32 ふたつの魂とひとつの思い

 グサリ。


 アリーシャの心臓に細剣を突き立てた私はなんの躊躇もなく突き刺した剣を引き抜いた。

 飛び散る血溜まり。大量の血を流しながらも、アリーシャは晴れやかな笑みを浮かべていた。

 彼女の頬を流れ落ちる涙は、ようやく苦しみから解放された安堵か、歓喜か。


「……ありがとう」


 彼女が私に告げた言葉は、感謝だった。


「私の魂の片割れ、アリサ。貴女を通して私は全てを見ていたわ。貴女が私を解放するために苦悩していたことも。奔走していたことも。貴女が私を殺すためにしてくれた全ての行動に、私は感謝するわ。身勝手に押し付けてしまってごめんなさい。身勝手に魂を分けてしまってごめんなさい……」


 涙を流しながら、アリーシャは地面に倒れた。

 私は無言でその場に蹲り、彼女の傍に寄る。

 いつものように体内にミューズを取り込みある魔術を行使する。

 かざした手のひらから暖かな光が生まれ、瞬く間にアリーシャの心の臓を癒していった。


 行使した魔術は、治癒魔術。


 傷が塞がっていくことに異変に気づいたアリーシャが動揺して声をあげる。


「何をしているのアリサ!? 傷を癒すなんて! 私は、死にたかったのに……!!」


 ドン、とアリーシャに体を押しのけられたことで魔術の行使が止まる。

 しかし、既にアリーシャの傷は跡形もなく完治していた。

 アリーシャは塞がった胸に手を当て、こちらをキッと睨みつける。


「なんてことをしたのアリサ! 私はこのまま死にたかったのに! 貴女が何故私の邪魔をするの!?」


 ギリ……とこちらを恨めしそうに睨む紅玉の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、私は淡々と口を開いた。


「邪魔も何も……


 そう、これは予め決めていたことだ。


「……どういうこと?」


 眉を寄せて訝しむアリーシャに、私は手に持ったままだった細剣を腰の鞘に収めると、改めて自分の片割れアリーシャと向き直る。

 そして胸に当てられていた彼女の手を取り、告げた。


「さっき私は、あなたの心臓に剣を突き立てた。水鏡からこの世界に入り込む前、メサイアは私にこう言い残したわ」


 ――この剣に運命を断ち切る祝福をかけた。これでアリーシャの心臓を突き刺して、全ての戒めから解放してあげるといい。

 後の判断は、あなたに全て託す。それがあなた達にとって最良の選択となることを、私は願っている。


「最良の、選択? これが?」

「そう、これが私の出した答え」


 混乱したように紅玉の瞳を震わせる彼女に、私は彼女の手を握りしめ、私がこれまでとってきた行動の本当の真意を口にする。


「アリーシャ・ウルズ・オーウェン。先程貴女は心臓を刺されて。あなたを一度殺すことで、あなたは全てのしがらみから開放された。だから今のあなたはただの私の片割れ」


 だから――。


「もう一度、私と人生をやり直しましょう? 本当に幸せを得られなかったあなたの人生を、私と共にやり直しましょう?」


 元々私たちは一人だったのだから。

 ふたつの思いをひとつの魂に。

 ふたつからひとつに、戻りましょう――。


「元に、戻る……? 元通りの、『私』に……?」


 そう言った私の提案に、アリーシャは目を見開いた。




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