17 月下の庭で第七皇女は何を想う

クレアマリーお姉様の質問攻めが終わったのはもうそろそろ支度をしなければ夜会に間に合わなくなる、という頃合だった。

しかも、さりげなくメルザが提言してくれたことでようやく開放された。

クレアマリーお姉様は満足したようなほくほく顔で自室へと帰って行ったが、私は逆にげっそりしていた。

今頃は机に向かって紙に文字を書きなぐっていることだろう。



「ああああ!! 妄想が湧いて止まらないわ!! ネタが、ネタが降ってきたのおおおお!!」



と叫びながら帰っていったもの。

あの調子では夜会にも参加しないつもりだろう。

まあ、祭典も欠席していたので問題ないだろうが。



「クレアマリーお姉様の真剣マジモードの猛攻はすごいわね……一気に体力を持っていかれた気がするわ……」

「お疲れ様です、レスティーゼ殿下」

「本当に疲れたわ……」



メルザが気遣うように私を見るが、大丈夫だと言う余裕がない。

ぐったりしながらソファに腰掛けるが、そうも言っていられない。

支度を始めなければ夜会に間に合わなくなってしまう。

すっかり冷めてしまったハーブティーを全て飲みきると、勢いをつけて立ち上がる。



「さて、準備を始めましょうか。メルザ、よろしく頼むわね」

「はい、お任せ下さい」



頼もしく頷く侍女に、私は笑みを向けた。









大広間は、昼間の祭典の厳かな雰囲気とはまた違う様相を醸し出していた。

魔具の灯があちこちに灯り、煌びやかに大広間全体を照らしだす。

そこに映えるのは婦人や令嬢達が纏う色鮮やかなドレス。

城の料理人が腕によりをかけた料理に舌鼓を打ち、執事からワインを受け取って世間話をしながら杯を交わす貴族たち。


大広間の真ん中はダンススペースになっており、この日のために呼び寄せた帝国でも有名な楽団が様々な音楽を奏でる。

意中の女性をダンスに誘う男性や、憧れの人にダンスに誘われないかと浮き足立っている令嬢。


和やかな雰囲気で賑わう人々を尻目に、私は一人壁の花を決め込んで執事から渡されたワインをちびちび飲んでいた。

若干仏頂面になっているのはメルザによって締め上げられたコルセットが痛くて仕方ないからである。

我慢するしかないが、笑顔であらん限りの力を込めて私の腰を締め上げたメルザはなかなかいい性格をしていると思う。

思わず涙目で睨んだ私をにこやかな笑顔であしらっていたもの。それはさておき。


私が壁の花を決め込んでいる理由はダンスをする気分になれないからだ。

お決まりの挨拶や最低限ダンスを踊るべき人物とはもう踊った。

あとは自由に過ごすとお父様に告げてきたところ



「ああ、構わんぞ」



と、お父様はこちらに見向きもせずに手を振って宣った。

ちなみに私そっちのけで見ていたのはお母様。

相変わらずのラブラブぶりである。両親の仲が良いのはいいが、これでいいのかと思わずにはいられない。


そんなわけでダンスに誘ってくる男性陣を適当にいなしつつ、仏頂面で壁の花になっているわけだが。



「イーゼルベルト公爵……遅いわね」



祭典の終わり際に「夜会はエスコートさせていただきますね」と甘やかな笑顔で告げたくせに、あの黒髪将軍は未だにその姿を見せていなかった。


(何よ、あんな笑顔で言ったくせに結局来ないんじゃない……)


向けられた笑顔にドキドキしながら頷いてしまった自分が馬鹿らしく思えてきた。

恋する姫君みたいに何を期待していたのだろう。それを夢見たことで元婚約者モース裏切られたのはつい最近のことではないか。自分のことながら情けない。



「『父上に今回の事を報告してくるので一旦屋敷に戻る』と仰られていたけど……」



ミッドヴェルン領での警備を任されたのでイーゼルベルト領の運営を引き継いでもらうために話し合う……とも言っていたので長引いているのかもしれない。

今後には必要なことだ。家督を譲ったとはいえイーゼルベルト前公爵はまだまだ現役でも活躍できる。妥当な判断ではある。……あるのだけれど。


(モヤモヤする……)


