24 婚約者、家を建てる

──家を建てる。



そう宣言して三日後。私の姿は再びミッドヴェルン領のメインストリート──私が三日前に作ったばかりの道──にあった。


私が精霊たちと共にものの数分で作り上げた大通りの一本道は、沢山の人々の喧騒と共に賑わいを見せていた。

元々旧ウォルフロム領の中でも流通の要所だったこの道は、今はその機能を遺憾無く発揮し、復興に向けて必要な資材や食料品が運び込まれ、かつての姿を取り戻しつつあった。


目立たぬよう町娘風のお忍びの格好をして、ライオットを傍に据えたまま物陰からこっそりとそんな大通りの様子を見て、私はニッコリと微笑んだ。


領地を復興する上で私が一番最初に取りかかるべきだと訴えたのは領民の生活の安定。

先の戦で家も職も失った領民の生活をできるだけ早く元に戻すこと。

生活が安定すれば余裕が生まれる。希望も見えてくる。そうすれば復興に向けて領民達との連携もしやすくなるし、信頼関係も築きやすくなる。


貴族や皇族は平民の上にある立場。だがその根幹には平民の支えがあってこそ成り立っているもの。

上の立場にいるからこそ、下々の者にも滞りなく目を向けること。


それが皇族にある者としてお父様から教わった最初の教え。

私もその通りだと思うし、そのことは前世でも思っていたこと。


少しずつ、それでも確実に。領民が復興に向けて明るい未来を見出してくれれば私も嬉しい。

……だからこうして影からこっそりと街の様子を観察しているわけだけれど。


私は先刻から感じる視線に、物陰に潜みながら居心地悪くたじろいだ。

さっきからずっとライオットが私を凝視している。

いや、正確には三日前から、という方が正しいのか。


私の力量を見せるために大通りを復元して以降、ライオットが私に向ける目がなんというか、物凄く……キラキラしている。

そう、キラキラしている。本当に両眼をランランと輝かせて尊敬を込めて私を見ている気がする。

憧れの人を見る目、という感じかしらこれは……。


なんというか、物凄くむず痒い。

年齢はライオットの方が上の筈だし、護衛として傍に仕えてくれているのだからこういう好意を向けられるのは信頼関係を築く意味では決して悪くない兆候だとは思うのだけれど……。


若干の居心地の悪さを誤魔化しつつ、私は白髪が目立たぬように被っていたローブの中に手を入れて、そこから地図を取り出す。

カサカサと音を立てながらミッドヴェルン領全体が載った地図を広げた。地図には所々にバツ印がついており、細かく書き込みがされている。


今後の計画のために私が付けた印だ。

水路の起点場所、鉱山の入口の場所などの必要な情報を書き込んでいる。


地図で場所を確認し、位置の座標を記憶する。

こうしておかないと転移する時に場所の特定ができなくなるのだ。

あちこち動き回ることが多いため場所で移動するよりも転移をした方が早い。



「ライオット、移動するわね」

「はい!」



位置を把握し、ライオットに声をかける。

途端にびしっと姿勢を正してやたらと元気の良い返事をするライオットに苦笑いして私は自分の魔力を使い目的の場所へと転移した。









先程の大通りが眼下に一望できる高台へと移動した私はライオットを引き連れて予め待機していた帝国軍の兵たちに挨拶する。



「遅くなってごめんなさい。少し大通りの様子を見ておきたくて」

「とんでもございません。陛下から復興は皇女殿下に一任するようにと仰せつかっておりますゆえ、自分はその殿下に微力ながらご協力させて頂いて光栄ですよ」

「有難う。そう言ってもらえると嬉しわ。そういえばあなたがいるということは将軍……レイヴン様もいらっしゃるのかしら?」

「いえ、今は巡回に行っておられます。もうすぐで戻ってこられるかと」

「そうなのね」



私の挨拶にびしっと軍隊式の敬礼で返してくれたのはサーベラス・マグナーという軍人。

イーゼルベルト将軍の直属の部下であり、旧ウォルフロム領出身。

剣と魔法の腕も立ち、出身ということもあり領地の歴史にも何かと詳しい。ライオットと共に私の補佐として将軍が気を利かせて派遣してくれたのだ。


本当に将軍は細やかな配慮をして下さる方だ。

私は復興、あちらは国境の警備とまだお互いに多忙で別行動を取ることが多いが、日に一度は必ずこちらに来てくれる。


その度に摘んできた花をプレゼントしてくれたり「市で見かけて似合いそうだと思ったので」と髪飾りをくれたりと、些細な贈り物までしてくれる。

最近はそれが楽しみで仕方がない。



そう言えば今日はまだ一度もお会いしていないわね。すぐに戻ってこられるみたいだし後で会えるかしら?



