30 第七皇女の従者の正体

 

『レスー! 待ってたよ!!』

「うわっ、セイル!」


 あらかじめ決めてあった転移場所に出現した途端に胸元に銀色の鳥が突っ込んできて私は危うくよろめきながらキャッチする。

 勢いよくこちらの胸に飛び込んできた銀鳥は甘えるようにキュルキュル鳴くと頭を一心に擦り付けてくる。


 人前では滅多に甘えたりしないセイルにしては珍しい。

 何かあったのだろうか。

 困惑に首をひねりつつ前方に視線をやればその先でメルランシアお姉様とライオットが何故か睨み合っていた。


 バチバチと火花が飛び散りそうな雰囲気の中無言で睨み合う二人。

 まるで親の仇でも見ているかのごとき殺気立った二人にセイルは辟易としているようだった。


『ボクもうこの二人の相手するの疲れた! 相性悪すぎだよこの二人! どうにかして!』

「……ご苦労さま。ありがとうね。セイル」


 確かに終始この雰囲気だったのならばセイルの気苦労も理解できる。少なくとも私もこの二人の間に長時間板挟みになるのは御免だもの。


 損な役回りを押し付けてごめんね、セイル。

 セイルを労るように頭を撫で、私は溜息をついて険悪ムードを垂れ流す二人の間に立った。


「それで、山脈はどうだったのですか? 


 半目になりつつ問いかければ、二人は我に返ったようにハッとすると、今初めて私がいることに気づいたようにこちらを振り返った。


 やれやれ。山脈の方に向かうと言ったのはこの二人なのになぜこんなに険悪なのか。

 内心で再び溜息を着くと、メルランシアお姉様がライオットを睨みつけるのを辞めないままに答えてくる。


「山脈の方は既に兆候が出ていたわ。川が汚染されてたの。そのせいで周りの草木が枯れ始めてる。今はまだ少量の被害ですんでいるけれど、このまま放置していたら危なかったはずよ。山脈から流れる川は飲水や農耕にも使われるから間違いなく町にも被害は及んだでしょうね」


