2.夢

 雑木林の小道を、低く飛んでいく。夏の緑が滴り木漏れ日の散る小道は、人影も音もない。連なる飛び石や乾ききった土のひび割れが背後へ飛び去っていく。

 木々の隙間から、赤レンガ色の屋根が顔を見せた。林を抜けて芝生を横切り、開け放しの玄関扉から屋内へ飛びこむ。吹き抜けのある玄関ホールを旋回する。海景の巨大な写真パネルを横目に、扉を潜る。壁沿いに進み、黒檀の本棚と出窓の前を通り過ぎる。柱時計が二時十二分を指していた。ソファにワイシャツ姿の男が座っている。背中を丸め、額に手をあてている。

 一周して扉に戻る。玄関ホールを横切り、幅広の階段へ進む。アールヌーヴォー調の手すりが階上へ続いている。音階を駆けあがるように速度を上げていく。半分だけ開け放した一番手前のドアに飛びこむ。鏡台の前に女が座っている。鏡に、悪戯いたずらめいた笑みを浮かべた顔が映っている。左手が黒いロングスカートの膝を押さえ、右手は鏡台の上に伸びている。

 鏡台を覗きこむ。女は、奇妙なハート形の木片を手にしている。紙の上に置かれた木片には丸い小さな穴が穿たれ、そこに鉛筆が垂直に立てられている。ブラウスの袖が動き、ハートが紙の上を滑る。震える鉛筆が弱々しい線を描く。カタカナの三文字らしきものを綴り、やがて動きを止める。

 女は驚き、木片を脇へどかす。紙片を手にして立ちあがる。窓から風が吹きこみ、髪とリボンタイが揺れる。突然の風を気にすることもなく、女は部屋をでていく。

 残された視点は動きをとめる。宙を漂いながら室内を見下ろす。東側の窓の外、遠くに松林がある。岩だらけの岬が蒼海へ突きでている。その手前、砂浜に白いワンピースを着た女が立っている。それは白昼の亡霊のように波打ち際を歩き続ける。

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