そんなことを考えているとサーベラスが興味津々とばかりに私を見ていることに気づいた。

何かしらと首を傾げると、サーベラスが黄色い目を茶目っ気たっぷりに細めて笑顔を作る。



「いやぁ、最近殿下がそういう顔をされていることが多いなと思いまして」

「え? 私どんな顔をしているのかしら」

「頬を赤くされてそりゃあもう、見てるこちらまで幸せになるような可愛らしいお顔ですよ。将軍と一緒の時よくそういう顔をされていらっしゃいます。いやぁウチの将軍様はどうやら相当殿下のお気に召されたようですねぇ」

「!」



微笑ましい、といった様子で私を見つめてくるサーベラスに私は真っ赤になって頬を両手で抑えた。

全く自覚がなかった。確かに将軍のことを考えてはいたのだけど、まさかここまで分かりやすい態度をしていたなんて!


恥ずかしさのあまりブンブン頭を振った拍子にローブがずり落ち、白髪がパサリとこぼれ落ちる。

視界が広くなり、気づけば周りにいる兵たちからも生暖かい視線を受けていた。なんとなく私を中心にほっこりした雰囲気に包まれている気がするのは何故だろう。


将軍の私への際限ない愛情表現はもはや有名になりつつある。将軍は人目をはばからず隙あらば私を甘やかそうとしてくるのだから。

微笑まれるだけでも心臓に悪いというのに……。翻弄されるばかりで未だに慣れない。でもそれが嬉しくて仕方ないと思っているのもまた事実。


私は将軍のことが好きになっているのだと……思う。いや、もう好きなのだろう。


その気持ちを自覚してかぁっと頬を赤くさせれば、サーベラスがこれまた微笑ましいとばかりに見つめてくる。

いたたまれなくなってきた私は話題を転換して逃げることにした。これ以上突っ込まれたら羞恥心が持たない。

将軍への気持ちのこともまた改めて考えればいいわ! 今は領地の復興が先決!!



「それより! ここら辺は見晴らしがいいし、条件的にもぴったりだからここにさっさと家を建ててしまうわね。あと用水路の設置と領民の家も一気に作ってしまうわ」



三日開けたことにより魔力は全回復、体調も良好。セイルにたんで呼びかけてもらたおかげで精霊たちも充分に集まっているしイメージの補完もサーベラスのおかげでばっちりだ。

何よりここは領地を一望できる絶好の場所。邸宅を立てる場所としても申し分ないし、場所の把握がしやすいおかげで一気に領地を復元をすることができる。一石二鳥である。



先程とはうって変わりキリッと表情を引きしめ、サーベラスが返事をする。



「将軍にも了承の返事は頂いております。どうぞ皇女殿下の仰せのままに」

「分かったわ」



すうっと息を吸い、眼を閉じる。地中に潜む精霊たちへと呼びかける。大通りを作った時と同じように。

セイルがどこからともなく銀鳥の姿で現れ、いつものように私の肩に止まった。



『ボク今回頑張ったよ! 見て、レス。こんなに集まったんだ!』

「本当によくやってくれたわセイル。私もここまで精霊が集まっているところは見たことがないわ……」



閉じていた瞼を開いた私の目の前に広がる光景はまさに幻想的、という言葉がピッタリだった。様々な精霊たちが大小問わず群がり、私の周囲は光の渦で埋め尽くされていた。

精霊を認識できない一般の人達から見てもこの光の奔流は見えているらしい。

周りの兵たちが驚きに歓声をあげた。



『でも相変わらず地のグウェンダルクは呼び掛けに応えてくれなかったんだ。どうせ寝てるんだよ。ボクの方が高位の精霊なのに生意気だ!』

「精霊は気まぐれなものだから……仕方ないわ。いてくれたら嬉しかったのだけれど。まだ挨拶もしていないし、そのうちこちらから出向きましょう」

『精霊の愛し子であるレスを無視するなんて。本当に生意気!』

「私としてはあなたがあのグウェンダルクより高位の精霊である事の方が驚きなのだけれど……。でも今回はどうにか力を貸してもらないかしら。結構大きな魔法だから」



大掛かりな魔法ほど精霊たちに手伝って貰った方が確実に成功する。特に今回ほどの大掛かりなものになると地の高位精霊としての力はかなり有力だ。

セイルは銀の鳥の姿で器用に笑う。不思議とお父様がイタズラを思いついた時の笑みに似ている気がするのは気のせいか。



『簡単だよ、叩き起す』

「ええ……」

『ボクに任せて! レスは魔法を起動させて!』

「ええ、分かったわ」



大いに不安しかない。けれどセイルの言葉通りに私は精霊たちにイメージを送り、まずは高台に邸宅を作り上げる。

三階建てのどこか帝都にあるエーテヴェルン城に似た白亜の建物があっという間に完成した。

ライオットの目がいつにも増して輝いているのが見えた。思わず苦笑がこぼれる。


続いて眼科に広がる街の方へと意識を広げる。

先程と同じようにイメージを送り精霊たちが忠実に再現していく。用水路がまず整備され、次に家が一件一件綺麗に作り上げられていく。



「くぅ……」

『大丈夫? レス。もう少し待ってね、いけそう』



思ったより魔力の消費が激しい。まだ精霊たちの分を合わせて充分余力はあるが、気をしっかり持たないと魔法を維持できない。ここまで大量の精霊と連携したのは初めてなのだ。気を抜くと魔法は解除され全てが水の泡なる。

