21 王子のその処遇は

 「度重なるご配慮、心より感謝申し上げます。国王陛下」



 立ち上がり、左手を胸にあて一礼する。

 ドレスを摘んで一礼する『貴婦人』の礼ではなく、敢えて『騎士』としての礼をとったのは、これから国を去る身であっても国王に忠誠を誓う一家臣であるという宣言。


 オーウェン公爵家令嬢として、第一王子の元婚約者として、たとえその身分を捨てたとしてもこれからも国王に、アルメニア王国に忠誠を誓い続けるという私なりの誠意の現し方だ。


 私はこの国を愛している。アリーシャとして過ごしたこの数年間、厳しくも愛情深い両親に囲まれ、数奇な巡り合わせにより再び親友と出会い、充実した日々を送ることができた。


 魂が分離しているとはいえ、今ではもう一人の『私』といえるアリーシャも、この国を愛しているが故に魔王となる運命に絶望し、自ら死を選んでまでこの国の未来を守ろうとした。


 私とアリーシャの根幹の望みは同じ。この国を守り抜くこと。愛した祖国を決して滅亡させたりはしない。

 これは、そのための始まりの一歩なのだ。



「……面をあげよ」



 許しを得て顔を上げると、私の意図を理解したらしいゼウス王は苦笑していた。



「誠にそなたは忠義深いだ。ここで手放すには実に惜しいが、この国に迫りつつある未曾有の危機に立ち向かうことができるのはそなただけであろう。……頼む。魔王を必ず倒してくれ」

「はい、承知致しました」



 その言葉に力強く応えると、国王はさらに苦笑する。



「ここまで忠誠心溢れる頼もしい者もいると言うのに……。全く、我が愚息も見習って欲しいものだ」



 小さく嘆息した国王のその呟きに、返す声があった。



「――全く以てその通りです。耳が痛い限りですよ、父上」

「あら、セラーイズル。聞いていたのね」



 これまで私と国王の話し合いを静かに聞いていた王妃が控えの間から現れた第一王子を一瞥する。



「ええ。私がどれだけ愚かであったか今更ながら理解しました。本当にアリーシャ嬢には申し訳ないことをした。今更だと思うが改めて謝罪したい。……本当に申し訳なかった」



 イズル君――セラーイズル王子は当初の打ち合わせ通り、国王との話が一段落した所で謁見の間に姿を現すと、私に向かって謝罪した。



「謝罪は先程も受けましたから顔をお上げ下さい。セラーイズル殿下。私はこれで良かったと思っておりますから」

「いや、これは私の落ち度だ。本当にすまなかった」

「だから大丈夫だと……」

「いやそれでも!」

「いえ、だから……」

「いや、まだ私の気がすんでない!」

「ええ……」



 ちょっと待って? これは打ち合わせになかったよね!?

 尚も頭を下げようとするセラーイズル王子に私は焦る。

 いやもうこれはセラーイズル王子というよりただのイズル君になっている。


 非常にまずい。国王との王妃が目を丸くして息子おうじの様子を見ている。

 第一王子が自ら頭を下げることなど今までのセラーイズル王子の性格なら有り得なかったことだ。

 もう謝罪はいいからぁ! 次の話に進ませてぇ!!



「分かりました! 殿下のお気持ちはもう十分伝わりましたから!」



 国王の前で素を出す訳にもいかず半ば涙目になりながら懇願すると、セラーイズル王子……もうイズル君でいいか。あまりにもあの王子と性格が違いすぎる。イズル君はようやく引き下がってくれた。



「父上、私はいかに自分が愚かだったかを理解しました。アリーシャ嬢は謝罪を受け入れてくれましたが、このままでは私の気がすみません。如何なる罰も受け入れる所存です。王位継承権を剥奪されても文句は言えません」

「う、うむ、そうか……確かにこのままお前を王太子に据えるのは難しいだろうな……」



 国王はイズル君の変わりように狼狽しつつも頷いた。


 今回の婚約破棄は第一王子による一方的なもの。しかも王命で組まれた婚約を国王の許可なく破棄しているのだ。

 いくら王子と言えど、アルメニア王国において絶対的な君主である国王の命に背く行為は許されないことである。


 実際伝え聞くところによれば、今回のこの騒動で、セラーイズルの王子としての資質が問われ、王太子にするのは如何なものか、と貴族達の間で意見が出ているらしい。


 ましてや婚約破棄された私の家はアルメニア王国でも名門と名高いオーウェン公爵家。その令嬢を差し置いて、元は平民の出の伯爵家令嬢を王妃に迎えようとするとは何事か、と高位貴族の中には不満を露わにする者もいるらしい。


