった。

ドンと消魔車を築き上げる衝撃が発生した。

明らかに何かが爆発したときに発生する空間震だった。


「何事!?」

 

パウロが外に身を乗り出して周囲を確認する。

後ろを見たとき、目を見開いてすぐに席に戻ると叫んだ。


「ボブ! 後ろだ!」


「了解!」

 

消魔車は見事なとんぼ返りをして反対に進む。

 

繁華街の一軒のお店からバチバチっと雷が発生していた。

家を一周電気が包み込んでいた。

消魔車が家に近づくだけで、カオリは髪の毛が電気によってふわりと浮かび上がるのを感じていた。


「魔災だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

周辺にいた人たちは一生懸命に叫びまわりながら周囲に散り散りに逃げて行く。

雷の魔災は特に、周辺に飛び火しやすいのが特徴だった。

それを知ってか知らぬか魔災の野次馬はあまり残っていない。

だが、カオリは車の中にいても雷による影響を感じていた。

自分の全身の毛が浮かび上がっているような感覚を得ていた。

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