未定2

りりにゃん

第1話 記憶喪失

目覚めた瞬間、自分は自分であって自分ではなかった。


私の名前は誰だっけ?


私の名前はリリアナ。


違う…違わない。


違わないのに、心が思い出せない。


頭が混乱する。何もかも覚えていない。


本当の名前は思い出せないのに、今の私はリリアナだとわかっている。


じゃあ、私はリリアナでいいじゃない。


怖いことを考えるのはもうやめよう。


私は頭がオカシイ。


ーーー…


リリアナだと自覚して1ヶ月が過ぎた。


周りは私が落馬事故で記憶喪失になったのだという。


だから、私はこの世界に溶け込めた記憶喪失者として。


リリアナはアズーリー帝国、西軍を率いる西軍大将。


わかるのはそれだけ。


補佐官の二人が今はなんとかまとめているらしい。


このまま私を外して平穏な暮らしをおくらせてほしい。


「リリアナ様、王様がお呼びです」


王様と言うのは物語で一番ヤバい人物だと相場は決まっている。


ベットは名残惜しいが、重たい腰をあげた。


王の間にいくと若き王シドは、玉座で気だるげに腰かけ座っていた。


「貴様、本当に記憶がないのか?」


「はい…傷は痛みますが、記憶はありません」


「どうやらそのようだな。貴様は常々、俺の座り方だの姑の如く文句を言ったものだからな」


「…はぁ…私がそのような無礼を?」


「そうそう無礼を…って調子が狂うな。暫くしたら記憶が戻るといいのだが」


はぁとシドはため息をついた。


「安静にしてろ」


「ありがとうございます」


姑のようだといいつつ、信頼は高いようだ。


そして、西軍の大将は今はまだ解任してくれないようだ。


王の間を出てすぐ、両腕を前に組んだ青年が立っている。


先程の王、シドとどこか似ている。


青い髪に紫の瞳。


シドよりは背が高く、髪も少々長め。


目は薄紫色の目で切れ長の目。


その場で通り過ぎようとすると、呼び止められた。


「おい」


「はい?」


痛いほど強く腕を掴まれ、思わず眉間にシワが寄ってしまった。


「本当に覚えてないのか!?」


青年は大きな声で私を怒鳴った。


彼に気圧されて、私は膝に力が入らなくなり崩れ落ちた。


お尻が床に着きそうになった直前に抱き抱えられた。


「このぐらいでひよってしまうとは本当にただの女になってしまったのだな…仕方がない、俺が娶ってやるしか…」


「生理的に無理です。ごめんなさい」


「…根は変わらないようだな」


「で、貴方はどなた?」


「俺は東軍の大将バルト、現国王の兄でもある。そして、俺達は幼なじみという訳だ。」


「幼なじみ…なのですか…」


「思えば昔から貴様は男勝りだった。それが今皮肉にもアラサーで貰い手が見つからない上にひよい女になってしまって」


「なんか棘を感じますが?」


「ハハっまぁ困った事があるならいつでもこい」


トボトボと帰っていくバルトに申し訳ないとは思うけど、思い出したくない。


このまま忘れたい。


西軍の大将なんかになりたくない。


だって、人を殺すことだってあるかもしれない!


私のメイドのクリスが駆け寄ってきた。


「顔色がすぐれませんね。邸に帰りましょう」


「ありがとうクリス」


傷も癒えた頃貴族や騎士、王族のパーティーへの召集がかかった。


記憶のない私は騎士の正装よりドレスを着ることになった。


桃色の髪を緩く結わえ、メイドが張り切ってメイクをしてくる手をはねのけ馬車にそうそうと乗り込む。


「帰ったらすぐ寝るのだから、メイクなんてむだよ」


「そういうと思いました」とクリスが持ってきていたメイク道具を見せる。


優秀なメイドはうっと顔を歪ませた私にお構いなしにメイクを仕上げた。


馬車からパーティー会場に向かう。


慣れないヒールに足をとられながら1人で上がらねばならない。


かくんとよろめいた所で誰かの腕の中へ落ちた。


「リリアナなのか?」


「?」


抱き止めた持ち主の懐かしいような香の匂いに胸がきゅっとなる。


顔をあげると黒髪で黄金の切れ長の目がこちらを覗いた。


「リリアナ、本当に記憶がないようだな」


「貴方は?」


「ノア、ノアだ」


「ノア…」


自然に彼の手が自分を撫でていた事に気づくと赤面した。


「ノア、私は変ではないでしょうか?」


「どうして?昔の自分と違うからか?」


「億劫でメイドがしてくれるメイクを適当にやりすごしてしまったから」


恥ずかしさと後悔の波が押し寄せる。


「君らしいな」


くすりと笑うと私の頭を自分へと抱き寄せた。


「持ち帰りたいぐらいだ。」


「!?」


ノアの頬に触れた。


唇が触れそうな距離で、誰かが静止した。


「バルト、無粋だよ」


「無粋なのはどっちだ記憶のない女に手ぇだすな」


バルトが無理に引っ張るのでノアは手を離した。


「バルトさん!?」


「さん付けすんな気持ち悪い」


ノアから笑みが消えギロリとバルトを睨む。


「階段で彼女が落ちて怪我をしたらどうするんだ」


「今度は離さないから心配すんな」


「彼女に触るな」


「ノア…私は大丈夫だからそんなに怒らないで下さい」


「なんでこいつはさん無しなんだよ」


「兄上、皆がそこにいられると上がってこれませんよ」


騒ぎに呆れ、若き国王自らが仲裁にやってきた。


「いくぞ」


バルトに手を引かれ会場へと連れていかれた。


私が振り返ると、シドに深々と頭を下げるノアが見えた。


「バルトさん」


「あいつには近づくな」


「なんで」


「なんででもだ」


バルトと共に椅子に腰掛けた。


「ノア、彼は貴族なのですか?」


「…」


「ノアは騎士なのですか?」


「ノアノアうるせーよ!」


「!」


バルトはさらにへの字に口を閉ざしそっぽを向いてしまった。


パーティー会場があるいっこうにどよめいた。


何人もの声が聴こえる。


「あれ、この前まで敵国だった連中だろ?」


いっこうから人々が離れたお陰で見えた。


その先には誰かの隣を歩くノアがいた。


「ノアはあの王族の側近なんですか!?」


「そーゆー事だ。今は休戦状態それもつい最近な」


ノアは察したの狼狽した私にくすりと微笑んだ。


震える胸をぎゅっと押さえつけ目を反らした。


突如キンと頭痛がした。


「うっ」


「ほら言わんこっちゃないノアノア言ってるからだ。ベッドいくか?」とバルトが背を擦る。


「大丈夫…です」


もう一度見たノアはもうこちらなど見てはいなかった。


「なぜノアは私に近づいたんでしょうか?」


「さぁな」


「何を考えてるのでしょうか?」


「お前がな」


その言葉にはっとし、首を横に振る。


今までひとつも元のリリアナに関する情報は知ってはいないと拒絶していた自分が、それを知りたがっていた。


彼を知ると言うことはなりたくないリリアナに近づいてしまう。


先ほどの頭痛は自分への警告なのだ。


「やはり、何も知らなくていいです」

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