追憶 --狭間にて

第七皇女が父親と将軍の企みに見事にひっかかり歯噛みしていた頃。




ヘルゼンブール帝国皇都ベルテンより遠く離れたとある地にて。


ソレは水底で静かに微睡んでいた。

世の喧騒からも、世界の有り様からも外れた存在。

泡沫のように戯れに現れては消えゆくモノ。しかし現実としてそこに在るモノ。

人々の言い伝えでは必ず災厄と邪悪の象徴として扱われるソレは未だ癒えぬ傷を癒すため、聖なる泉の底に身を潜めていた。


穢れを癒す聖なる力を秘めているはずの泉は、その透明度を失い今は黒く濁り、混沌の渦と化している。

原因は水底に潜むもののせいである。

ヘドロにまみれた水底にただ静かにたゆたうソレは微睡みの思考に耽ける中、歓喜に打ち震えていた。



『--見ツケタ、ヨウヤク』


『--精霊ニ愛サレシモノ』


『--カノ王女ノ、生マレ変ワリ』



赤い髪の魔女に授けたおのれの分身の一体、黒蛇が死ぬ前に最後に伝えてきた情報。

黒蛇の視界を介して流れてきた映像に、一人の少女の姿があった。


白い髪に、鋭く凛とした眼差しの銀の瞳。

まだ未熟といえる肢体に、端正な顔立ちをした少女。

皇帝らしき人物に、ヘルゼンブール帝国の第七皇女と呼ばれていた。

まだ年端もいかぬようだが、膨大な魔力と、強力な精霊がついているのが映像からでも分かった。


分身とはいえそれなりに力を持つ黒蛇を一瞬で消してみせたことも納得できる力だ。そしてこの懐かしい気配。

かつてソレが手に入れようとして、しかし手にすることはできずむしろ返り討ちにあって、ここで未だに癒えぬ傷を癒すはめになった原因。


こうなっても尚、手にしたくて仕方がない存在。

一度は失い諦めかけたが、転生していたのか。ソレに取ってはこれほど喜ばしい情報は無い。

命をとしてまでこの情報を伝えてくれた分身に感謝しつつ、ソレはまた微睡み、思考にふける。


赤い髪の魔女はもう使えない。しかし、手はいくらでもある。

人間は相応に卑しくて愚かな生き物だ。清く生きようと努める者がいればその分、高みを求めてなんの努力もせずに結果を求めようとする愚か者もいる。

付け入る隙はいくらでもあるのだ。


だから、今はまだ。

せめてまともに動けるようになるまでこのままでいよう。

そう結論付けると、ソレは本格的に眠るために思考を止めた。



『--精霊ノ主ニ、愛サレシ娘。今度コソ、必ズ』




--手に入れる。


そう決意しながら、常闇の底にソレは意識を沈めた。

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