第十九話~ぎょぎょ、ぎょぎょぎょぎょっ~
「お魚には、肉に負けないタンパク質があり、牛乳に負けないカルシウムが含まれていて、そしてEPAはシーフードにしか含まれていないとってもいい栄養素なのよっ。つまり、魚は最強なのっ」
サクレが鏡に向かって唐突に叫びだした。はたから見ていると頭の痛い子にしか見えない。
頼むから、鏡に向かって叫ぶのだけはやめてくれ。この場所に俺以外誰もいないし、自慢話をしたいけど言う相手がいないからって、そりゃないだろう。
俺はサクレを冷めた目で見つめていたのだが、サクレ本人が俺の視線に気が付かない。
鏡に向かって魚の栄養素について力説する始末だ。ボッチが人の心を不安定にさせると訊いたことがあるのだが、神様も当てはまるのだろうか。
まあ、サクレは俺がいるからボッチではないのだが、ほかの神様がここに訪れることもないので、きっとハブられているに違いない。
もう少し、やさしくしてあげよう。
「ふう、予行練習終わり」
「一体何の予行練習なんだよ」
「春休みの宿題よ。今度提出しなきゃいけないの」
「ちょっと待て、春休みってなんだよ」
「あれ、ダーリンに言ってなかったっけ。今の天界は春休みなの。だから誰も仕事をしていないわ」
「天界の春休みってなんだよ。そもそも、転生の間にはほとんど魂が来ないんだから、毎日が日曜日みたいなものだろう。だったら春休みなんていらないじゃないか」
そう言うと、サクレは頬を膨らませて、俺をにらんできた。
おう、なんでこんなに怒っているのか分からない。
「気分の問題よっ。ごっこ遊びよっ。やることなくて暇だから、春休みの宿題やっている女の子ごっこをしているのっ。天界が春休みも全部嘘っ、暇つぶしに始めたの、現実見せないで」
「お、おう」
サクレがすごい剣幕でこちらを睨んできたので、俺は言い返すことが出来なかった。
内心は、天界ってやっぱり暇だよなと、サクレの意見に同意した。
「んで、サクレは何の宿題をやっていたんだ」
「お魚についてよ。魚にはたくさんの栄養素が含まれているの。体にとってもいいんだからっ」
なんというか、レパートリーを増やせと言われている気がした。
俺が作る料理は、基本的に肉がメインだ。それにタピオカやクリームチーズ的なちょっとしたおやつも作るが、そういえば魚料理を作ったことがない。
よくよく考えれば、魚の煮つけを小さいときに作ったことがある。けどそれだけだ。
時間はたっぷりあるんだし、ここは新しいことに挑戦してもいいかな。
そう思った矢先に、あいつが現れた。
「ぎょぎょ、ぎょぎょぎょぎょぎょっ」
きれいな曲線を描く背中に生えた背びれ、光沢を放つ鱗、ビタミンB1、HDA、EPAがたくさん含まれていそうなクリっとした目、なのに人と同じような手と足が生えた残念な生物。
そう、魚人が現れたのである。
しかもこれは何だろうか、鯖種?
「ぎょぎょ、ぎょぎょぎょぎょぎょ」
「めが、めがめがめがめがめがっ」
サクレが魚人と何かを語り合っている。というか、なぜサクレは「めがめが」言っているのだろうか。
普通、ぎょぎょぎょじゃねぇ。
「どうしたのダーリン? なんか、ビタミンB1が不足していて、目がかすんだり、目疲れが酷くて目が痛いと言っている残業続きのサラリーマンのような顔をしているわよ」
「どんな顔だよ。まあいい。聞きたいのはなんでお前がめがめが言ってんの。普通ぎょぎょぎょじゃねって思っただけ」
「ああそのこと。だって私、女神だもの」
「いや、意味わかんないんだけど」
「だ~か~ら~、女神の鳴き声なんだからめがめがでしょう。ダーリンって馬鹿なの?」
「知らねぇよ、そんなこと」
初耳だわっ。女神ってめがめが鳴くの。違う、俺の知っている女神と違う。
「ぎょぎょ、ぎょぎょぎょ~ぎょ」
「ダーリン、この魚人、名前はレオンっていうんだけどね」
無駄にかっこいい名前をしているな、おい。
「生まれ変わる前に、一度でいいから肉を食べてみたいって言ってるんだけど」
「またなんで」
「ちょっと聞いてみるね。めが、めがめがめが」
「ぎょ、ぎょぎょぎょ、ぎょぎょ、ぎょぎょぎょぎょ」
やっぱり女神だからめがめがなのね。違和感しか感じねぇ。