 ライオットから視線を外し、忌々しそうに顔をゆがめながら説明する二の姉様。

 やはり予想通り既に山脈は蝕まれ始めていたらしい。


「やっぱり山脈の方は汚染され始めていたのですね。手は打ったのですか?」

「ライオットの能力を使って既に汚染の被害が出ている地域一帯を。取り敢えずの応急処置ではあるけれど何もしないよりかはマシのはずよ」

「ライオットの能力?」


 首を傾げた私に後ろにいた公爵が説明してくれる。


「ライオットは正確には人ではありません。半人半霊とでも言えばいいのでしょうか。半分精霊に属するものなのです」

「えっ、そうなの?」


 公爵の説明にライオットが頷き、驚く私に笑みを向けた。


「私は空間を操る精霊と人間との間に生まれた半精霊で、空間を操る力があります。それで結界を作り汚染された川を隔離したんですよ」

「そうだったのね……」


 初めてライオットに会った時に感じた違和感の正体についても納得できた。

 人間の気配を纏いながら、セイルやジャスリートに似た雰囲気を感じたのはライオットが半分精霊に属するものであるからだろう。


 それにしても空間を操る力とは。ライオットは人間でありながら、かなり高位の力を持つ精霊ということになる。

 時間や空間といった大きな力を自在に操れる精霊はそう滅多に居るものではない。


 古来より精霊というものは現象が魔力を経て形を成し顕現したモノと言われており、本来は肉体を持たないものが多い。

 中級から下位の精霊が魔力をそれほど多く持たず、尚且つ実体化しても小さいのはこのような理由からだ。


 高位精霊になればその魔力の大きさゆえに受肉し実体を持つことも可能だ。この例に当てはめればセイルやジャスリートはこの分類に入るだろう。


 ライオットのように人間という生来から受肉した状態で産まれ、精霊としての力も併せ持つというのは大変珍しいことなのだ。


 そもそも等身大の人として実体化できる精霊が人間との間に子を成すということ自体が稀である。

 ライオットは希少な存在と言えるだろう。


 将軍でもあるイーゼルベルト公爵の部下たちは優秀で特異な性質を持つ部下たちが多い。

 これも精霊や魔を引き寄せる黒髪を持つ公爵の力なのかもしれない。


「とにかく! ライオットの結界で取り敢えずの被害拡大は防げると思うけど大元の原因を排除しない限りは問題は解決しないわ。そこでナスターシャに聞いたんだけど、ね!」


「ね!」の部分でドン! とライオットを突き飛ばし、メルランシアお姉様が会話に乱入してくる。突き飛ばされたライオットは油断していたのかそのまま崩れ落ちて床に尻もちを着いている。


 その様子を見て勝ち誇ったようにふふんと笑うお姉様。尻もちを着いたままのライオットは悔しそうにお姉様を睨めつけている。

 本当になぜ二の姉様はライオットをこんなに毛嫌いしているのかしら。不思議でならないわ。

 疑問を浮かべる私に構わずメルランシアお姉様は話を続けた。


緑の巫女ナスターシャを据える『緑の民』はグウェンダルクを昔から信仰していたでしょう? だから緑の民の集落にはグウェンダルクの真体を祀った祠があるそうよ。グウェンダルクが魔に侵されながら削がれかけていた力の回復のためにどこかへ消えたのだとしたら一番力が回復する場所に行くはずでしょ? だからその祠が怪しいんじゃないかと思うんだけど」


「祠……ですか。確かに魔に対抗するために手っ取り早く力を取り戻そうとしたら自分の真体がある場所に行くでしょうね。でもそれなら『緑の民』が気づきそうなものですけれど」


「私もそう思ったんだけど真体が収められた祠は神聖な区域とされていて『緑の民』でもめったに立ち寄らないそうよ。自由に立ち入りが許されているのはグウェンダルクの愛し子……つまり緑の巫女だけなのよ」


「なるほど」


 ナスターシャはヴォルフロム卿の養女となっており、緑の民の集落には戻っていなかった。

 祠は神聖な区域で緑の巫女しか立ち入れないし、緑の民はまず近づかない。


 結果誰にも知られることなくグウェンダルクは少しずつ魔に侵食されながら必死に抵抗していたというわけか。

 愛し子の呼びかけに応えられないくらい衰弱しているであろうグウェンダルクの居場所の所在はまずその祠で間違いなさそうだ。

 となるとあとは大元の問題を解決するだけだ。


「『緑の民』の集落に向かわなければなりませんね。あそこは閉鎖的と聞いていますが、大丈夫でしょうか?」

「ナスターシャを連れていけば大丈夫じゃないの? それにグウェンダルクの危機でもあるんだから協力はしてくれるんじゃない?」

「そうですね、彼女は緑の巫女ですしね」


 ナスターシャは緑の巫女だ。それに『緑の民』の一員でもあるのだから問題ないだろう。

 どうやらそちらも問題なさそうだとお姉様と結論付けた時、公爵が静かに口を開いた。


「――それはどうでしょうね。ナスターシャ嬢の紹介では『緑の民』の集落に入ることは不可能かもしれません」

「……え?」

「……どういうこと?」


 公爵の一言に私はメルランシアお姉様と顔を見合せ共に疑問をぶつけると、公爵は眉間に皺を寄せ、難しそうな顔をして告げた。


「ナスターシャ・セルルカン・ウォルフロムは緑の巫女でありながら『緑の民』の集落を永久追放されているんですよ。彼女は緑の民の〝禁忌〟に触れる大罪を犯し、異端者として集落を追放されたそうです。ウォルフロム卿は生まれ故郷へ戻れなくなった彼女を保護するために養女としたのですよ」



 ――集落を永久追放された? 禁忌に触れる大罪? 緑の巫女なのに? 


 何故。


 思っても見なかった驚きの情報に、私とお姉様は目を見開いた。

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