 いくら今はゼウス王が賢王として治世を安定させているとはいえ、今回の騒動を起こしたセラーイズル王子がそのまま王太子として台頭するのは禍根を残すことになる。

 信頼なき者が王位を得たところでまともな治世が期待できるはずがない。いつの世も一度失った信頼を回復するのは難しいことなのだ。


 では、そうなった場合どうすればよいか。



「そのことなのですが、陛下。私からひとつ提案があるのですが」

「ほう、何かあるのか?」



 国王は再び私に視線を戻すと、興味深げに問いかけてくる。

 その問いに私はしっかりと頷いて応えた。


 私は今回、セジュナと組んで意図的に断罪イベントを引き起こした。


 ここがかの乙女ゲーム、『聖オト』を元にした世界である限り、それでしかセジュナが王子と結ばれる方法がなかったし、私が追放される方法もこれが最善だった。

 そのお陰で今私は王子と婚約破棄をし、望み通りの結果を引き出すことができた。


 しかしその結果、王子の独断的な行動によって引き起こされる問題があることも当然理解していた。

 それが今直面しているこの問題。王子の次期王太子としての資質を疑われることだ。


 ゼウス王は賢王。例え自分の息子であったとしても身内可愛さに王位を譲ることはありえない。肉親より国の安定を優先させる――国のためなら自分の息子も切り捨てることすらやってのけるだろう。


 王子として相応しくないと判断すればその時点でセラーイズル王子を切り捨てる。それはゼウス王という人柄をを知っていれば直ぐに思いつくことができる可能性だ。


 私はセジュナにも、イズル君にも幸せになって欲しい。そのために婚約破棄へと持ち込んだのに、そうなってしまっては本末転倒なのである。

 だから対抗策は既に考えていた。



「セラーイズル王子の信用が問題なのであれば、うってつけの解決策があるではないですか」



 信頼を回復するのは難しい。

 ならば、その失った信頼に勝るほどの成果を出せばいいだけのことなのだ。王太子として、未来の次期王として不満が出ないほどの、不満の言い様がないほどの手柄を持ち帰ればいいだけのこと。



「今、南方のセヴァーン自治区では紛争が起きていますよね? あそこには豊富な資源があり、重要な流通路でもある。アルメニア王国としてもこれ以上紛争を長引かせるのは得策ではない」



 アルメニア王国南方、セヴァーン自治区。

 古くより遊牧民のセヴァーン族が住まう森林地帯。領土上ではアルメニア王国に属しているが、セヴァーン族による自治が認められた特別な区域である。


 ところが今、その自治区ではアルメニア王国から独立しようという改革派と、このまま王国の庇護下で安定した暮らしを願う穏健派の二つの派閥が争いを繰り広げ、紛争地帯になっている。


 そして私はアリーシャの未来観測により、その紛争が魔王フェリクスに利用され、アルメニア王国南方で大量虐殺が行われる未来を視ていた。


 その穢れと負のスパイラルにより、魔王はその闇を吸収して更なる力を手に入れ、ついには依代アリーシャを完全に支配し、アルメニア王国を滅ぼすのだ。


 その未来は、可能性は何としても潰さなければならない。そのために王子に動いてもらう。

 それが私がイズル君と話した『打ち合わせ』だった。



 「セラーイズル殿下をセヴァーン自治区に派遣して和平条約を締結させるのですよ。そうすれば王子は紛争を止めた手腕と、条約を締結させた成果を以て王太子として文句のない人物だと示すことができるはずです」



 セヴァーン族は元は遊牧民。アルメニア王国に属しているだけであり、自治区であるためにメサイアを信仰していない。神籍も当然ないため、加護に縛られずのだ。

 そんな紛争地域に王子が自ら出向き、和平を結ぶ。それができれば、セラーイズルは王太子として認められるはずだ。


 それが私の用意した対抗策だった。

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