30 水鏡
「
かつて初代聖乙女がこの地に注いだという『
泉から派生した波紋がまるで雫が落ちるよう様子を巻き戻ししているように空中に浮かび上がり――それは輪の形を描きながら形を成していく。
当初はただの輪であったそれはやがて綺麗な円盤へと形を変え、私が突然の事態に呆気に取られている間にこちらの目の前にまでやってきた。
私の目の高さに合わせるようにして浮かび上がる円盤状のそれは泉の水で形成されているのに、異様に透明度が高く周りの景色をそっくりそのまま反射していた。
これはまるで……。
「これは……鏡?」
『――そう。これは神水で形成された鏡。創世の女神エミュローズは水と薔薇を司るの。だからこの泉も鏡を象った』
「!? 誰!」
頭の中に語りかけてくるような不思議な声。
声帯から発せられていると言うよりは風を操って発生させているような少し無機質な声に驚き、私は思わず当たりを見渡す。
すると、泉に浮かぶ鏡を両手で包み込むように掲げ持つ人影があることに気づいた。
周りの景色に溶け込むように透過した胴体に白のドレスを纏い、風にたなびく髪は輝くばかりのプラチナブロンド。そして泉の水のように透き通ったアクアブルーの瞳を持つ少女の姿。
全く面識はないはずなのに、不思議と目の前の少女が誰なのか分かってしまった。
そうか、彼女が――。
私のそんな思考が伝わったのかこちらへアクアブルーの瞳を向けた少女は、儚げな笑みを浮かべると、再び風を震わせるような不思議な声音で告げる。
『――私はメサイア・クレスト・アルメニア。あなたの望みを叶えるために姿を見せた。女神エミュローズに見初められし子アリーシャ。あなたの決意は受け取った。あなたを私の加護から解放しよう。それもまた、天の定めた運命なのだから――』
「天の定めた運命……?」
『――そう。あなたは非常に複雑で数奇な運命を背負っている。それは女神エミュローズでも、この私でも取り除けないほど強固なもの。だからこそ私はあなたに、
「えっと、あの……言ってることがよく分からないんだけど……」
『――今はわからずとも、自ずと時が来れば分かる。そうなるようになっている。けれどひとまずはあなたの望みを解決する方が先……鏡を見て』
「……?」
首をかしげつつ、促されるままに少女が持った鏡を覗き込む。
すると、鏡に映っていたのはここの景色ではなかった。
「あ……」
知らず声が漏れ、震える。
鏡の向こう側に映っていたもの。それは。
光の差し込まない暗い地の底で泣き続ける一人の少女だった。
魂を引き裂くほどの絶望と悲しみに心を支配されてしまった彼女は、あの時の姿のままで泣き続けていた。
かつて見続けた悪夢に絶望し、世界に絶望し、その中で願ったただ一つの望みすら叶えることができず、今も尚悲しみに打ちひしがれたいつかの少女。
ふたつの魂の、片割れ。
もう一人の、私。
「アリーシャ……」
『――あなたの願いは彼女を救うこと。この鏡は隔てた世界をも繋げることができる。だから』
逢いに行くといい。
そう初代聖乙女は告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます