公爵令嬢様はネコ様

 ネコが公爵令嬢様だと発覚してから、1ヶ月ほどがたった。

 公爵令嬢様の名前は、ネトーブリアン・コール・フリュッセリュ様というらしい。今は家を追い出されて、ただのネトーブリアン様だ。引き続きネコでいいと言われたので、そのまま「ネコ様」と呼ばせてもらっている。呪いにかけた魔女とかにバレると嫌なんだそうだ。

 ネコ様と俺は、2週間ほど前から、一緒の部屋で暮らし始めた。最初は雄猫からの避難場所みたいなかんじだったのだが(男性と同じ屋根の下で暮らすなんてはしたないですわ!とか言って最初は嫌がってた)……、いつのまにかずっといるようになっていた。

 一庶民の身としては、元とはいえ、公爵令嬢様のお役に立てないかとは思うのだけれど、かなり強力な呪いのようで、ネコ様自身がすでに諦め気味。俺ができることといえば、風呂場で体を洗って差し上げたり、ご飯を提供するくらいである。風呂に限っていえば、抵抗があるかなと思ったが、常に全裸で歩いているようなものなので、慣れてしまったらしい。すっかりネコ生活に慣れている模様。


「にゃー……(猫の生活も悪くないと思い始めてしまった私(わたくし)がいますわ……堅苦しい執事もメイドもいない、自堕落生活万歳ですわぁ〜……)」


 ベッドでゴロゴロしているネコ様が思った。


「自堕落もいいですけど、太りますよ」


 椅子に座っている俺が言った。


「にぅ……(うー……会話できるのはいいですけれど、全部筒抜けなのが玉に瑕ですわね……)」


「スキル切っておきましょうか?」


「にゃっ(いえ、いいですわ。聞かれて困るようなこともありませんし。むしろ、会話が娯楽になりつつありますもの。最近は暇で仕方ないのですわ)」


「そうですね……たまにはどこか出かけます?」


「にっ!(それは魅力的な提案ですけれど……いつ雄猫に襲われるかと思うと……)」


「俺が守りますよ」


「……(平民……カイゼルは、歯が浮くようなセリフを平気で口にしますわね……、流石の私(わたくし)も、聞いているほうが恥ずかしいですわ)」


「そうですかね?」


 相手が人間ならば、なるほど、確かに格好いいセリフなのかもしれない。だが、相手は雄猫である。そこに命の危険などない……、そう思ったのだが、冷静に考えて、ネコ様は元公爵令嬢様なのだ。

 想像してみよう。ここにいるのは女性……、つまりは、ベットでくつろいでいるのは、全裸の女性。そんな彼女に「守る」と語る俺の姿……、


「……そうですね、めっちゃ恥ずかしいです」


「…………(そこで顔を赤くされると、こっちまでますます恥ずかしいのですけれど)」


 ネコ様は俺から目を背けながら、尻尾をふりふりと左右に揺らす。


「ま、まあ、どのみち買い出しにはいかないといけないので。一緒に行きませんか?」


「にゃ(そ、そうですわね)」


 俺たちは互いに照れを隠すように、市場へと出かけることにした。


 ネコ様には肩掛けカバンの中に入ってもらい、市場をぶらりと周る。食材を買う店は行きつけの場所があるのだが、今回は気分転換も目的であるので、いつもはいかない、少し遠目の市場まで足を運ぶことにした。

 

「どこか行きたい場所とかってあります?」


「にー……にゃっ!(そうですわね……、あ、そうですわ。ラッキーラビットの生肉を買って行きませんこと?)」


「生肉? 干し肉ではなくて?」


「にゃっにゃっ(せっかくなので、ラッキーラビットの占い、やってみたいのですわ。屋敷ではやらせて頂けませんでしたから)」


「あー、なるほど」


 ラッキーラビットの肉占いは、案外、庶民の女性に人気である。きちんと加工すれば、肉の味もなかなか悪くない。自分で干し肉を作れれば、加工済みの肉を買うよりも安く済むので、練習という意味でもいいかもしれない。


「そうですね。面白そうです……ちなみに、何を占うのですか?」


「にゃー(それは作りながら考えますわ)」


 自由だなぁ、なんて思いながら、精肉屋へと向かう。


 やはりというか、知ってはいたのだが、干し肉屋では不人気でも、ラッキーラビットは精肉屋では人気商品らしい。他の肉と比べても、比較的売れていることが、その並べられている肉の量や、店頭で大きく『ラッキーラビットあります』なんて書いてることからも、それがわかる。


「らっしゃいっ!」


 店の中に入れば、店主が大きな声で出迎えてくれる。カバンの中のネコ様がびくりと体を震わせているのがなんとも可愛い。

 流石にここでネコ様に話しかけるわけにはいかないので、あまり構わずに店主のほうへと歩きながら、話し始める。


「こんにちは。ラッキーラビットの肉を……500gくらい欲しいんだけど」


「へいよ! ラッキーラビットの肉500gだと大体1150コルだが……今なら950コルにまけとくぜ?(500gなら相場は1000コルだが、まあ、初めて見る客だしちょっとまけとくか)」


「ありがとう。それでお願いするよ」


 どうやら、店主は客とのつながりを大事にするタイプらしい。ちょっとだけ相場を盛ってはいるが、安くしてくれているあたり、いい店だと思う。

 今度から、生肉はここで買うとするか……、ちょっと遠いけど、あまり気にならないくらいだし。


 交渉成立。俺は内ポケットに忍ばせておいた財布を手に取ると、中から950コルちょうどを抜き取り、そのまま店主へと手渡し、肉を受け取る。

 500gともなればそこそこに重く、手で持つのは流石に持ちにくい。俺は生肉を羊皮紙に包んで(マイ羊皮紙)、ネコ様には腕の中に移ってもらい、肉はそのままカバンにしまうことにした。


「可愛い猫ちゃんだな。お前さんのペットかい?」


「あ、あ、いや、まあ、そんなところ、ですかね?」


 ネコ様が「(誰がペットですのっ!)」とか思いながらペシペシと尻尾で抗議してくるが、まさか本当のことを言うわけにもいかないので、適当に誤魔化す。


「それなら、兵士に持ってかれちわないように気ぃつけるんだな」


「どういうことです?」


「あ? しらねぇのか。なにやら、兵士が白猫を片っ端から集めてるようだぜ。2.3日もすれば返してもらえるらしいがな……一体なにがしたいんだか」


「…………」


 なんだろう、嫌な予感がする。

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