釈然としない自身の胸の内に複雑になりつつ、目線を下に落とす。


メルザが着せてくれたのは鮮やかなブルーのドレス。

襟元が大きく開いており、首元の大粒の真珠のネックレスをよく引き立てている。

コルセットで絞り上げられた細い腰が目立つようにデザインされたプリンセスラインのスカートはスリットの間からたっぷりとレースがあしらわれ、優雅で可愛らしい。

銀のティアラを冠した白い髪は編み込みにされ、項に少し後れ毛を残している。



「公爵様が見たらきっとイチコロですわね」



とメルザは楽しげに笑って見送ってくれたが、肝心の公爵がいないのでは意味が無い。



「公爵の、嘘つき……」



エスコートしてくれると、言ったのに。

子どものようにぶすくれながらワインを飲み干し、控えていた執事に空になったグラスを渡す。

このままいても仕方がない。テラスに出て気分転換しよう。

そっと魔術で気配を消して、私は大広間を出ていった。








「んー、外の風は気持ちいいわね!」



心地よい風が頬を撫で、白い髪を揺らす。

髪型が崩れないように軽く手で抑えながら、テラスから庭園を見下ろす。

月夜の庭園は静かで、ほかの光源は薔薇を照らすために等間隔で置かれた魔具のみ。

月夜の柔らかな光を浴びながら、ふと思い立って私はテラスから飛び降りる。

風魔術で怪我することなく庭園に降り立った私はとある場所を目指して歩き出す。


道なりに進んで、不自然に途切れた生垣からその中へ。

そのまましばらく歩くと、月で白く照らされた東屋が見えてきた。四方は薔薇に囲まれて、人の視線が気にならなくなる。私のお気に入りの場所だ。


人が3人ほど座れば埋まってしまうような小さなベンチに腰掛け、ため息をこぼす。



「……また一人、ね」



今日はモースを断罪したよき日だ。

本当ならその達成感で満たされているはずなのに、何故私はあの誕生パーティの日と同じく、一人でいるのだろう。



「思えばいつも私は一人だったなぁ……」



「レスティーゼ」でも。「エレスメイラ」でも。

肝心な時に、私はいつも一人だ。

遠き日の記憶を思い出し、憂鬱になる。


エレスメイラはブランテ王国の王族だったが、その地位は低かった。

王位を継ぐことになるまで父はエレスメイラに見向きもしなかった。エレスメイラは側妃の子だったのだ。

王--父親は正妃との間に息子を設けていたが、王になるために必要な『精霊を使役する力』は側妃の子どもであるエレスメイラの方が強かった。

正妃はエレスメイラの存在を疎み、王宮から遠く離れてろくに手入れもされていなかった離宮に側妃とエレスメイラを追いやった。

病弱な側妃は劣悪な離宮の環境に耐えきれず数年と経たずに他界した。


そこから正妃の攻撃対象がエレスメイラへと移行するのにそう時間はかからなかった。

正妃の攻撃に耐えながら、離宮でひっそりと暮らしていたエレスメイラにはじめて優しく声をかけてくれたのは、金髪にエメラルドの瞳をした青年だった。

ラキウス・ベルトナット。後に宰相となり、エレスメイラの婚約者となった彼も最後にはエレスメイラを裏切り、死に追いやった。


エレスメイラの記憶を受け継いだ私はあの時の悲しみと憎しみを未だに覚えている。

だから次こそは幸せな人生を掴もうと、皇女として研鑽に励んだ。モースと婚約した時は、これで幸せになれると嬉しかった。

それなのに。



「また、私は一人になった」



エレスメイラと同じ15歳の誕生日に裏切られ。

今ここにこうして一人でいる。



「なんで……」



なんで、幸せを夢見ただけなのにこうなるのか。

何故、次こそはと思ったのにこうなるのか。

勿論モースを断罪したことに後悔はない。裏切ったのはあっちが先なのだから当然の報いだと思う。

けれど。

私は確かに、モースを好きだった時があったのだ。

だから、余計に悲しい。

エレスメイラもそうだった。好きだった宰相に裏切られた。そうして悲しみと憎しみの中で死んでいった。

好きだった人に裏切られるのは悲しい。一人になるのは、悲しい。



「一人は……嫌だよ……」



--ぽと。

一粒の涙が頬をつたい落ちて、青いドレスに染みを作る。

そこで私は自分が泣いていることに気づいた。

気づいた途端、堰を切ったように涙が溢れて止まらなくなる。



「……あ、」



どうしようもなく悲しくなって、涙が零れる。

化粧が崩れると、公爵が来るまでは泣いては行けないと、思うのに。

そう思えば思うほど涙は溢れて。



「ふ、あ……あああ……!!」



ついにはしゃくりあげながら泣き出してしまった。

一人は嫌だ。悲しい。寂しい。

なんで公爵は来てくれないの。なんで一人にするの。

なんで。なんで。



ただひたすら悲しくて悲しくて。

化粧が落ちるのも構わずただ涙を流した。

公爵のバカ。なんで来てくれないの。早く来て。一人にしないで。



「一人は、やだぁ……」



呟きながら、しゃくり上げると。

突如、薔薇の茂みから人影が現れる。



「……殿下?」



困惑に眉根を寄せて現れたのは、黒髪に夜闇でも光を失わない黄金の瞳を持った青年だった。


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