31 邂逅

 ――逢いに行くといい。


 初代聖乙女が告げた言葉に導かれるように私は自然と泉に向かって足を踏み出していた。

 水面へ足をつけると不思議と沈むことはなく、私は水面に浮かんだまま水鏡へと歩みを続ける。

 世界を創った女神から生み出された神泉しんせんの一部であるこの泉は確かに特別な力を持っているらしい。


 私は迷うことなく鏡の向こう側――自らの魂の片割れがいる世界をただ見つめ無言で歩を進め――水鏡へ手を触れた。


「!」


 その瞬間まるで吸い込まれるように鏡から水が溢れ出し、私は声を上げる暇もなく全身を覆った水と共に鏡の中へと引きずり込まれた。



 *



 ……ひっく、ぐすん。

 ……ぐすん。


 すすり泣くような声が微かに聞こえる。

 ……誰かの泣き声が聞こえる。

 どうしようもない深い悲しみに落ちた声が。

 全てに絶望し、かの世界を生み出した者に怨嗟する声が。


 ただひとつの望みを叶えられず、今も尚苦しみの声を涙に変えて吐き出している哀しい少女の声が、聞こえる。


 全身を包み込んだ水が跡形もなく消え去り、虚空のような世界に降り立った私は、光の刺さない地の底でその声を頼りに彷徨い歩いた。

 何分すぎただろう。

 泣き声が段々近くなり、闇の中にあっても光る白金プラチナの髪が、彼女がそこにいることを教えていた。

 そしてついに。


「アリーシャ……」


 私は自分の片割れである十の頃に時を止めてしまった体を見下ろした。

 そんなアリーシャは私の声に気づくと俯いていた顔をこちらに向け、そしてアリサを見上げると驚きに目を見開いた。

 彼女は光のない紅玉の瞳に、痩せこけてしまった頬に、泣き疲れて枯れ果てた声に、初めて感情を乗せ、色を失った唇で言葉を紡いだ。


「あぁ……長かった。本当に、長かった。ようやく私の願いは成就されるのね」


 涙の跡が残る目元をゆっくりと弧の形に描きながら、立ち上がったアリーシャは言った。


「…………お願い。私を――殺して」


 ええ。そう、私はそのために来た。

 だから私は――。


 私は貴女を殺すためにここに来た。



「ええ、だから私はここにいるの。私はあなたの願いを叶えに来たわ。アリーシャ・ウルズ・オーウェン」


 私の片割れである半身はその答えに満足したのか、心から嬉しそうに綺麗な笑みを浮かべた。


 私はその笑顔を目に焼き付けながら、小柄で華奢な身体に、腰から吊り下げていた細剣レイピアを瞬時に抜いて――彼女の心臓に突き立てた。

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