「わかったわ。死に別れてしまった彼女との想いでの食べ物なんだって。死んで生まれ変わる前に、今の自分の姿のまま、あの時彼女と一緒に食べた肉が食べたいんだって」
「なんかいい話っぽいな。ここに来る奴って、割と変人が多かったからな。よし、俺に任せろ」
俺はサクレに通訳を頼みながら、どんな肉料理だったのか話を聞いた。サクレは何も気が付いていなかったのだが、俺は「ん?」となる個所が多数あった。
本当にこれを作ってもいいのだろうか。
若干悩むところではある。
本当に作るのか、最終的な確認をしたのだが、「ぎょぎょぎょっ」と喜ばれてしまったので、仕方なく作ることにした。
まず、肉を用意する。何の肉かはまだ秘密。
それを二つの包丁を使ってミンチにしていった。
ミンチ状の肉に豆腐、塩コショウ、片栗粉を入れて軽く混ぜる。
混ぜ終わったものをスプーンですくい、大葉の上に乗せていく。
油を引いたフライパンに乗せて、両面に少し焦げ目がつくぐらい火を通して完成だ。
魚人の話を聞いた限り、この肉で作った豆腐ハンバーグだと思われる。
だけど、本当にこの肉を使ってよかったのだろうか。
話を聞いた限りではこの肉しか思いつかなかったのだが、だがしかし。
俺は、不安に思いながらも、作ったハンバーグを魚人の前に出した。
「ぎょぎょ、ぎょぎょぎょぎょぎょぎょっ」
「これだよこれ、って言っているわ。すごいわダーリン。まさか本当に作ってくれるなんて。あ、私の分もある?」
「えっと……あるぞ。食べるか?」
「うんっ!」
俺はサクレの前にも同じハンバーグを置いた。
俺の前にハンバーグを置かないのを見て、サクレが首を傾げる。
「あれ、ダーリンの分は?」
「えっと、俺は、ちょっと、食欲がなくて」
「もしかして風邪っ。どどど、どうしよう」
「落ち着け、そうじゃない。さっきたべたばかりだからあまりお腹が空いていないだけだよ」
「っそ、それならいいわ。だけど無理しないでね。ダーリンが倒れたら、私、気が狂っちゃうから」
いや、常時気が狂ったよな行動をしているお前がいうの? と思った。
まあいいや。この駄女神にいちいち突っ込んでいたら身が持たない。
「ほれ、冷めないうちにさっさと食え」
「いっただっきま~す」
「ぎょぎょぎょぎょぎょっ」
魚人は一口食べて目を輝かせた。まるで「これだこれ」と言わんばかりに食べている。少しだけ、目が潤んで見えた。
もしかしたら、死に別れた彼女さんを思い出しているのかもしれない。
しかし、これを食べて彼女を思い出すのか……、ちょっと複雑。
複雑そうな顔をしているといえば、サクレがそんな表情になっていた。
「ねぇダーリン、これってもしかして」
「あー、サクレはわかっちゃったか」
「う、うん。え、でも、本当に?」
「ぎょ、ぎょぎょぎょ、ぎょぎょ~」
「あの、ダーリン。すごく言いにくいんだけど、この魚人さんが何の肉か教えてほしいって。彼女さん、ずっと言ってなかったからちょっとだけ気になるんだって」
その話題、俺に振るのっ!
まあいいや。
「えっと、鯖肉を使ったハンバーグです」
「ぎょ? ぎょぎょぎょ?」
え、何、もう一度言ってみてとでも言っているかのようだった。仕方なく俺は何の肉を使ったかはっきりといった。
「鯖肉です」
「ぎょぎょ~ぎょぎょぎょ…………ぎょぎょっ!」
またまた冗談…………え、本当なの、とでも言っているような、かなり驚いた表情をしていた。なので俺は笑顔でこう告げた。
「つまり、共食いですっ」
「ぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょっ」
鯖魚人は泡を吹いて倒れた。それほどまでに共食いがショックだったのだろう。
だから俺は言いたくなかったんだ。
それにしても、鯖魚人に鯖食わせた彼女さんって、一体何者だったのだろうか。
余談だが、鯖魚人は人間で鯖養殖所を経営している会社の社長子息として転生させることにした。
これからも鯖と一緒に強く生きてほしいと思う。
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