16 第七皇女は問い詰められる
お父様と将軍の協力プレイにより私のミッドヴェルン行きが決定したあと、いくつかの挨拶が続き祭典は恙無く終了した。
色々あったもののそのあとの進行ぶりから、お父様は予め祭典で何かを仕掛ける予定があったのだと思われる。
気になって宰相に確認してみれば、やはりお父様は今回の祭典でクロムウェル親子の罪を暴き、公爵家を取り潰しにするつもりだったらしい。
将軍が密かにモースの動きを見張っていて、その過程で私がモースの浮気現場を目撃し、仕返しを企んでいたということもバレていたらしい。
全ては予定調和だったのだ。
そしてメルヴィス・ジンジャーの自白によりその他の関係者が芋づる式に暴かれ、捕えられたそうだ。
今回の祭典に何人かの有力貴族が出席していなかった理由は恐らくこれであろう。
この祭典を開催する裏で、帝国に仇なす者を隠密に処理する。さすがの手腕である。
その一方でモース親子とメルヴィス・ジンジャーをわざわざ公で断罪した理由は、帝国に忠誠を示さない者がどのような末路を辿るのか、という見せしめの意味合いが強い。
クロムウェル公爵家は帝国においても影響力のある有数の大貴族であった。それを断罪することで生じる軋轢を抑えるために敢えてああいう手段を取ったのだ。
ヘルゼンブール帝国は各地にあった小国を統一して出来上がった国家。それだけに一筋縄ではいかないし、裏で様々な繋がりもある。
綺麗事だけで国が成り立たないのはいつの時代も同じこと。お父様はアレで中々の策士なのだと改めて思い知らされた。
何はともあれ無事に祭典は終わったのだ。これ以上は考えても詮無きこと。私の目的は達成したのだ。喜ぶべきであろう。
自室へ戻ると私はため息をついた。
この後時間をおいて、夜は皇帝主催の夜会が開かれる。
場所は先ほどと同じ大広間。今、城の使用人たちは準備に追われているはずだ。
私も皇女として出席しなければならないが、まだ時間はある。
侍女に手伝ってもらいながらドレスを脱ぎ、普段着にしている白のレースの透かしが可愛らしいお気に入りのドレスに着替える。
頭につけていたティアラを外し、私的な友人を招く時に使う応接間のソファに腰を下ろす。
「レスティーゼ殿下。ハーブティーをご用意致しました」
「ありがとうメルザ」
茶色い髪を結い上げ、口元に柔らかな笑みを浮かべた侍女のメルザが淹れてくれた紅茶のカップを手に取り、口元に寄せる。
ほんのりと安らぐハーブの香りに思わず顔がほころぶ。
大好きなラベンダーの香り。口に含めばほんのりと爽やかな味わいが漂い心を落ち着かせてくれる。
「相変わらずメルザの淹れてくれるハーブティーは美味しいわ。心が安らぐもの」
声をかければ、メルザはエメラルドの瞳を細めて微笑んだ。
「最近何やら忙しくされておられたのでお疲れかと思いまして。リラックス効果のあるラベンダーのハーブティーをご用意させて頂きました」
確かにここ最近はモースを断罪するために証拠集めに奔走していた。
人手が欲しくてメルザにも協力してもらった。
どうやら疲れている私の様子に気づいて気を利かせてくれたらしい。
メルザは私より三歳年上だが細やかな気遣いに長けた信頼できる侍女だ。
ミッドヴェルン行きが決まった今、彼女がついてきてくれればこれほど心強いことはないのだが。
メルザも年齢的には結婚していてもおかしくない歳だし、これ以上彼女を侍女として縛っておくのは悪い気もする。
彼女の幸せを考えたら一緒についてきて欲しいとは言いづらい。
どうしたものかしら。頬に手を当ててうーん、と考え込んでいると。
「……ん?何かしら」
「何やら騒がしいですね」
ドタバタと部屋の外から騒がしい物音が聞こえる。
ここは皇城でも皇族が住む場所。
警戒のために人の出入りも制限されているし、こんな騒音は滅多に起きないのだが。
不思議に思う間も騒音はどんどん近くなり、私の部屋の前でピタリと止んだ。
一拍を置いて、部屋の扉をドンドンとノックされる。
「レス!レス!!ちょっと開けて!!」
「あら?この声は」
「クレアマリー殿下ですね。お開けしますか?」
「ええ、お願い」
祭典を唯一欠席していた第六皇女、クレアマリーお姉様が訪ねてきたらしい。
