第十八話~ステータスが君を熱くさせるっ~

「ステータスオープン」


 サクレが何もないところで両手を掲げながら叫んだ。だけど何も起こらなかった。

 こいつ、とうとう頭おかしくなったか、そう思いながらクリームチーズをクラッカーに乗せて食べた。

 ちなみに乗っけているクリームチーズはお手製だ。

 前に、チーズをあげると好感度が上がる妖精ちゃんにあげたゴルゴンゾーラのクリームチーズと同じ作り方をしたもの。今回はミモレットというダニチーズを使ってみた。

 そこそこおいしいが、クリームチーズにせず、普通に食べたほうがおいしかったなと、少しだけ後悔した。

 ミモレットはチーズダニと呼ばれるダニの力で熟成させるチーズなのだが、このダニ、人体に入っても無害らしい。だから安心して食べられる。

 あのウジチーズことカース・マルツゥよりとは大違いだな。あれは人体に有毒になる危険性があるため、輸入禁止されるほどだったし。

 チーズ、うまうま。


「あ、ダーリン、何一人で食べてんの。私にも頂戴っ」


「鯖缶ならあるぞ、食うか」


「鯖缶じゃなくて、ダーリンが食べているクリームチーズとクラッカーが食べたいっ」


「って言われてもなー、これ失敗したやつなんだよ」


「それでもいいよ、ダーリンの作るものは失敗したものでもおいしいしっ」


「いや、俺が嫌なんだよ。だから鯖缶で我慢しろ」


 俺はシュールストレミングをサクレに向けて投げた。

 …………悪気はなかったんだ。ちょっとした出来心だったんだ。


「あれ、私の知っている鯖缶と違う。いい奴なのかな」


 サクレは何も疑うことなく、缶詰を開けて……。


「くっさ、ナニコレちょー臭い。やだ、鼻が、臭い臭い臭い臭いっ!」


 余りにも臭かったのか、サクレが缶詰をその場において、俺の元に近づいてきやがった。


「こっちくんじゃねぇ、くせぇだろうっ」


「これ渡したのダーリンじゃん。臭いを一緒に分かち合おう?」


「嫌だよ、そんなの分かち合いたくねぇ」


「ねえ、すごくやばいのっ、どうにかしてよ」


「ここはなんでもできるんだろう。だったら自分で何とかしろっ」


「あ、そうだった、臭いのなくなれ~」


 サクレの一言であのとてつもなくやばい臭いが消えていった。

 流石なんでも出来る空間だと感心した。

 臭いを消して満足したサクレは、先ほど捨てたであろうシュールストレミングの缶詰のところに近づいた。

 そしてあろうことか、缶詰を手にもってこっちに戻ってきた。


「何を持ってきてるっ」


「ダーリンがくれた鯖缶。においもなくなったから食べてみたけど、結構いけるよ」


「え、マジ」


 そいうえば、においの元凶が近くにあるのにあの臭いにおいが全くしない。

 俺もドキドキしながらシュールストレミングを一切れ食べてみる。

 なんか酒のつまみになりそうな味がした。


「さて、腹ごしらえもしたことだし、ダーリン、聞いてくれる?」


「何をだよ。もしかして、ステータスオープン、と頭の痛いことを突然言い出したの気にしてるの」


「頭の痛いのって何よっ、あれだって真面目にやってるんだからっ」


「あれを真面目にやるって、普通ああいうのは頭の痛い子か頭のおかしい子しかしないよ。あ、お前は両方か」


「ねぇちょっと。今日のダーリン毒舌過ぎない。泣いちゃうよ、私泣いちゃうんだからっ」


 別にいじめるつもりはないけど、つい最近までかまってちゃんになってたからな、ちょっとした仕返しとでも思ってもらう。


「んで、何をしたんだよ」


「よくゲームやラノベにステータス表示っていうのがあるでしょう。あのシステムを無数にある世界の一部に実装しようと思って」


「え、まだ実装してなかったの」


 俺はてっきり実装済みだと持っていた。

 だって剣と魔法のファンタジー世界が普通にあるし、魔王と勇者がラブストーリし始めるし、そういった世界ではステータス表示が基本だろう。なんでないんだろう。

 不思議に思って俺はサクレに訊いてみた。


「ステータス表示なんてすでにありそうだけど、なんで今更」


「いえ、ステータスはもっと前から実装されているわよ。だけど、ギルドカードみたいにステータスを表示するものがあるだけなの。今回実装するのは、ステータスオープンと叫ぶと自分にしか見えない半透明の板みたいなのが現れる仕組みになっているのよ」