私の肩に止まったままのセイルが心配そうに覗き込む。大丈夫だというように頷きだけ返し、精霊たちとの連携に全意識を集中させる。


──と、不意に体が楽になった。魔力の消費が減り、連携もとりやすくなった。

効率も上がり、先程とは倍の速度で街が復元されていく。

軽く驚いているうちに大通りしかなかった街はかつての姿を取り戻していた。



『やったよ、レス! グウェンダルクを叩き起こした!』

「これがグウェンダルクの力……? 圧倒的すぎるわ……」



魔法を解除し、精霊たちとの連携をといた途端、力が抜けて私は思わずその場に尻もちを着いてしまった。

ライオットが慌てて駆け寄ってくるが、大丈夫だと手を振って立ち上がった。

思わず自分の体を見下ろし、呆然とした。


高位精霊というのは伊達ではないのだと思い知らされた。

他の精霊より格が違う。違いすぎる。

まだ他の精霊と連携をといたあともグウェンダルクとのつながりは残っていた。

私はいきなり起こしてしまったことへの謝罪と魔法に手を貸してくれたことへのお礼を言おうとして口を開いた。


その時。



『──オマエカ、我ノ眠リヲ妨ゲタノハ』



深く低い声が、辺りに響き渡った。地獄の底から響くような深い怒りの声。

私は突然のことに反応出来ず、ただ固まった。

その間にも不気味な声は反響を続ける。



『オマエノセイデ、折角我ガ押シ留メテイタモノヲ』


『ドウシテクレル』


『モウ止マラナイ』


『穢レガ広ガリハジメタ』


『モウ持タヌ──!!』



──パァン!


その声とともに見えない力に体が弾き飛ばされた。咄嗟に受身をとって直撃を避けるも私は自分の身体に違和感を感じた。

「何かが」自分の体の中に入ってくる感触。そんななんとも言えない得体の知れない不安に襲われ始めた。



「い、いや……」


自分で自分の体を抱きしめるも、不快感が消えない。ただ予感があった。私の身体に入り込んだ「何か」は私を狙っている、と。

ソレは私とグウェンダルクが辛うじて繋がっている部分から私の残りの魔力を奪い始めた。



「いやぁ!」



抵抗しようとするも、魔力を奪われているせいで身体に力が入らず動くことができない。

地面に倒れ、身動きができない私を周りの兵たちが呆然とした様子で見つめている。

彼らは私の異変を把握しきれていないのだ。



「くそっ、なんだよこいつ! レスティーゼ様!!」



唯一事態を理解しているらしいライオットが私に向かって手を差し伸べ、そこから発せられた光が私の体を包み込んだ。

途端に少しだけ魔力を奪われる速度が落ちた。察するにライオットは私を結界の類で包み込み魔力の流出を止めようとしたのだろう。


魔力保持者の魔力の根源は生命力。私のように潜在的な魔力が高いものはそれが余計に顕著に現れる。その生命力の源である魔力が奪われるということは生命の危険に晒されていることと同義。

一刻も早くどうにかしなければ。そう思うのに体が動かない。


魔力を失いすぎたのか、目眩が激しくなり、視界も霞んできた。

このままでは不味い。それだけは分かるのに。体がどうしても動かない。

ああ、こんな時なのに。私はこんなことを考えてしまうなんて。

いや、こんな時だからこそ、だろうか。


会いたい。


ただそれだけが私の思いだった。



『レス!』

『おねえちゃん!』



薄れる視界の中でセイルの隣に五歳ほどの少女の姿をした精霊──ジャスリートがいるのが見えた。

あれ……ジャスリートがいるということは。



「レスティーゼ殿下……!」

「……!」



こんな時なのに。私は自分の心臓が高鳴るのを感じた。待ち望んだあの声が聞こえる。

こんな時にただ会いたいと願った人。あの日、私を絶対に一人にしないと……私を守ると誓ってくれた人。

来てくれた。やっぱり、来てくれた。



「レイヴン様……」

「遅くなって申し訳ありません、殿下。ただいま参りました」

「ふふ……」



──遅いわよ、将軍。



その言葉を吐息とともに呟き、私の意識は闇に沈んだ。

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