22 思わぬ展開
―――セヴァーン自治区の紛争の収束と、和平の締結。
アリーシャの未来観測で視たあの大虐殺を防ぐには紛争を止めるしかない。
勿論それは簡単にできることではない。もし仮に今から私がセヴァーン自治区に向かったところで、神籍を剥奪された元公爵令嬢の言い分など誰も耳を貸すはずがない。むしろ彼らの怒りを買うのが関の山といえる。
故にそれなりの地位にいる者がアルメニア王国から和平の使者として向かう必要がある。
その点セラーイズルは時期王太子とされる第一王子。身分も肩書きも申し分ないし、王族が直接出向いたとなれば、流石の
あとの裁定はセラーイズル王子の腕の見せ所となるが、それについては未来観測の結果を踏まえて私がいくつか助言をしておいた。
決定打になるかは分からない。しかしセヴァーン族が納得できるだけの交渉材料にはなり得るだろう。
彼らはメサイア神の加護を受けていない。故に神籍の『悪意を弾く』という加護は彼らには効かない。しかも自治区は今紛争の真っ只中。血で血を洗う抗争が繰り広げられている場所に王子が自ら出向き、紛争を止めなければならない。
セヴァーン族は自由であることに誇りを持つ矜持の高い一族。古くからアルメニア南方の国境沿いに現れては地方の村々を襲い、食糧などを奪っていった。
それに頭を悩ませた当時のアルメニア国王がセヴァーン族と交渉し、南方の領地のひとつを彼らの自治区として認める代わりに、その地に定住し、アルメニア王国に害を及ぼさないことを認めさせたのだ。
自治区として定住の地を与えることで、自治区内での自由を許し、王国の管理下に置く。それが当時の国王の決断だった。
ただの遊牧民であるセヴァーン族に対しては破格の優遇と言える。しかし、それほど王国にとってセヴァーン族は脅威だったのだ。
卓越した身体能力に、遊牧生活を送る上で培われた巧みな馬術、そして一族特有とも言える高いミューズ許容量。
ミューズ許容量が高いということはそれだけ高度な魔術が使えるということ。それに身体能力の高さが加われば立派な戦力となる。
その戦力の高さからセヴァーン族は遊牧民として諸国を自由に闊歩し、滅亡することなく生き残っていたのだ。
そんな一族が住まうセヴァーン自治区で今、アルメニアから独立しようという動きがある。再びセヴァーン族の自由を許せば、周辺諸国は彼らの侵攻に脅かされることになる。それはこの国とて例外ではない。
当然ゼウス王としては看過できる問題ではない。だからこそ、この私の提案は渡りに船となるはずだ。ついでに大虐殺を防ぎ、
それに脅威とされるセヴァーン族との和平条約締結という目に見えた結果があれば、
戦争はいつの世も多大な負を生み出す元凶。人々の絶望や恐怖を糧とする魔王の力を削いでおけば、それだけ魔王を消滅させることも容易くなる。
自由に誇りを持つセヴァーン族との対話の道は決して容易なことではないだろう。セラーイズル王子――イズル君にはかなりの無理難題を押し付けてしまったとも思っている。
下手をすればイズル君は死ぬかもしれないし、交渉が決裂すれば和平への道は閉ざされ、未来観測通り大虐殺が行われることになる。
それでも。
私はセラーイズル王子ならできると確信している。
彼は王族としての自分に高い誇りを持っていた。それこそ自由を誇りとするセヴァーン族のように。
断罪イベントは私が仕向けたこととはいえ、彼には王族としての自覚は確かに存在する。
私は
いつでも彼は仕事を完璧にこなし、目に見える成果を出してきたのだから。
……まぁ、セラーイズル王子はイズル君だった訳だけれど。
というか、イズル君なら余計に安心して任せられる。見た目は温厚で優しげなイズル君はやる時はやる立派な男だった。
そのイズル君は玉座に座る国王へ向き直ると、すっと片膝を立てた膝立ちになり、左胸に手を当てた。
「父上……いえ、国王陛下。私は是非この提案を受けたいと考えております。セヴァーン族を解放することは再び脅威が放たれるということ。それは阻止しなければなりません。この大役をお任せ頂けるのであれば、全力を以て遂行してみせましょう」
国王はイズル君の言葉に瞠目し、唖然としている。
かつてのセラーイズル第一王子なら決してしなかった行動だ。かつての彼なら片膝を立てて胸を当てる『臣下の礼』など自ら行おうとは決して考えない。
息子の変わりように唖然としている王に代わり、口を開いたのはこれまた静かに状況を見守っていた王妃が口を開いた。
