23 婚約者は力を示す

家を建てると宣言すると、ライオットは目を丸くした。続いて訝しげにこちらを見つめてくる。そのなんとも言えない視線は、決して口に出してはいないけれど「何言ってんだこいつ?」と思っているに違いない。


ライオットの反応は当然のことで普通に考えれば私の発言はおかしなことだらけだ。家を建てる皇族など前代未聞だし、ましてや私は一見すれば15歳の小娘である。この細腕で家など建てられるはずがない。


ただ私は普通の小娘・・ではないので残念ながら可能だ。私には膨大な魔力がある。それをもってすれば家を建てることなど造作もない。

まだ要領を得ないといった感じでこちらを戸惑ったように見つめてくるライオット。


ええと。こういう時にこそ使える便利なことわざをメルランシアお姉さまから教わった気がする。

あれはなんというのだっけ……ああ、そうだ。

ポンと両手を叩いて私は立ち上がった。



「『百聞は一見にしかず』よ。取り敢えずは支度して朝食をいただこうかしら」

「はぁ……」



ニコリとライオットに微笑みかけて、私は服を着替えるために侍女を呼び出した。











支度をして朝食も済ませたあと、私はそのまま出かけることにした。

旧ウォルフロム領の地図を片手に街をうろつく。傍に居るのは護衛兼従者のライオットのみ。

尚外出に関しては事前に公爵から許可を貰っている。些か不用心かもしれないが、これから行うことを考えれば身軽に動ける方が楽である。

周りには公爵の部隊と帝国軍で守備を固めてあるのでそうそう危険にさらされることはあるまい。



「ここら辺なら問題なさそうね。大通りがあったのはここか……それでここをこうして……」



私は旧ウォルフロム領の地図と現地を交互に見比べてうんうん唸る。

そうしてしばらく地図とにらめっこする。



「よし、把握したわ!」



そのまま大きく頷くと地図から目を離す。

地図から大体の道筋と、ここら辺の地形は把握した。あとは精霊に手伝ってもらいながら復元するだけだ。


私は周辺をキョロキョロと見渡す。視界には未だ復旧の目処がたっていない建物の瓦礫や荒地が広がっている。周りには誰もいない。予め人避けをするように言っておいたからだ。

うん、完璧だ。



これで心置き無く魔術を使うことができる。

久々に大規模な魔術を行使出来そうで私はウキウキしていた。

これから行うのは言い換えれば大規模な突貫工事みたいなものだ。


ここ一帯は旧ウォルフロム領において街の大通りがある場所だった。新鮮な野菜や肉を置いた市場が並び、様々な行商人が行き交い、たいそう賑わっていた場所だという。

メルランシアお姉さまの言葉を借りると『めいんすとりーと』と言ったところか。


かねてより私がここに来るにあたって皇帝であるお父様に頼まれていたことがある。そのひとつが道路の復旧である。ここはひとつの流通の要所であり、道筋が耐えてしまうと全ての物流が滞ってしまう。

それにここは一番人が集まる場所なので早急に復旧が望まれる。さらに持ち込んだ資材を運ぶにしてもこの道を使うと何かと都合がいいのだ。


そのため私はまずこの大通りを復元・・しつつ、ライオットに分かりやすく力を示そうとしているのだ。



「さぁやりますか」



ドレスでは動きにくいため、セイルに借りた従者の服に身を包んだ私は腕をまくると地面に両手を向ける。



『地の精霊たちよ、私の声が聞こえたならば力を貸して』



大地に魔力を送り、地に連なる力を司る精霊たちたちにそっと語りかける。



『あー姫様だー』

『何か御用?』

『愛し子さま!』



私の呼びかけが聞こえたのか、わらわらと周りに精霊たちが群がってくる。

さらに広範囲に魔力を送り呼びかけると、中位~高位と思われる精霊たちが集まってくれた。

私の周りは精霊が放つ光で埋めつくされ、隣にいたライオットが眩しそうに目を細めた。


これだけいれば大丈夫だろうと私は大地に向かってかざしていた手を上げた。魔力の放出も止める。

ここら辺一帯を加護しているはずの地の最高位精霊であるグウェンダルクが私の呼びかけに応えなかったのが気にかかったが、精霊は気まぐれな生き物だ。

気が向かなかったのだろうと考え直し、次の行動にうつる。



「ここに大きな道があったのは覚えてる? その道をもう一度作り直したいのだけど協力してくれない?」



集まってくれた精霊たちに呼びかけると口々に皆『いいよ!』と応えてくれる。



『道を復元するすればいーの?』

『土を盛るんだね!』

『もりもり! 得意!』

『もりもりしてかためるの!』

『それで道かんせー!』



「私がイメージした通りに再現してくれると嬉しいわ」



『任せて!』

『いめーじどおり!』



「お願いね」



周りを囲んで飛び回る精霊たちにお願いすると私は目を閉じる。

精霊たちが発する魔力にリンクするように自分の魔力を飛ばし、頭の中に舗装された大きな道を思い浮かべる。


馬車が通りやすいように土を盛り、石畳を敷く。

その一連の行程をイメージして精霊たちに伝えると、忠実な精霊たちは直ちに実行する。



「うわ! 道ができてる!?」



ライオットの驚きに溢れた声に私は閉じていた目を開いた。

土が勝手に整い、盛り上がっていく。どこかから現れた砂利が敷かれ、更には平坦になるように加工された石が持ち上がり、並べられていく。

私も精霊たちに合わせるように魔力を注いでいく。



そのまま暫く魔力を解放していると、あっという間に瓦礫にまみれた荒地に、立派な道路が出来上がっていた。

皇都で見かける道と遜色のない出来。満足のいくものができた。


出来たてほやほやの道の上にたち、つかつかと歩いてみる。

精霊たちと合作で作った道はしっかりしていて馬車が通っても問題ないほどに固められている。

これならば問題ない。思ったよりだいぶ魔力を消費したが、それだけの甲斐がある。



「みんなありがとう! おかげで立派な道が出来たわ!」



手伝ってくれた精霊たちに話しかけると『どういたしまして!』と嬉しそうに飛び回った。



「お返しはお菓子でいいかしら。いっぱい作って持っていくから待っていてね」



精霊たちの力を借りるのはひとつの契約。契約には対価がつきものだ。精霊たちは善意で力を貸してくれるが、きちんとお礼をするのも大事。

精霊たちは基本お菓子などを好む。お礼には基本魔力やお菓子などをあげるのが一般的である。



『お菓子! 楽しみ!』

『まってるね!』

『またなにかあったら呼んでね!』



約束を交わし、精霊たちはまた元いた場所へと去っていく。

にこやかに手を振り、精霊たちを見送る私をライオットが唖然として見つめ、




「これが白雪姫……チートやべぇパネェ……これが第二皇女が言ってたことか……俺らの比じゃねぇよ……転生ファンタジーパネェ」



そんなことを一人ブツブツと呟いていた事は、私の耳には届いていなかった。

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