素晴らしき新たな神話世界

黒月うさぎ

第一章 1 邂逅

 雨が降りしきる中、外套装甲のフードについた端末に触れて視界にホログラムを展開させる。遂行中の任務、合流地点など様々な情報が表示されており、記憶したそれと照会させながらスクロールしていく。

 今回の作戦の開始地点。サギリは、目標が現れるとされる、四方を建物に囲まれた広場に立っていた。時刻は予定より少し早めだが、まだ誰も現れる気配はない。ホログラムの画面を切り替えると、周囲を巡回している警備兵に搭載された全方位カメラの映像に切り替わった。三つ同時に画面を処理するのは簡単ではない。一つ一つを入念に、何度も確認してみる。だが、まだ目標は現れない。

 やはり今回の情報はインバー・ダウンの戦力を知る為のブラフだったのか、と思考を巡らせていると目の前に一つの画面が表示された。


『警告:こちらに急接近する熱源体感知』


 警備兵の居ない路地か。両手に装備したフリッパーの持つ手に力を入れて、サギリは構える。するとそこに出てきたのは――



「あ、あの…!この街の人ですか?道に迷ってしまって…!」



――飛び出してきたのは、全身をレインコートで覆った女性だった。

「!?」

思っていた相手とは全く違う来訪者にサギリは一瞬固まった。だが、ここはすぐにでも戦場となる。罠の可能性はあるものの、サギリは慌てて駆け寄る。

「あ、えと。どちら様ですか?」

「あ、はい!私、モニカって言います!音楽家として、様々な街を渡り歩いて…」

 すっかり安心した笑みを浮かべて、モニカと名乗る女性の自己紹介を、サギリは慌てて静止した。彼女の高度な演技力で、彼女が実は目標だった。…なんてことはほぼないだろう。ともすれば、未だにここが危険なことに変わりはない。

「ごめん、モニカさん。今立て込んでるところで…ッ!」

 今は何としても彼女を遠ざけて、任務に戻らなければ。サギリがそう思った瞬間、全身を悪寒が駆け抜けた。何か来る。



「消えろ」



 抑揚のない、淡々とした言葉がサギリを貫いた瞬間、鋭い刃物が迫る。

 死ねない。そう思ったサギリの身体は、自然と振り返りながらその刃物を自身の武器で弾き返した。失敗、視界に捉えた強襲者の顔が驚きに染まる。

「なっ…!」

 体勢を崩した強襲者は、そのまま後方に跳んで距離を取った。獲物は短剣、ぼろきれの布を纏い、顔が露出する。一撃で仕留められなかった苛立ちが顔に表れていた。こいつこそが、目標であるルサンチマンだろう。

「テメェ…」

「早く逃げて、警備兵に事情を話して保護してもらって」

 自分の後ろで、全く状況を把握しきれずにぼけっとしているモニカに声を掛ける。ハッと我に返ると、只ならぬ雰囲を察したのか、モニカは頷くと慌てて来た道を振り返って走り出した。

「面見られて、オメオメ逃がすかクソがッ!」

 ルサンチマンは持っていた短剣を振り被ると、そのまま空を切り裂いた。その際に刃が赤く発色し、一部が矢じりの様になってモニカへと発射された。聞いていた通り、金属に関して何か力を持っているようだ。サギリも即座に武器を構え直す。外部のシステムとの連携で、瞬時にその飛来物の軌道が計算される。弾き出された結果に基づいた、それ弾き落とせる角度と方向に、刃の外側に飛び出した銃口を向けた。引き金を引くと、上手く二つは互いに弾き合った。モニカにも被害は無さそうだ。

「…ッ」

 失態が二度続き、次第にその表情は悪くなっていく。しかし、頭に血が上れば上るほどミスを起こしやすくなる。サギリは再び武器を構えると、地面を蹴って彼に迫った。ルサンチマンも応えるように地面を蹴って迫る。二人の刃が交わり、火花を散らせた。

「初戦でこれかよ…ッ!」

 激しい鍔迫り合いの中、サギリはこの任務を受けてしまった事を早速後悔していた。



 事の発端は数日前まで遡る。イヴによるスパルタ研修を終えて初任務をどうしようかと相談している最中、このインバー・ダウンのトップであるドリズルがやってきた。

「やぁ、イヴにルーキーくん」

「どうしたの、ドリズル。今、割と忙しいんだけど」

「いや、なぁに。そのルーキーくんに初任務を任せるって小耳に挟んだもので」

 イヴは心底呆れたような、ドン引きした表情でドリズルを見た。

「あ、安心して!今回は盗撮も盗聴もしてないから!」

「…おい」

 ドリズルへの視線が更に厳しくなり、慌てて彼女は本題に切り替えた。いつもの事ながら飽きないな、とサギリは心の中で思った。

「と、とにかく!ルーキーくん向けのいい仕事を持ってきたんだ。報酬もいいし、私も住人もみんなハッピー、だろ?」

 小型端末を取り出すと、ホログラムのコンソールを弄った。すると、イヴと自分の端末が同時に受信音を鳴らした。見てみると、任務の詳細が記された依頼書がそこに表示されていた。

「受けるか受けないかは、説明をしてからでも?」

 真面目モードに入ったドリズルが此方二人に目配せをした。イヴはこちらに任せる、と此方を窺っている。街のトップ直々の依頼だ、ここで信頼を獲得するには滅多にない機会である。ドリズルの方を向き直り、サギリは力強く頷く。それを見たドリズルは満足そうに頷き返した。

