27 第七皇女は拒絶される

 「お久しぶりー……でもないか。うわー、ここが新しい家? 綺麗だねぇ、さすがレス。これ全部作ったわけ」


 まだ文句を言いかけていたライオットを部屋から追い出し、ほほー、と淑女にあるまじき声を上げながら室内を見渡すメルランシアお姉様。キョロキョロと辺りを見回すその動きに合わせて白銀のポニーテールが尻尾のように揺れている。


 相変わらずのマイペースぶりに呆れながらも、私はお姉様を歓迎するために上体を起こした。バランスを崩してふらつきそうになり、すかさず公爵が寄り添うように介助してくれた。そのままさり気なく肩に手を置かれたりしている。


 思わず先程の添い寝のことを思い出しかけて頬が赤くなるが、今はそれどころではない。首を振ることで余計な思念を追い出し、メルランシアお姉様に突然の訪問の理由を尋ねる。


「お姉様は暫く皇都にいらっしゃるのではなかったのですか?」


 そう問いかけると二の姉様はあちこち見回るのをやめて私に向き直り、ニコリと笑みを浮かべた。


「お父様に録音、録画魔具の有用性が認められて魔具開発局局長に任命されたの。それで初のお仕事がミッドヴェルン領ここの都市開発に協力せよ、とのお達しでね。それで転移陣使って来たわけよ。だから当分はここに逗留するわよー」

「ということは、ついに魔具開発局の設立が認められたのですか!?」

「そうなの!! レスのお陰よ!」

「おめでとうございますお姉様!」


 胸を反らせ仁王立ちでドヤ顔をするお姉様。ついに念願が叶ったからかその顔はいつになく満足気な表情を浮かべている。


 ――魔具開発局。それは文字通り魔具の開発を専門とする研究機関のことである。


 これまでお姉様は様々な魔具を開発してきたが、それはあくまで趣味の範疇だった。皇女としての権威を利用し魔術塔の一角に居を構え、魔具開発に没頭するお姉様は日頃から「魔具開発を専門とする機関を独自に設立したい」とそれはもう、熱く語っていた。


 しかしこの国における魔具の開発は宮廷魔術師団の仕事の一環という扱いであり、魔具自体も生活の補助や、魔力を持たないものでも扱える「ちょっとした便利道具」といった扱いでしかなかった。

 あれば便利だが、なければないで問題ない。それが魔具の一般的な認識だったのである。


 その考えを一心させたのがお姉様の発明した魔具の数々。家事用の大型魔具は言わずもがな、今回の録音や録画の魔具はこれまで見落としてきた犯罪の証拠を突き止める手掛かりとなったり、大型スクリーンに連動して流すことで記録媒体としての優位性を顕著を示すこととなった。


 また、私が派手に祭典での出来事によりお姉様の魔具に注目が集まり、魔具開発の重要性を認識させるいい機会となった。

 それらの功績が認められ、お姉様は念願叶って魔具開発局の設立を皇帝おとうさまから許可されたらしい。


 当然喜び勇んだ姉様は各所から人材の補給や資金援助の確保等、開発局の本格的な始動に向けて多忙な日々を送っていたはずなのである。



「まぁ開発局の方は何とかなってるわよ。いい人材も確保出来たし、宮廷魔術の中にものすごく気があった子がいたから引き抜いてきて、その子に後は任せたわ。信頼出来る子だから大丈夫よ。それで最初の仕事がここの開発の手伝いなのだから、お父様も早くミッドヴェルン領を復興させたいのでしょうね」


 アイルメリアの動きも気になるところでしょうし、と続けるお姉様。アイルメリアの不穏な動き。確かに今回の一連の出来事は色々不可解なことが多い。


 魔女を使っての密偵に辺境領の占領。広大な国土を持つヘルゼンブール帝国に隣合っているとはいえ一王国が仕掛けてくるにしても方法が杜撰すぎる。


 そして今回の魔女の呪。魔を使って災厄をばら撒くにせよもっと効率のよい方法があったはずなのに、なぜこのような回りくどい手法を使うのか。まぁ私はその罠に見事に引っかかってしまったのだけれど……。


