第一王子様からの仕事

「待った、待った。そんなにかしこまらなくていいよ……、王子といっても、まだ、ただの学生なんだ。僕自身は、まだ、あまり国に貢献なんてできてない」


「め、滅相もございませんっ!」


 速攻でスキルを切った俺は、地面に頭を落としながら、視線もあげずに否定する。男爵様、あるいは侯爵様といった貴族様であれば、村の視察や、年行事で街の方に来ることもなくはないと聞いたことがあるし、実際、男爵様は、俺の村にもきたことはある。

 だが、王子様ともなれば、まさに天上人。俺のような庶民は、本来、口を聞くことも、ここまで近づくことも許されない存在である。


 第一王子様はお優しい。

 第一王子様は素晴らしいお方だ。

 第一王子様は既に国政に関わっている。


 第一王子様……ニック様の噂は、俺もよく耳にしている。

 貢献できていない? 謙遜だろう。


「ほら、そんなところに膝をついていては、ろくに話もできやしない。それとも君は、僕の時間を無駄に消費させたいのかい?」


「ッ…………」


 脅しにも近い発言。俺の命は、今現在、第一王子様……、ニック様に握られている。まさか、逆らうことなどできはしない。

 俺は恐る恐る顔を上げると、視界にニコニコと笑顔を浮かべるニック様が映る。さあさあ、と、手ぶりで座るように促され……、震える足を奮わせながら、ソファに腰掛けた。

 とはいえ、深々と座ることなどできはせず、座った心地のしないほどに浅い。もはやエアー椅子だ。


「まあ、緊張するなとは言わないけれど、そう、身を硬くしないで。僕は君をどうこうする気はない……、今日は仕事の話をしにきたんだ」


「仕事ですか……?」


「うん。君の『読心』スキルを役立ててほしいんだ」


「な、なるほど」


 『読心』スキル。かなり珍しいスキルと言われており、俺自身も、他の『読心』スキル持ちには会ったことはない。そのせいで、俺は職場でもかなり酷使されているわけだが、まさか第一王子様であるニック様の耳に声をかけられるとは思ってもみなかった。

 いったいどんな仕事なのかと、内心ビクビクしている。


「仕事の話の前に、君の『読心』スキルについて、いくつか確認しておきたいことはあるけれど、最低限、確認したいことは……、君、どんな人間の心の内ものぞくことはできるのかい?」


「え、ええと……、簡単にいえば、その者が考えている内容を知ることができます。ただ、俺……私の知らない言語などは、聞き取れはしますが、そもそも俺自身が理解できないので……」


「なるほど。君の扱える言語は?」


「恥ずかしながら、王国語(今話している言語)しか……」


「そうか。まあ、そこらへんは後でいいかな」


「へ?」


「いや、こっちの話。それで、今回頼みたい仕事なのだけれど……、猫の心を読んでほしい」


「……猫ですか?」


 もしかして、とは、思わないことはなかった。けれど、彼女は公爵家を、追い出されて、呪いにかけられたと言っていた。

 俺は貴族様のことはよく知らないけれど、公爵家が王族の血筋を持つ一族ということくらいは知っている。その公爵家の人間を追い出すとなれば、王族に話くらいは行ったはずだ……、それを、今になって?

 どういうことだろうか。


「うん。詳しいところは……いや、心の中を読めるんだったね、それなら隠し事をしても仕方ないかな?」


「い、いえ、今はもう、すでにスキルは切っています」


「あ、そうなんだ。それなら、今は知らないでいいかな。とりあえず、君には、王国語を扱う猫を探してほしいんだ」


「…………あ、か、かしこまりましたっ」


 ネコ様のことが真っ先に思い浮かび、一瞬遅れてしまったが、すぐに庶民として当然の返事をする。

 ネコ様を探して、どうするつもりなのか。なぜ今になって……、1ヶ月以上もたって、探し始めたのか。色々と確かめたいことはある。

 だが、相手は第一王子様だ。こちらから質問をするなど、しかも、その御心のうちを探るような真似は、してはならないだろう。


「……ええと、その、猫を見つけて、どうするおつもりで?」


 そう色々と考えるものの、口が、頭が止めるよりも早くに開いてしまったことに、驚いた。それだけ、ネコ様に情が湧いているのだろうかと、自問してみるが、なぜか、答えは湧いてこない。

 ーー猫の姿を取っていても、中身は人間なので、情がわくというのは変な言い方だろうか。


「どうするって……そりゃあ」


 そこで、俺は一瞬だけスキル『読心』を発動させる。ここまできてしまったのだ。今更、スキルで確認するくらいは、誤差の範囲だろう……、知りたいことがわかれば、すぐに切るつもりでもある。


「保護するに決まってるよ」


 その言葉に、嘘はなかった。

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