「あらあら。セラーイズルも立派になって……。ゼウス様、息子がここまで言っているのです。任せてあげてもいいのではないですか? 貴方もセヴァーン族には手を焼いていたでしょう?」
鈴を転がしたような優美な笑い声を上げる王妃は息子の成長ぶりが嬉しい、とばかりに微笑んでいた。
仲良く隣合った玉座に座った王妃はそう言うと、ゼウス王の肩を優しく叩く。
途端に我に返ったように表情を元に戻した国王は、王妃の朗らかな笑みを見てうむ、と頷いた。
「お前がそこまで言うのだ。この件、アリーシャ嬢の提案に乗りお前に一任しよう。……決して容易なことではないぞ。心してかかれ」
「御意」
国王の言葉に、イズル君は再度礼をする。
その様子を物珍しげに目を細めながら眺める国王の横で、王妃がパン、と手を叩いた。
「それなら私はセジュナちゃんに王妃教育をしなきゃならないわねぇ。彼女はアリーシャちゃんと張り合えるくらい学園で優秀な成績を修めていたって聞いたから腕がなるわぁ」
「セジュナ様はいつも学園では上位に数えられるほど礼儀も作法も優秀です。それに王国の歴史や貴族の名前、言語についても一通り習得していますからあとは社交界での振る舞いや駆け引きを学べば完璧だと思います」
これも想定通りの展開なのでフォローしておく。
ちなみにセジュナにこれらの知識を叩き込んだのは私だ。前世のセナは座学が得意ではなかったが、セジュナとなってからはかなり優秀な頭脳を持っており、教えたことは直ぐに吸収した。興味のないことを覚えるのは依然として苦手なようだが、それはそれ。鞭を片手に脅し……ゲフンゲフン、無理矢理頭に叩き込ませた。
断罪イベントを起こすのだから当然セジュナが将来王妃になることは想定済みである。それならば準備は早いに越したことはない。
おかげでセジュナから「鬼教官、サド教官」と不名誉な渾名を賜ったけれど、後悔はしていない。
決してスパルタ教育を一度やってみたかったとかいう、個人的事情もない。ないったらないのだ。
ちょっと楽しかったとか、決して思ってはいない。うん。
いずれこの国を去るつもりだったからこそ、私にできる最大限のことを。そのために、私は準備を進めてきたのだから。
「あらー。じゃあ、そこまで時間をかける必要はなさそうね。じゃあセジュナちゃんは私のお茶会に招いて、まずは振る舞いを勉強してもらうことにしましょう」
「それがいいと思います」
楽しげに微笑む王妃に相槌を返し、私は国王に目を向ける。
これで私のこの国での全ての役目は終わった。
あとは神殿で私の神籍を解除し、『アリーシャ』を――。
「陛下。では、そろそろ私は」
「おお、そうだな。そなたの神籍のこともあるしな。神殿には話を通しておくとする。申請が通れば知らせる故、それまで家族とゆるりと過ごすとよい」
「ありがとうございます」
国王に一礼し、踵を返そうとして。
ふと私はこれまで決して見ようとしなかった国王の右側に控えた人物を視界に写した。
それは何気ない動作だった。私が
だからせめて、その最後の姿を目に焼き付けておこうと。
それは、何気ない仕草だった。踵を返す直前に、何気なく右側に目を向けただけ。それだけの、はずだった。
それなのに。
「――!」
バッチリと、目が合ってしまった。
彼は、いつものように近衛騎士の証である銀糸の刺繍が施された青い軍服を着こなして、肩で結んだ白い髪をいつものように背に流したまま。
褐色の肌に浮かぶ翠の瞳を、その鋭利な眼差しを、私に向けていたのだ。
その眼差しは、なんの意図を含んでいたのか。私には分からない。
けれど。その翠の眼差しから目を逸らすことはできなくて。
何も言えないまま、その眼差しに魅入られたまま、私は固まった。
硬直し動けない私を見つめたまま、彼はそれまで閉ざしていた口を、開いた。
「陛下。大変無礼だとは思っておりますが、私に今この場で話をする許可を頂けますか?」
国王は私と彼を交互に見たあと興味深げな表情をして、返答する。
「どうした? お前がそんなことを言うなんて珍しいな。良いぞ、話してみよ。ヴェガ・ダーツェット・クローエンシュルツ」
「感謝します」
優雅に一礼した彼――近衛騎士の『ヴェガ様』は驚愕の言葉を口にする。
「私も彼女と共に国を出たいと思うのですが、ご許可頂けますか? 国王陛下」
――かの乙女ゲーム、『聖オト』における
「ええええええええええええ!?」
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