「ターゲットは、地上に住み着いているゴロツキの一人。名前は…詳しくはわからんが組織内では“ルサンチマン”と呼ばれているらしい」

「組織?もしかして最近話題になっているグレイヴヤードとかいう連中の?」

「グレイヴヤード?」

「流石イヴ、ご名答!ここ、インバー・ダウンの地上階は放棄された建物などに野生生物が住み着いているのは知っているよね?」

 どこから取り出したのか分からない眼鏡をかけて、ドリズルは得意げに語り始める。イヴはどうでもよさそうに、肩を竦めながらコーヒーのお代わりを淹れにカウンターに行ってしまう。

「えぇ、確か生態系の保護だか、過干渉はしてないことは知ってます。イヴの訓練で増え過ぎた動物の間引きを何度かしたので」

「そうそう!だから地上で警備兵を置いているのは、搬入路や地上居住区の周辺程度にしかないんだ。でも、最近それを逆手にとって地上に住み着いている奴らがいてね…」

「逆手に、ですか?」

「あぁ、警備兵が少なく、ある程度の力を持っている奴らにとってはタダで住処が手に入る最高の天国なのさ。運搬用のトラックが何台か強奪されたって最近よく聞くだろう?」

「そういえばここ何日か増えてますね…」

「まぁとにかく、その住み着いたゴロツキどもがさっき言ってたグレイヴヤードって奴らだ。名乗っているというか、こちら側がそう呼んでいるだけだけど…おぉ、ありがと」

「ありがとう、イヴ」

 珈琲を淹れ終わったイヴが二人分のカップをテーブルに置いて、そのまま隣へと腰掛けた。

「で、そいつらがどうしたんだ?」

 一息ついてコップを置いたイヴが真剣な眼差しでドリズルを見た。

「匿名のタレコミ…なんだけど、今晩そのルサンチマンが運搬トラックの襲撃を行うらしい。それも、一人で」

「一人?流石にそれは幾ら何でも」

「うん、だから多分罠だと思うんだよね」

 真顔でそう告げるドリズルに、隣に座ってたイヴは目頭を押さえながらため息をついた。この人が街のトップでなかったら、とサギリも微妙な表情を浮かべる。

「いやいや、ちょっとだけ聞いて!どうもそいつらの話によると、目標は建物に囲まれた広場で待機してるみたいなの。その広場に通じるのは四つの狭い路地しかなくて、そのうち三つの出口には警備兵も常駐してる。つまり、ハメる予定のルーキーくんを倒すために路地か、人の済んでいる建物からそこに向かわなきゃいけないってこと!」

 送られた資料の中から地図を表示してみると、確かにドリズルの言う事にも一理ある。多少大雑把ではあるが。

「この杜撰な計画に仮に乗るにしても、なんで今彼らを叩くのか、なんで初任務であるサギリを投入したいのかはどう説明する?」

 詳細な内容と地図とを入念に見比べながら、イヴが質問をする。ドリズルは待ってましたと言わんばかりの今日一の笑みを浮かべた。

「今までは彼らもトラック強奪が主な仕事みたいだったんだけど、最近は動物の大量虐殺なんかまでやってるのよね。珍しい生物もいないし、多分彼ら自身の身の安全の為なんだろうけど…余りにも目に余る。放っておいたら、いずれ地上は彼らの楽園になってしまうでしょうね」

「どうりで、最近の動物の間引きの依頼が減ったわけだ」

「そろそろお灸を据えたい…と思っていた所にこれよ。挑戦状みたいでムカつくでしょ」

 ふん、と鼻息を荒くしてドリズルは表情を強張らせた。そしてこちらを見上げると、その表情がころりと解けていく。

「ルーキーくん、イヴのとっておきなんでしょ?そしたらこういうカミ相手の依頼もやっぱりこなしていかなきゃだしね?」

「…それはそうなんだが、そんなに深度が浅いカミなの?」

「えぇ、能力は『金属を変容させる』ものだけど、不安定みたい。普通の人間に毛が生えた程度ね。あ、これはデータベースとガバメントの予測。なら、信頼できるでしょ?」

 イヴが納得した表情を見せると、うんうんと満足そうにドリズルは頷く。

「あとはそこの詳細に載せておいたから。残るはルーキーくん次第だけど…どうかな?」

期待に満ちた視線を向けられて困惑したようにサギリは考え込む。相手は未知数だけど、イヴに比べたらマシだ。

「はい、受けさせて欲しいです」

 サギリは答えた。

「よし、その答えを待ってた!」

 一気に残りの珈琲を飲み終えるとドリズルは立ち上がり、帰り支度を急ぐ。任務まで数日足らず、他にもやっておくべきことがあるのだろう。

「当日の連絡コードなりも全部入れておいたから、あとはそれに従って!成功したら私の権限フル活用でパーティ開くから!じゃあね!」

 嵐の様に言葉を並べて行ったまま、ドリズルは出て行ってしまった。勢いに圧倒されているとイヴもどこか嬉しそうにこちらに向き直った。

「まぁ、内容がどうであれ、この『明けの暁鐘』の新隊員である天霧サギリくん初めての任務だ。しっかりやれよ」

 そういうと、イヴは頭に手を伸ばしてわしゃわしゃと髪の毛を撫でた。労いのつもりなのか、いつもの硬い表情とは違う表情を浮かべるイヴ。

 これまでの訓練の成果、これからの自分の始まりとなる任務に、サギリは強く決意を新たにした。

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