第2話 思い立ったが吉日

バルトが目を光らせているおかげで面倒な挨拶やお世辞はしないですんだ。


「バルトさんありがとう、帰ります」


「おぅおぅ気持ち悪い。次は元の正装してこいよ」


「…いやです」


バルトに聞こえないように呟き、彼のもとを離れた。


パーティーは優雅にまだまだ続きそうだ。


あまり長居をしていらぬ記憶が戻りそうだ。そうならないうちに帰らねば。


「リリアナこちらへ」


手を強く引かれ、思わず声が出そうになった口を塞がれる。


「しー」と人差し指を口にあて、甘く微笑むノアがいた。


「ノ…んぅ」


広いバルコニーに出ると、周りに見えないように彼は私の唇を簡単に奪った。


胸を押し返すがびくともしない。


確度を何度も変えて重なる、時には下唇を軽く吸ってくる。


恥ずかしさに悶えている私にはお構いなしにそれは続けられた。


「久しぶりのキスなのに、君からはねだってくれないのか?」


「どーゆー」


「そーゆー事だ」


両頬をしっかりホールドされる。


「ノア、そんな事をしても私の中の記憶は戻りませんよ」


「君を見ていればわかるよ」


そういいつつもキスは止めない。


パーティーの音楽が止み、ノアは私をぎゅっと抱き締めた。


ノアの速い鼓動が聞こえる。


つられるように自分の鼓動も速くなっていった。


いや、ノアの鼓動だと思っていたのは元から自分の鼓動だったのかもしれない。


彼の腕からは逃げられない。


「リリアナ、最近はどうしているんだ?もう訓練を始めたりしているの?」


「ただベッドで寝て1日を過ごすだけです」


「傷が癒えてないのか?」


「傷はもうありません」


「そうか」


彼は私を離すと急に冷たい眼差しを向けた。


「全く記憶がないようで安心した。力もなくなったただの女と言うわけだ」


「!」


「そのまま大人しくしていなよ一生ね」


「えっ」


「結婚も駄目だ。君の名だけで権力が操れる」


「何を勝手に!?」


「君が自分で望んでいるんじゃないか。このまま記憶が戻らないように普通に生きようとしている。そうだろ?」


図星に何も言えない。


「記憶を取り戻したら君の最期だ。よく覚えて置く事だ。その時がきたら、君を殺すのは絶対に俺だ」


ノアは自分の主の元へ戻ると振り向くことはなかった。


私は邸に戻るとベッドに顔をうずめた。


彼は私を殺すと言った。


この邸の範囲から出たら殺すってこと!?


意味がわからないから腹がたってくる。


「レイス!私と稽古をしてください!」


「リリアナ様、いまからですか?」


「今からです!」


呆れた顔の私の補佐は、やれやれと袖をまくり上げた。


身体が覚えている。彼の全ての剣を払いのけた。


「バルトの邸にいきます!馬車を!」


「ちょっ今深夜ですお止めください!」


止めようとしたレイスを振り切り、馬に乗る。


「わかりました!せめて馬車にしましょう!?」


「いや、遅い!!」


「記憶が戻ったのですか!?」


「いや、戻っていません」


バルトの邸につくと、たまたま窓を開け夜風にあたる彼が見えた。


馬にまたがってきた私に慌てて出迎える。


「おまっ記憶がねぇのに馬なんか乗るんじゃ」


「貴方に会いに来たのです!!」


「へ…」


バルトは持ってきていた羽織を落としたのだった。


「えっおま俺に会いに」


服の匂いを嗅いでみる。


「剣の相手をしてほしいのです!」


「あーそゆオチネ。だめ、今湯浴みしたところだから」


「バルト!」


「泊まってけ、それなら朝から稽古つけてやるよ」


「わかりました!ではお邪魔します」


「ちょなりませんよリリアナ様!淑女が泊まるなど」


「騎士だ淑女でも女でもないさ」


言われるままバルトの邸に泊まり、朝までぐっすり眠れた。


あんなにも興奮して不安で眠れないと思ったが、彼が騎士団大将であるからか安心できたのかもしれない。


朝、顔を洗って髪をきつく結わえた。


瞬間、ビリっとした気配に鳥肌がたった。


「ほぅ、気配まではちゃんと気づけるまで戻ったか」


「バルト、早くしましょう」


「元気だな、まずは飯」


「ご飯など食べてる場合ではないのです」


「お前は夢中なると飯を食わねぇからな」


テーブルに並べられた食事は肉ばかりだった。


「何首をかしげているんだ。お前の好物だろうが。食べなきゃやらねぇぞ稽古」


仕方なくチキンを手にとり、豪快にかぶりつく。


「美味しい!」


「だろー」とバルトがにかっと笑った。


そして、食事を終えてすぐ稽古が始まった。


少しばかり衰えた筋肉がイメージについていけない。


息がすぐ上がる。


レイスの時とは違う。


剣が重い、簡単には首をとらせてはくれない。


「やっぱり、筋肉つけ直すしかないわな」


「はい!」


「全ては受け止める反応能力はある。これは前のままだ。後は押し返す力だけだと思う」


「わかりました!では」


「まてまて何があったんだよ、昨日今日で」


「怯えて殺されるのを待つ訳にはいきませんから」


「何かあっのか、昨日」


バルトが帰ろうとする私を無理やり隣に座らせた。


「バルト」


私の肩に額をくっつけ、両腕に抱いた。


「バカだ俺…お前を1人で帰すなんて」


「そんなに柔じゃありません。記憶はありませんが、剣の筋は身体が覚えているみたいですから」



「だとしてもノアには勝てない」


ノアだとは一言も言っていないのに、なぜその名が出るんだろう?


バルトが警戒するぐらい危険な相手なんだ…。


階段で出会わなければ…、いや、記憶を失う以前からノアは私を知っていた。


あの時、階段で会わなくても必ず接触してきたに違いない。


「ノアはバルトより強いのですか?」


「わからん、だが、同等かあるいはもう少しだけ上だろうな」


「///!?」


「次は指一本触れさせねぇイテテ」


いつの間にかおしりをまさぐっていたバルトの手の甲をつねってやった。


「バルトにもそうしてほしいものです」


シャツのボタンもはだけていたのにも驚いた。


「リア」優しい声と共に短く口づけをされる。


その顔は先程の所業とは思えないほど、顔を赤くしていた。


「照れるならしなきゃいいのに」


「したいからすんだよ俺は」


と背を向け頭を掻いた。


その青い髪を撫でると柔らくいい匂いがした。


「もぅ弟扱いすんじゃねーぞ。数日しか変わらないんだからな」


「そうなんですか、弟ぐらいかと思いましたが外れたようです」


「てめっ記憶戻ってるんじゃねぇだろうな?」


「くすっ戻っていませんよ」


いたずらっ子のように愛おしく思うのは兄弟分のように思っていたからだろう。







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