26 混乱の第七皇女と最強の助っ人

今世においても前世においても、異性から添い寝されたことなど一切ない。

その前にまず誰かに添い寝されたこと事態がない。


皇女という立場上、気軽に異性に触ることなど全くなかったし、ましてやここまで密着した形での添い寝は言うまでもない。

こうなると同衾と言った方がしっくり来るくらいだ。


いや、同衾って何よ! 私はまだ15歳よ!?

なんてはしたないことを考えているの。しっかりしなさい、私。


普通に考えて公爵は私の呪を解呪するために添い寝をしていただけだ。

決してやましいことがあった訳では無い。

頭痛がして少し吐き気がある以外身体に異変はないし、第一公爵は私をからかうことはあっても、心から嫌がることをする方ではなかった。


いつも細やかな配慮をしてくれて、紳士的で優しい私には勿体ないくらいの素敵な婚約者だ。

うん、決してやましいことがあった訳では無い。きっとそうに違いない。


自分に言い聞かせるように頷いていると、私の思考を読んだらしい少年姿の銀髪の加護精霊パートナーはボソリと呟いた。



『男に下心がない訳ないじゃん……』

「……」



私はセイルの独り言を全力で聞かなかったフリをした。

ボソリと呟かれたセイルの言葉で何かを察したのか、公爵は苦笑いをしながら私にこうなった事情を説明してくれた。



「体温も大丈夫なようですね。申し訳ありません。婚約者とはいえ、未婚の女性にこのようなことをするのは失礼だと思ったのですが、殿下の体温を保持するためにどうしても必要でした。殿下の許可なく御身に触れたことをどうかお許しください」



公爵はそう言うと、慎重に私の頭から腕を外すとベッドから降り、一礼する。

私はベッドに伏したまま首を横に振った。



「いえ、元はと言えば呪を受けた私の不注意でした。魔力が枯渇寸前で解呪か呪返しをする余裕もなかったのです……。完全に魔術師としての私の落ち度ですわ」



全くもって油断大敵である。

まさかグウェンダルクを介して呪をかけられるとは思ってもみなかった。

自分では決して隙を見せたつもりはなかったのだが、魔力の多さと精霊を使役できる力の強さゆえ、知らぬ間に己を過信していたらしい。



「ライオットから大体の状況は聞きました。どうやら地の精霊グウェンダルクは魔に取り込まれていたようですね」

「正確には取り込まれながらも必死にその身で抑え込んでいたようです。それで何とか保たれていた均衡を私とセイルが崩してしまった」



あのとき聞こえたグウェンダルクの怒りの声。

あれは私が均衡を崩してしまったために怒っていたのだ。グウェンダルクがその身に抑え込んでいた魔は私の不注意で解放されてしまった。


解き放たれた魔の殆どは私に襲いかかり『呪』となって私にとっては忌まわしいあの夢幻を魅せた。

その『呪』はジャスリートと公爵によって解呪された。だが、問題はこれからだ。


グウェンダルクは地に属する精霊たちの中でも最も高位な精霊である。

最高位の精霊であったからこそ、相反する魔にある程度対抗できていたのだ。

しかしその均衡は崩れた。



意識を取り戻した先程、グウェンダルクを呼びかけてみたが、答えは帰ってこなかった。

今グウェンダルクがどうなっているのか、その手掛かりすら掴めない。


放出された魔は決して少なくはなかった。

私に『呪』をかけられる程の力を持っていた魔である。明らかな悪意と意図を持って仕掛けられていたとしか考えられない。


その悪意を持った何者かの策略に見事に引っかかり、『魔』が放たれてしまった。

『魔』は精霊と相反する存在である。精霊が祝福と加護を与える存在とするならば対極の魔は災厄と悪運を振りまく存在。

放っておけば、この地は再び災いを招くことになる。それだけは絶対にできない。早急に対処しなければ。



思わず歯噛みして──不意にいつか父親である皇帝が転移陣を起動する前に言っていた台詞を思い出した。


かの『魔女』──メルヴィス・ジンジャーが処刑される前に言い残したという『遺言』。



『──全ては終わったことだ。私の勝ちは揺るがない。愛し子はなにも出来ない』



今思って見ればこのメルヴィスの言葉はまるで今の状況を予想していたかのようだ。

魔女とはいえメルヴィスも魔術師だ。むしろこうなることを予測していたからこその、あの台詞だったのだろう。


アイルメリアに荒らされた領地の復興には時間がかかる。とはいえ領民の暮らしを安定させるには早く復興を進めなければならない。

復興を早く進めるならばその上で魔術の使用は欠かせない。


その上で地の高位精霊グウェンダルクの力を借りようとすることは誰でも考えつく。

メルヴィスはそこを利用したに違いない。


見事に嵌められてしまった。

メルヴィスの言葉を深く考えず、私の呼びかけに応じなかったグウェンダルクの真意を察するべきだった。


完全に私のミスだ。早くどうにかしなければ。

黙り込んで眉間に皺を寄せ思考に耽ける私の耳に、ふと外からの物音が届いた。



「何かしら?」

「何でしょう? 外が騒がしいですね」



不思議に思って扉の方に目を向ける私に、釣られたように公爵も扉へと視線を動かす。

何やらドタドタと騒がしい足音が聞こえると同時に何人かの声が扉を隔ててこちらまで聞こえてきた。



『だから、レスティーゼ殿下にはレイヴン様が着いてるから大丈夫だって! せめて目が覚めるまで待って貰えませんかね!?』



焦ったような声音で話しているのはライオットだ。

随分慌てているようで少し早口になっているライオットに対して今度は女性の声が返事をする。



『だから急いで来たんじゃない! 可愛い妹が倒れたって言うのよ、 早く容態を確認したいに決まってるでしょ!? あとあわよくば眠るレスティーゼに付き添う公爵のツーショット姿を目に焼き付けないと! もし起きててもその仲睦まじい様子を見ておかないと! ネタとして提供するってクレアマリーと約束してるのよ!』

『絶対に後半の方が主な目的だよなそれ! っていうか第六皇女殿下巻き込んで何考えてるんだあんたは!!』

『うっさいわよライオット! それにあんた今世では私より身分が下なんだからきちんと敬いなさいよね! 私はこの国の皇女様なのよ!』

『うわきったねぇ! こんな時だけ身分をかざすなクソ姉貴!』

『今世はあんたの姉じゃないわよ! 今の私はレスティーゼの姉なの!! ほらどきなさい元弟!』

『うわっ、ちょっ待っ──』



扉の外で繰り広げられる賑やかな会話に私と公爵が目を見合わせて首を傾げていると、ライオットの制止の声が届くより先に部屋の扉が開けられた。



「あらなんだ起きてるじゃない」



いつものようにマイペースなその声に、私はやれやれと溜息をつく。



「そりゃあれだけ大きな声で騒がれたら寝てもいられませんわ。メルランシアお姉様……」

「ご機嫌麗しゅう、メルランシア殿下」



先程の一連の会話を聞かなかった事にして優雅に礼をする公爵は流石である。

その公爵と私の目の前に立った女性──白銀の髪をポニーテールにし、何故か作業着であるツナギを身にまとったメルランシアお姉様はいつものように私に笑いかけた。

右手を上げて、まるで気軽に遊びに来た友人のように。



「やっほー、レス。強力な助っ人登場よー?」

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