1-3
「えっ……。はい……、そうです。ウェンディさんには短い間でしたがよくしてもらいました」
「そうか……。消魔士は続けるのか?」
ヘンリーはウェンディによく似た心配する表情を浮かべている。
「………続けます。私の人生はまだ続いていますから」
「……そうだよな。それは俺たちも同じだ。俺たちの人生は続く……」
カレンはウェンディの写真を一瞬見つめて、言う。
「ウェンディはきっとあの世でも君のことを気にかけている。
そんな優しい子だった。あの子は優しくすることが幸せであり、それが人生だった。
君も自分の命の使い方がなんなのか。よく……考えてくれよ」
「はい……」
カオリはぺこりと一礼すると会場を出た。
ボブの運転する消魔車は一度だけサイレンを鳴らす。
消魔車に乗っているメンバーは全員、サイレンに合わせて黙祷を捧げる。
窓を流れ落ちる水滴は外から入る光を曲げ、周囲の建物や通行人の像を歪めた。
雨は一層強く消魔車に叩きつけられる。
ウェンディの生きた証、痕跡を洗い流してしまっているかのようだった。
誰かが何かを喋り出すこともなかった。
消魔署に戻ると、男が一人、仁王立ちしていた。
西系の整った顔立ちの男だがその表情には鬼が宿っているかのようだった。
ギンガが車から降りたその途端。
「お前がいながら、どうして……どうして仲間を失うことになる!!!」
男はギンガの胸ぐらを掴み、消魔車が凹んでしまうそうな勢いで打ち付けた。
ぐっとギンガは息を吸った。ナディアが手を伸ばして言う。
「ヴィンセント! 今回の件は誰も責められないわ!
サラマンダーが二体も出現するなんて前代未聞だもの!」
「黙ってろ! だからこそだろうが!
ギンガ、なんとか言ったらどうなんだ!」
ヴィンセントはギンガを鋭く睨みつける。
ギンガはその視線を真正面から受け止めて言う。
「親の様子を見て、すぐに放魔だと気がついた。
あのお母さんは心配で子供のいる二階を見てたんじゃない。
ちゃんと燃えたかどうかを確認するために二階を見ていた。
だからこそ、子供を助けた後、霊獣が現れる可能性も視野に入れ、魔法陣の消魔には二人を行かせた。
……だが、甘かった」
「甘かった!? そんなセリフで片付けられる問題じゃねぇだろ!
母親の様子から、もっと慎重に計画を立てるべきだっただろ!」
「子供の命そして、家族の今後の生活の方が優先だった」
ギンガの一言にヴィンセントは拳を振り上げる。
「仲間の命の方が大事だ!
どちらも同じ命だろ!
生存の確率を見極めた上でもっと慎重な判断をしろと言ってるだろ!」
「つまり子供を見捨てるべきだったと?」
ヴィンセントは重々しく頷いた。
「そうだ。母親の表情から読み取れる不幸度合いによってはそうすべきだった!
それに、消魔士が生きていれば今後助けられる命が増える!」
ギンガはヴィンセントをじっと見つめる。だが、首を振る。
「いや、やはり被害者優先だ。
俺たちは魔災に飛び込む覚悟を決めているが、被害者は違う。
あの人たちにとっては相当な恐怖だったはずだ。
それこそ命に刻み込まれてしまうほどだっただろう。
いや、俺なんかにその恐怖ははかりしれない」
カオリはその一言を聞いて奥深く、二度と思い出さないような場所にしまっておいた記憶を思い出す。
白い光に包まれ、崩れた家の瓦礫に身動きが全く取れなくなってしまった時、それを吹っ飛ばして助けに来てくれた黒髪の女。
爆発が起き、自分だけ外に放り投げてくれた人。
「あの子は施設に送られた。母親も生きている。
ウェンディは素晴らしい仕事をした」
ヴィンセントはギンガの頑固な視線を受け、目線を外す。
乱暴に胸ぐらを離す。
「チッ。まだ許したわけじゃねぇ。
お前の“幸せ”に仲間を巻き込むんじゃねぇよ。
もし、俺が現場に出た時には仲間に犠牲者なんて絶対に出さない」
ギンガは深く頷いて言う。
「頼りにしている」
「ふん」
ヴィンセントは鼻息を荒げてその場から離れた。
カオリは疲れ切って消魔士の控え室へ向かった。
自分の体が自分の後ろからだらだらとついてくるかのような感覚だった。
後ろにはナディアがいた。
ナディアはカオリの両肩に手を置き、カオリの心をなだめるかのように優しく揉んでいた。
「カオリ。消魔士の仕事、嫌になった?」
カオリはふるふると首を振ると、ナディアを見つめる。
「正直、あまり深刻に考えていなかった部分はあるわ……。
消魔学校ではそんな命の重みみたいなことを考えることはなかったから。
実際に救助活動中に人が死ぬ。
ってことがどんなことなのか……」
「そうね。特に北東地区は裕福な家庭が少ない地区だから、霊獣が出やすいの。
毎年、こうして霊獣に命を奪われてしまう人が何名か出てしまうのよ」
「……そうなんだ………。ウェンディさんの事とても残念……。
でも、彼女に教えてもらった。
私がこれから自分の命を使わなきゃいけないもの。
その使い方をよく考えなきゃいけない」
カオリの言葉にナディアは頷いた。
「そして、メイルちゃんにとってギンガは自分を助けてくれた英雄に、ウェンディはお母さんを助けてくれた英雄になった。
それはきっと大切なこと」
カオリは目を閉じる。
まぶたの裏にはサラマンダーが、魔災に現れたバケモノが首を振ってウェンディにかぶりつく姿がくっきりと焼き付いていた。
「もしかして、カオリにはそんな英雄がいるの?」
「うん。私はその人に助けてもらった恩をきちんと他の人につなげるために消魔士になったんだから。
そうすれば“幸せ”になれるはずだから。
名前すら知らない、助ける義理すらない。
生きる希望すらなかった私を助けてくれた」
「そう……」
ナディアはカオリの頭を撫でてあげる。
「でも、私にはわからない。
私には受け入れてくれる家族なんてなかった。
私の新しい同居人たちとの間に、精霊が現れたことなんてなかった。
あの女の子とお母さんはどうして家族で一緒に住んでいたのに笑顔になれなかったんだろう。
家族が揃ってる。
それだけでも“幸せ”なことなんじゃないの?
それで幸せになれなかった家族が自分で火を放って。
どうして全く関係ない赤の他人である私たちが命をかけて、それもご両親があんな風に悲しむようなことをして助けなきゃいけないの?」
ナディアはぐっと下唇を噛む。
それは誰しもが一度ならず心をよぎる気持ちだったから。
「本音を言えば私は助けた命が幸せであってほしい。
幸せに生きる命に私の命を使いたい。でも、わからないの」
カオリは昨日助けてあげた母親と娘を思い返す。
二人でいると不幸せだった。
一方は一方を排除しようとした。
そして、結果的に刑務所に入った。
だが、そのこと自体は二人にとって幸せなことかもしれなかった。
少なくとも殺し合わなくて済むのだから。
しかし、二人が家族なら一緒にいて笑い合うべきなのだ。
カオリは表情を歪ませてナディアを見上げると言う。
「ねぇ……“幸せ”って何ですか……………………………………?」
話を聞いていたギンガはカオリに歩み寄る。
叩かれると思ったカオリはぎゅっと体を小さくする。
しかし、ギンガは悲しそうな表情のままカオリをぎゅっと抱きしめた。
ギンガの強烈な筋肉によって強烈にホールドされたカオリは気絶した。
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