心臓って破裂するらしい

「……朝か」


 寝ぼけ眼に日光が差し込むと、だんだんと意識が覚醒し始める。顔の横で丸まって寝ているネコ様の寝息が微かに聞こえ、思わず撫でてしまいそうになるが……、直前でやめた。

 ネコ様の目が覚めそうだったとかではなく、ネコ様は元とはいえ、公爵令嬢様なのだ。ただの庶民が気軽に触れて良い存在ではない……いや、普段から触れてはいるが、寝起きの頭を撫でるのは、流石に無礼だろう。

 ネコ様を起こさないようにしながら、ベッドから抜け出すと、朝の支度を済ませていく。ネコ様のご飯は簡単に取り出せるように、いつも低い位置に置いた籠の中に入れてある。こうすれば、ネコ様一人でも食べることはできるだろう。

 上着を肩にかけながら、食料箱を見やる。ネットに包んで、干していたラッキーラビットの肉。干し肉屋に色々聞いたが、予定通りにできれば、明日の夕方には完成するはずだ。

 俺は箱から肉を取り出してベランダに干すと、そのまま部屋を出て、仕事へと向かった。


 俺の仕事は、王城から鳴らされる管楽器の音で始まる。まずは職場の窓口で送られている手紙を確認し、その返事を書き、再びそれを窓口へと預ける。その後、送検されてきた容疑者や証人の虚偽を尋問で確かめ、憲兵に報告した後、その客観的証拠を手に入れるため、憲兵について外回りに向かうのだが、今日は、憲兵についていくことはなかった。


「カイゼル、王城に呼ばれてるぜ」


「……どういうことですか?」


「なんでも、お前のスキルの力が必要だそうだ」


 なんて、先輩に言われて王城へと向かい、要件を番兵に伝えると、荷物チェックをした後、部屋に案内された。

 が、部屋に入って、そこにいる人物を目に入れた瞬間、俺の体は固まった。

 金髪碧眼の、キラキラとした装飾の服を着た青年。多分、16の俺と同じくらいだろうか。見るからに好青年で、かつ、整った身なり。おそらくは、貴族様だろう。

 俺は、ネコ様と暮らし始めてから常時発動していたスキルを咄嗟に切る。貴族様の心のうちなんて覗いて、いいことなんでないだろう……、ネコ様は別だが。

 

「そんなところに固まってないで、こっちにきて座りなよ」


「はっ、はいっ」


 貴族様に対する礼儀なんて知るはずのない俺は、言われるがままに、机を挟んで、対面のソファーに座る。座ってから、地面に座るべきだったのか、とか、そもそも本当に座ってよかったのか、なんて思いはするけれど、もう座ってしまったことは取り消せない。

 そんな俺の動揺を読み取ったのか、貴族様は優しげな声で語りかけてくださる。


「緊張しないでいいよ。君は優秀な人間だと聞いている。僕は、優秀な人間は好きだからね、悪いようにはしない」


「あ、ありがとうございます」


 俺の裏返った声を聞いて、貴族様はニッコリと笑う。面白がられているのだろうか。


「僕は君のことを知っているけれど、君は僕のことを知らないと思うから、まずは自己紹介をしよう。僕の名前はニール・エル・スワイプフルーー長いからニルでいいよ。一応、男爵の位を国王陛下から任せられている。よろしくね」


「わ、私はカイゼルと申します」


「……それだけ?」


 と、ニル様は尋ねてくる。混乱する頭の中では、これ以上の解答を求められても、どうしようもないのだが……。


「……ええと、パル村の生まれです」


 数秒して、ようやくひねり出したのは、俺の出身の村の名前だった。本当はルディのことを思い出すから、村のことはあまり思い出したくはないのだが……、男爵様の前で、そんなエゴは捨てざるを得ない。


「いや、だから……、それだけ?」


 だが、男爵様はこれでもまだ、ご不満の様子。一体何を要求されているのか、さっぱりである。


「…………申し訳ございません、これ以上何をいえば……?」


「僕、君は心の中が読めると聞いたからこうして実際に会いにきたのだけれど?」


「はい、確かに、私はルリア様から『読心』のスキルを授かっておりますが……」


「もしかして、嘘だったりする?」


「そ、そんな、滅相もございませんっ! ルリア様に誓って、そのようなことはっ!」


「だったら……あ、もしかして」


 男爵様は納得したようにぽんっと手を叩き、続ける。


「今、スキル使ってないの?」


「え、ええと……この部屋に来た時から、切っておりますが」


「あー、なるほどね。うん、なるほど」


「……?」


 男爵様はうんうんと頷いたかと思えば、クスクスと口元に手を当てて笑い始めた。

 俺はいつ首をはねられてもおかしくないこの状況で、内心、ビクビクせざるを得ない。その上、このような意味のわからない反応をされると、ただでさえばくばくとなっていた心臓は、破裂しそうなほどに鼓動が早まってしまう。


「いや、笑って済まないね。思っていた以上で、僕は君のことが気に入ったよ。それと、ごめんね。ちょっと試そうと、少しだけ嘘をついた……僕の心、読んでもいいよ」


「え、いや、しかし、それは……」


「いいから。これは命令」


「は、はい……」


 命令とまで言われては、スキルを使わざるを得ない。俺は死ぬ覚悟を持って、スキルを発動させた。すると、聞こえたのは、


(僕の本当の名前は、ニック・ルーン・エル・ド・エニエスタ。この国の第一王子をやっている)


 俺はその場で平伏した。

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