 VRゲームによく出てくるステータスみたいなものだろうか。

 なんか納得した。自分の能力値を数値化したステータスが叫ぶと出てくるって……いや魔法の世界があるんだからそれぐらいできそうだよね。なんで今まで実装していなかったのか、不思議だ。


「ちなみに、今回作ったステータス画面の仕様は、自分の意志さえあれば他人にステータスを開示できるのだよ、ワトソン君」


「だれがワトソンだ」


「まあいいわ、ちょっと見てよ。ステータスオープン、ついでに開示」


 俺の目の前にサクレのステータスが表示される。

 えっとなになに。



 個体名:サクレ

 種族:麗しの女神、

 職業:転生神

 ダーリンの食事依存度:無限大

 その胸に秘めた可能性:皆無

 身長:伸びない

 金運:ない

 出会い:今逃せばもう二度と来ないでしょう。



 ……後半がなんかおみくじみたいになっている。今逃がせばもう二度と来ないって、もしかして俺がダメならサクレは一生独身か。それはそれでちょっとだけ可哀そうだな。


「どう、すごいでしょうっ」


 サクレがドヤ顔をする、その横で「うわぁすげぇ」と叫ぶ少年がいた。

 今回の迷える魂は、ゲームが大好きそうな少年だった。

 サクレもそれに気が付いて、少年を真っすぐ見つめる。そして仕事の始まりにいつも言っている定番のセリフを言い出した。


「君は……死んでしまったーー」


「うん、知ってる」


「ーーので、ってえぇ、なんで知っているのっ」


「だって定番展開だもの。それに、この手のジャンルは最近飽きられているというかなんというか……。もう少し新しい何かが欲しいよね」


「うぐっ」


「まあ今回はそのステータス画面で許してあげる」


「あ、ありがとうございます?」


 なんか立場が逆転しているんだけど。ありがとうございますじゃねぇよ、流されんなよ、お前女神だろう、と突っ込んではやらない。


「ねぇねぇ女神様、だよね」


「う、うん、そうだよ。私は女神サクレ、転生神をーー」


「あ、そういうのいいから、女神様、さっきのステータスを僕にも使えるようにしてください」


「いいけど、ほい」


「も、もうできますか」


「できるけど、え、何? どうしたの?」


「ステータスオープンっ」


 あいつら全然会話しないな。俺も会話してないから人のこと言えないけど。

 少年は、手を掲げてステータスをじっくり見ていた。そして何かに満足したのか、うんうんと頷いていた。


「それで、そのステータスがどうかしたの」


「僕、このステータス画面を表示させるのが夢だったんです。ついに夢がかないました」


 現実じゃ絶対にかなわない夢だ。

 まるで幼稚園の時に行なった七夕まつりで『大きくなったらキリンになりたい』という頭の痛いことを短冊に書いて笹に飾った時のような、とっても残念な夢だと思う。

 そんな夢を掲げる少年は、たぶんサクレの同類なんだと思う。


「僕はもう満足しました。女神様、適当に転生してください」


「じゃあ、そのステータス画面を試験的に運用してる異世界に飛ばしてあげる」


「い、いいい、異世界でステータス画面を表示できるんですか。さっきのアレを、表示できるんですかっ」


「もちろん、そのためのステータス魔法だよっ」


「い、いやったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 ステータス画面の何に喜んでいるのだろうか。あの少年の行動は全く持って意味不明だ。

 そんなことを考えていると、サクレが俺に近づいて来た。


「ねえ、あの子頭がやばいんですけど、適当に転生していいかしら」


「それ、俺に訊くことじゃ無くねぇ。あと、さっさと転生してやれ。さっきっから目をキラキラ輝かせてこっちを見ているぞ」


「えぇ!」


 サクレが振り返ると、少年がじっとサクレのことを見つめていた。

 惚れたか、という訳ではない。あの目は、さっさと転生しろという意味だ。

 俺はサクレに「頑張れ」と一声かけた後、再びクリームチーズを食べ始めた。

 その後サクレはと言うと、あの頭のおかしい少年の相手をするのが大変だったのか、凄く疲れ切っていた。

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