とある王女の追憶
「……ん」
闇に呑まれた意識を取り戻すと、私は不思議な空間に降り立っていた。
無限の彼方に広がるという海のような、果ての見えない地平線のような場所にただ一人、私はぽつんと佇んでいる。
辺りを見渡せば周りは全て白一色で覆われ、この世に一人だけ取り残されてしまったような感覚に陥ってしまいそう。
しかしどうしてかこの不思議な空間はとても居心地がよく、懐かしさと安心感をもたらしてくれた。
見渡す限りどこまでも白く、純白と言えるこの空間はどこか
そうしてこの不思議な空間を見回っていると、不意に声が聞こえてきた。
『……ラ! ……エレ──ラ!!』
声は途切れ途切れで上手く聞こえない。
微かに聞こえるその声音は低く、辛うじてそれが男性のものだと分かる。
中途半端にしか聞こえてこないその声。けれど私はそれが何故か自分のことを呼んでいるような気がした。
そんな気がしてならなかった。
「ここよ! ここに居るわ!!」
だからその予感の通りに私は返事をした。
そして声のする方向へ向かって歩き始める。
戻らなければならない、そんな気がしたのだ。
この全体が白一色で覆われた空間には何も無く、目印となるものも、指標となるべきものもない。
自分を呼ぶあの声が、唯一の指針。
けれど私の歩みに迷いはなかった。自然とどう進むべきか分かったのだ。
『エ──ラ! エレ──……!!』
絶え間なく聞こえてくる声。何度も聞いているうちにその声音はこちらを心配している様子が伝わってくる。まるで必死に私を探しているような……。いや、これは間違いなく
そう気づいた途端、私は駆け出した。
声の主が誰か分かったのだ。早く会いたい。その一心でひたすら足を動かす。
身にまとっている白いドレスは無駄にスカートがヒラヒラ靡いて走りにくい。
けれど悪い気はしなかった。
なぜならこれは、あの人がくれたものだから。
私の一番信頼できる人。一番愛しているひと。狭かった私の世界を、広げてくれた人。
早く。早く!
はやる心とは裏腹に走り慣れていない足は思う通りに動いてはくれない。
私はそれが歯がゆくなった。『あの人』のようにスラリとした手足があれば、馬のように早く駈けることができただろうに。
あの人が来るまでろくな食生活を送れなかった私の体は今では随分成長したように思うけれど、それでも同年代の女性に比べれば一際華奢だった。
もっと大きくなりたい。あの人に相応しい女性になりたい。そんな思いにかられながら、それでも必死に走って、そしてついに──。
「エレスメイラ!!」
私は白い空間から抜け出し、『あの人』の元へ飛び込んだ。
私を見つけた途端、パッと顔を輝かせてエメラルドの瞳を潤ませながら両手を広げた『彼』に遠慮も容赦もなく飛びつく。
愛しいその人が絶対に私を落としたりはしないと、わかっているからこその行動だった。
その通りに彼はしっかりと私を抱きとめ、その勢いを利用して私を横抱きに抱える。
「探しましたよ……もう。心配させないでください」
彼はこちらを覗き込むと優しく私を下ろし、その手を私の頬に添えた。
そのどこまでも優しい手つきがくすぐったくてにこりと微笑むと、反対の手で肩にかかっていた私の髪を一房持ち上げる。
陽の光を受けて、私の
彼は片足立ちになりながら私の髪の毛を自分の口元へ持っていくと、優しく口付けした。
その瞬間私の体を光が覆い、一生懸命走ってきたことで疲労困憊だった私の体が一瞬で回復する。
彼が魔術を使ったのだ。
「本当に貴女はお転婆な姫君だ。ご無事で良かった。あれだけ一人で『精霊界』へ行っては駄目だと申し上げましたのに……」
「だって、セーレが連れてってくれるって言ったんだもの! そしたら途中ではぐれちゃったのよ。仕方ないでしょ?」
「全く貴女という人は……」
「文句ならセーレに言って頂戴。私は悪くないもの!」
眉を下げて困った表情をする彼を見上げぷくっと頬を膨らませる。
我ながら子どもっぽいとは思う。彼の前だとどうしてもそうなってしまうのだ。これもまた仕方がない。
彼はそんな私の様子に苦笑すると私に向かって手を差し出してくる。
頬をふくらませていた私はその手に気づくと、途端に嬉しくなって上機嫌になり、笑顔でその手に自分の手を重ねた。
「さあ、王宮に戻りましょうか。エレスメイラ殿下」
「そうね、ラキウス」
こうして私とラキウスは手を繋ぐと、仲良く寄り添いながら王宮の方へと歩き始めた。
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