 あ、そうだ! こんな話をしている場合ではなかった。グウェンダルクの件を早くどうにかしなければならないのだった。現状を思い出した私はお姉様に簡単に状況を説明する。


「ふーん。なるほどねぇ……魔女が呪を仕掛けていたわけね。レスの見立てだとグウェンダルクはまだ生きてるの?」

「少なくとも私が介入するまでは拮抗できるだけの力が残っていたと思います。けれどその均衡を私が崩したから……」

「グウェンダルクの加護が失われればここ一帯は直ぐに影響を受けるわ。最悪この地からの資源は二度と期待できなくなるでしょうね……」


 重苦しい空気に包まれる室内。それだけは何とか阻止しなくてはならない。しかし肝心のグウェンダルクが何処にいるのかが分からない。呼びかけても応えてくれないのだ。


「そういえばここって地の精霊グウェンダルクが加護した一族がいたわよね? 森の民エルフの血を引く先住民の……確か『緑の民』と呼ばれてるのだっけ?」

「『緑の民』……セルルカン一族のことですね」


 メルランシアお姉様の言葉に公爵が頷く。

 確かに旧ウォルフロム領には元々先住民がおり、ウォルフロム辺境伯は彼らを保護していたと聞いたことがある。


「そうそう。彼らならグウェンダルクの居場所を掴めるんじゃないの? あの『緑の民』の一族には代々地の精霊グウェンダルクの愛し子である巫女が居たはずよ」

「確か、緑の巫女と呼ばれていましたか。そういえば今代の巫女はウォルフロム卿の養女になっていたと聞きましたが……」

「嘘、じゃあ惨殺に巻き込まれたの!?」

「いえ、隙を見てウォルフロム卿が逃がしたらしく生存していると聞きました。しかし今どこにいるのか……」

「じゃあ今すぐ探して。契約している愛し子なら精霊の場所を掴めるはずよ」

「承知しました」


 メルランシアお姉様の指示に公爵が直ぐに行動を開始しようとして――突如部屋の扉がノックされた。


『レスティーゼ殿下。ウォルフロム辺境伯爵様のご息女様がいらっしゃっております。殿下にお会いしたいとのことで、お通ししても宜しいでしょうか』

「いいわ、お通しして」


 扉の向こうから聞こえたメルザの声に私はメルランシアお姉様や公爵と目を見合せ、すぐ様了承の意を返した。


 ウォルフロム辺境伯の息女。彼には三人の子どもがいたが、『娘』はいなかった。ならばメルザのいったご息女とは件の愛し子、養女である緑の巫女のことである。

 つまり、向こうから会いに来てくれたらしい。


「――失礼します」


 緊張しているのが伝わってくる少し震える声音と共に、一人の可憐な少女が部屋の中に入ってきた。

 年齢は私とほぼ変わらないくらいだろうか。エメラルドのような鮮やかな緑の髪を左右に大きくツインテールにし、柔らかなクリーム色のドレスを身にまとっている。


 「ようこそ、ご息女様。この姿勢で申し訳ないけれど、私は貴女を歓迎します」


 私はできるだけ穏やかな笑みを浮かべて少女を手招きする。

 その髪型と服装から人形と見紛う程に整った容姿をした少女は私の隣に立つ公爵を警戒しながらも、こちらに近づいてきた。


 「私はレスティーゼ・エル・ヘルゼナイツ。貴女のお名前を伺っても?」


 少女は不安げに私を見つめ、可愛らしい声で名乗る。


 「私はナスターシャ……ナスターシャ・セルルカン・ウォルフロム」


 セルルカンという名。やはり彼女はウォルフロム辺境伯の養女……『緑の民』に属する緑の巫女で間違いないらしい。


 「ナスターシャ様というのですね。可愛らしいお名前です。どうぞよろしくお願いしますわ」


 無事に生きていてくれたことに安堵し、私は有効の意を示そうと彼女に握手を求めようとして――


 パシン!!


 その手を、叩かれていた。

 何が起きたか分からず、困惑する側で少女――ナスターシャは形の良い大きな琥珀色の瞳に怒りを宿し、堪えていたものを吐露するように大声をあげた。


 「どうしてあなたはそれだけの力を持っていながらお義父様を助けてくれなかったの……!! あなたがいればアイルメリア軍なんて一掃できたでしょう!? なぜあなたがのうのうと皇都で過ごしている間にお義父様が死ななければならなかったの!! なぜあなたがお義父様の領土へ来たの!? 力を持ちながら何もしてくれなかった癖に今頃来てなぜ平気な顔をしていられるの!? 返して! お義父様を返してよ!!」

 「――!」


 少女の悲痛な叫びが心に突き刺さり、私は叩かれた手をどうすることもできず、ただ呆然とした。

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