メルザに頼んで扉を開けてもらうと、クレアマリーお姉様が大股で部屋に入ってきた。
そのままスタスタと私の前までくると、ソファに座ったままだった私の両肩をがっしりと掴む。
いきなり訪ねてきてどうしたのかと困惑していると、クレアマリーお姉様は私の両肩を掴んだままぶんぶんと揺さぶってくる。
「ちょっとちょっと!私が少し風邪っぽくて寝込んでる間に随分と面白いことがあったそうじゃない!?あなたあの黒狼将軍に求婚されたんだって!?詳しく教えて頂戴!ああ、こんなことになるなら祭典休むんじゃなかったわ。小説の題材になりそうなのにぃ!!」
一気に捲し立てて告げるクレアマリーお姉様。
ぶんぶん前後に揺さぶられながら、私は驚いた。
祭典が終わったのはつい先程のことなのに、何故もう求婚の件が広まっているのか。そしてなぜ私室で寝ていたはずのお姉様がその事を知っているのか。
疑問は尽きないが、まずは興奮状態のお姉様に落ち着いて貰わなければ。
そろそろ揺さぶられすぎて頭が痛くなってきた。
「クレアマリー殿下。そろそろレスティーゼ殿下を離して差し上げてください」
「あら、ごめんなさい。私としたことが興奮してしまったわ」
メルザの言葉にクレアマリーお姉様はようやく私の両肩を解放した。
ありがとうメルザ。本当にあなたは頼りになるわ。
私は心の中でメルザに感謝すると、クレアマリーお姉様に情報の入手源を探るために問いかける。
「お姉様はなぜその事を知っておられるのですか?祭典が終わったのは先程のことですよ?」
「メルお姉様が教えてくださったのよ、ネタが思いつかなくてスランプ中の私にいい題材があるって!」
「……なるほど」
さすがはメルランシアお姉様。面白いことが大好きなあのお姉様のことだ。これ幸いにとネタを持ち込んだのだろう。
あのイタズラ好きは確実にお父様の血を受け継いでいる。
半ば頭を抱えながら、クレアマリーお姉様を見つめる。
真っ直ぐな銀の髪を三つ編みに結い、黒縁のメガネをかけた一見清純そうな雰囲気の第六皇女、クレアマリーお姉様。しかし今は銀青の瞳をランランと輝かせて早く詳しい話しを、と鼻息を荒くさせている。
見た目だけは儚そうな深窓の令嬢、と言った様子の第六皇女はその実見た目とはかけ離れた性質を持っていた。
メルランシアお姉様の言葉を借りるとクレアマリーお姉様のような人のことを「おたく」と言うらしい。
その昔、クレアマリーお姉様は世に伝えられる通り病弱で儚げな見た目の深窓の令嬢だった。
それがある時、寝たきりではつまらないだろうとメルランシアお姉様がひとつの本をプレゼントした。
それはとある王国の姫君と騎士の身分違いの恋愛模様を描いた恋愛小説だった。
クレアマリーお姉様は見事にハマり、恋愛小説の虜になった。読むだけでは飽き足らず、自分で物語を作ってしまうほどに。
そしてクレアマリーお姉様の書いた物語はそれはそれは素晴らしかった。
メルランシアお姉様の助言で新聞の出版社に持ち込んだ所、新聞の一面に連載形式で載せることが決まり、その新聞は飛ぶように売れたという。
その後も次々と連載を決め、ついには単独で小説を出す売れっ子小説家にまでなった。
『リリア・ローズ』という作者名で出された小説は今や貴族の令嬢達にその名を知らぬものはいないほど有名なものになり、愛読書として親しまれている。
未だ病弱で時々伏せることはあるものの、溢れる妄想をネタに小説を書く姿はとても深窓の令嬢と言われていた第六皇女とは思えない。
さらに最近は新たに「騎士同士の恋愛」という題材で「びーえる」なる男同士の恋愛模様を描いた小説を手がけている。
なんでもメルランシアお姉様の前世ではそういう男同士の恋愛小説が一部の女性に人気だったそうだ。
男同士の禁じられた恋、という秘密の関係に虜になる令嬢はそこそこいたようで、着々と支持者を増やしている。
一見清純そうな売れっ子作家の第六皇女。狙った
そして今回の
これは問い詰められるのを覚悟しないといけないわね。
ランランと目を輝かせるクレアマリーお姉様を前に、私は諦めのため息を零した。
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