第11話 いざ峠…?
自転車ショップ〈路流風〉から約20㎞地点。
サイクリングロードを経由して、川にかかる橋と大通りの分かれ道を、大通り側に抜け、そのまま国道沿いを真っ直ぐ進んだ途中で、日向と生加奈は信号待ちをしていました。
今日の行き先は東京と神奈の丁度県境にある峠です。生加奈に目的地を聞いた後、何度か行ったことがあるということで、道案内は不要となり、先頭を交代して走る二人。
今日も今日とて一目惚れの愛車を跨ぎ、愛車と同じ色が入ったサイクルウェアを着用する日向。サンサンと照る太陽が黒いアイウェアに向かって元気に伸び、それが反射して視線は見事に隠されています。
恒常のスタイル。安定された防御装備。
若干地味かもしれませんが、日向にとってこれはお気に入りのスタイルでありました。
一方、生加奈はというと、日向とは真反対。黒よりも青の方が面積を持つサイクルウェアに、クリアグラスのアイウェア。日焼け止めクリームを塗っていないのか、肌はほんのりと焼けており、真っ白な日向と比べて健康的な印象があります。
彼女が有する自転車もこれまた日向とは違い、ゴツゴツとしたタイヤや太いフレームが特徴的なマウンテンバイク。いわゆるオフロード車です。
無論、オフロードでも一般的な路面で走行することは可能ですし、サスペンション付きなので少しのデコボコ道でもダメージは少ないです。しかし、やはりオフロードとオンロードでは用途が違います。
前傾姿勢がキツイロードバイクに比べて、上体が起きた状態で走ることができるマウンテンバイク。それだけ聞けば良いことに聞こえるかもしれませんし、勿論利点ではあります。しかし上体が起きているということは、それだけ空気抵抗が生じるということ。
そういった点でマウンテンバイクとロードバイクにはオンロードにおいて差が生まれ、オンロードではロードバイクが優位になる場合が多いのですが、
——生加奈はちゃんとついていけていました。
日向が速度を調節して疲れないように走っているということもありますが、何より生加奈自身の脚力、バイクコントロール力、そしてスリップストリームの技術が高いことが彼女がついていけている大きな理由でしょう。
自転車歴が長ければ長いほど、様々なパーツ、ウェアを取り入れていくもの。もしかすると生加奈のように派手な色のジャージを着ているというのも強さを象徴する一つなのかもしれません。
そんな豪脚生加奈が前にいる日向に話しかけます。
「いやぁ〜それにしても、本当に信じられないなぁ〜!まさか日向がロードバイクに乗ってるなんて!」
陽気なおじさんのような事を言う生加奈に、日向は振り返ってちょっと照れ笑いをしながら、
「ははは……本当になんででしょうね。色んなことが急に起き過ぎてよく分かんないですよ……けど、」
日向は前を向き、ロードバイクを手でさすりながら穏やかな声で、
「きっと、初めて自分でやりたいって思ったから……だと思います」
再び生加奈の方を見て笑う日向。
そんな日向を見て、生加奈は成長した友に向けて温かな笑顔を向け、頷きました。
「そうだな。日向が親に隠してまでやるものって初めてだからな……。それはそうと……」
生加奈が人差し指を日向の奥に向け、何かを指し示し、悪戯な笑みを浮かべて、
「信号、青だぞ」
と言いました。
それと同時に鳴り響く車のクラクション。現実に一気に引き戻された日向は慌てて前を向き、でも左右の安全はしっかり確認してから再びペダルを回し始めました。
右に行けば急勾配が続く激坂、真っ直ぐ進めば日向達の目的地、県境にある峠。日向達が渡る交差点は峠分かれの十字路となっており、知る人ぞ知る周回コースでもありました。
なので、日向達が信号を渡った少し後、激坂方面からは、周回コースを走り、練習をしている自転車乗り達がやってきて、もうじき変わる信号で足を止めました。
全部で四人のこのグループは、チームメイトであることを証明するお揃いのジャージを身に纏い、全員がビンディングシューズ、ケイデンスや
そんなグループの中、紅一点でありグループの一番後ろに位置している少女が、右に見える山々に手を向けて、その指の隙間から頂上を覗きこんでいました。
少女は少し乾いた自分の唇をペロリと舌で舐めると、まるでスナイパーのような目つきで、
「今日は会えるかな?噂の……ドリフト少女ってのに」
そう言い、指と指をピシャリと閉め、チームメイトに続き、この後直ぐにエンカウントするドリフト少女のいる方面へと走り出すのでした。
しかし、当たり前ではありますが、そんな人物が背後にいるとは知らない日向達は、峠に続く最後の一本道を、木漏れ日を浴びながら順調に走っていました。
前を向くと緑生い茂る立派な山があり、これからこの道が峠に続くという現実味をライダー達に与えます。
それだけではありません。山の方を見て、上を見ていると気づくのですが、何やらこの先続く道が自分の目線より高くにあるのです。
これはつまり、徐々に徐々に勾配が上がっているということ。緩くてあまり気にはならない坂ではありますが、登りは脚を消費するもの。甘く見ていると本番より前に脚が売り切れてしまうかもしれません。
まあ、何度かこの先の峠を登ったことのある日向にとっては百も承知のことなのですが。
「ここはゆっくり……ここはゆっくり……」
あまり無理をせずに、そんなに得意とは言えない峠を走りきるために、日向は自分を抑えます。
ギアを重くし過ぎずに、アウターでも軽いギアで回し、筋肉を使わないようにして喋れるくらい余裕を持って走る。風華直伝の、ちょっとした坂対策です。
対策を守り走り続けると、その甲斐あってかあまり疲れず、しかも信号に捕まることなく、日向達は峠の入り口付近まで辿り着くことができました。生加奈は対策を知らないのでギアを上げてゴリゴリ踏んでいましたが、疲れた様子はなく、流石の走りっぷりでございました。
簡易的なトンネルを抜け、日向は、風華に教えてもらった停止を意味するハンドサインを生加奈に送ると、自分も少しずつ速度を落とし、峠のスタートラインで停止しました。そして、日向は同じくサイン通り停止した生加奈の方を向き、確認します。
「あの……私ちょっと登りは苦手で、あんまり速く走れないと思うんですけど……大丈夫ですか?先に行って待っててくれても……」
「はははっ!なぁーに言ってんだよ日向!今日は一緒に走るって言ったろ?置いてくとかそういうのはナシだからっ!……まあでも、代わりにダウンヒルの時は日向は全力で頼むぜっ私はそれを見に来たんだから!」
これぞ友情とばかりにニパッと笑い、生加奈が親指を立てます。日向はホッとした表情で、
「いっちゃん……」
安堵の声を漏らします。
日向は笑みを浮かべてコクリと頷くと、前を向きハンドルを掴んで
「じゃあ……行きます!」
と、友と共に約4kmの峠を走り出すのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます