第十二話~ちょっとナルシストが入った痛い系男子~

「チーズでフォンデュしたいっ」


 サクレが俺に隠れてそんなことを叫んでいた。その後で「あまり我儘言ったら嫌われちゃうし……」なんて可愛いことを言ったのだ。

 なんだあいつ、俺の苦労もわかっているじゃないか。

 ちょっとずつでも駄女神を卒業してくれたらと、俺はいつも思っていた。

 その想いが、ようやくサクレに伝わったのだと、少しだけ感動した。


 少しずつでも頑張ろうとしているご褒美に、チーズフォンデュを作ってもいいかなと思った。

 という訳で、パプリカ、ズッキーニ、ジャガイモ、ブロッコリーなどを湯がいて火を通す。

 バケットは一口サイズにカットして、フォンデュする食べ物の準備完了。

 肉類や魚類も欲しいところだけど、最近いいものを食べさせてたきがするので、今回は野菜で我慢してもらおうと思う。


 野菜などの準備が完了したら、鍋を用意して、にんにくを鍋の内側に塗りたくる。

 白ワインを入れてアルコールが飛ぶまで煮込んだらチーズを投入する。


 ぐつぐつといい感じに煮えたぎってきたところで、コーンスターチを水で溶いたものを入れて完成だ。


「サクレー。ご飯できたぞー」


「はーい、今行くー」


 なんだろう、このやり取り。長年の夫婦的な感じになっている気がする。おれは、まだ自分があいつの旦那になったことを認めていない。

 けど、あいつは本当においしそうに料理を食べてくれるからな。


「わあ、今日はチーズフォンデュなの。今日、何かあった?」


「これって結構簡単に作れるからな。ちょっとやってみた」


「私、すっごく食べたかったの。そしたらダーリンが作ってくれた。これってもしかして、夫婦だからこそできる以心伝心的な何か……」


「馬鹿なこと言ってないで、ちゃっちゃと食え」


「わーい、いただきま……」


 サクレが席に座って食べようとしたその時、サクレの前に割り込む奴がいた。


「うむ、チーズをフォンデュする俺もまた、かっこいい」


「なんかおかしな奴が来たな」


「わー、私のチーズフォンデュ。何勝手に食べてるのよ、返して、さっさと返してっ」


「辞めろ、これに触るな」


 サクレが、俺の作ったチーズフォンデュセットを取り返そうとしたが、ナルシストやろうは邪魔をした。

 こいつ、マジ何なのだろう。

 俺はサクレのために作ったのに、勝手に横取りして、しかも返そうとしねぇ。なんて自分勝手な奴なんだろうと強く思う。

 あれ、俺なんでこんなにイライラしてるんだろう。


「うう、なんで返してくれないの」


「ふん、簡単なことだ。かっこいい俺様が食べたこの残り物が欲しくてほしくてたまらないのだろう。だけど、そんなにホイホイあげられるものじゃない」


「そもそも勝手に取ったのはそっちでしょう。おかしいじゃない、うう。私のチーズフォンデュ……」


 サクレは瞳を潤ませて、返せとせがむが、男は自分勝手な理屈を並べて、まったく返そうとしなかった。

 それどころか、サクレのお気に入りスプーンをぺろぺろし始めたのだ。


「ぎゃああああ、キモイ、気持ち悪いっ。何てことすんのよ、この変態」


「スプーンをなめる俺も……なんてかっこいいんだ」


「話聞いてない。ねぇダーリンからも何か言ってっ」


「っむ、ダーリンだと、照れるではないか」


「アンタのことなんて言って、ちょっと、近づかないで、本当に嫌、来ないでよおおおおお」


 あ、マジ泣きした。サクレはナルシスト野郎から逃げようとするが、何もないところで転んでしまう。

 ナルシスト野郎は、そんなサクレに手を差し伸べたかと思ったら、いきなり顎をクイッとした。そして口をサクレの口に勢いよく近づける。

 サクレは本気で嫌だったようで、肘でナルシスト野郎の顔面を殴りつけた。

 ちなみに、サクレが何もしてなかったら、俺が鉄拳制裁を食らわせるところだったと言い訳しておこう。決して、出遅れたわけではない。


「ちょ、この変態っ。早く話してよ、気持ち悪い。ダーリン早く」


「ダーリンなんて、照れるじゃないか」


「お前のことじゃないからねっ」


 お前が感じているその気持ち、俺がサクレに対していつも思っていることだからね、なんて言わない。本気で嫌がっているみたいだし、あれがいつも俺が感じている苛立ちに対する罰としておこう。

 ナルシスト野郎は、ここが転生の間であることに気が付いていないし、こちらの話を聞こうともしない。正直、あんな魂がここら辺をうろつかれても迷惑だ。それにサクレも嫌がることだろう。

 俺はポケットからスマートフォンを取り出した。

 そして、とあるところに電話をかけた。

 プルルと音が鳴り、3コールほどで、相手が出た。


『もしもし、こちら神様じゃよ』


「あ、サクレのお父様ですか? 俺です、佐々木啓太です」


『お~、佐々木君か。どうかしたかのう』


「いえ、ちょっと伺いたいことが。今回転生の間に来た魂なんですけど、サクレにちょっかい出して、人の話を聞こうともしない、ナルシストの入った痛い系男子なんですけど、本当に転生予定者なんですか? どうもこの男、窃盗なんかをやらかしても、俺はかっこいいから許されると思っているみたいなんですよ」


『ちょっとまて、すぐに調べるからのう』


「すいません、よろしくお願いします」


『よいよい、儂とお主の中ではないか。お、調べ終わったぞ。今転生の間にいるその男、窃盗、強盗、強姦、殺人、なんでもやっておるぞ。天国と地獄と転生の間のどれかに魂を仕分ける神が、あまりの気持ち悪さにそちらに送ってしまったらしい。すぐに地獄に落としても良いぞ』


「了解しました、ありがとうございます。失礼します」


 うわぁ、そんな危ない奴だったのかよ。ただのナルシストならよかったけど、話の聞かない系、痛いナルシスト野郎は、自分が認められないと何をするか分からないことがあるからな。

 そんなことを思いながら俺はサクレに声をかける。


「おーい、サクレ」


「むむ、君もカッコいい俺に興味があるのか。だけど残念だ。俺は男に興味がないし、今これから彼女と大事な話があるんだ」


「あ、お前はどうでもいい。サクレ、そいつ、地獄に落としていいぞ。俺が確認取ったから大丈夫」


 ナルシスト野郎は、俺が何を言ったのか分かっていない様子だったけど、サクレは顔を輝かせた。

 前にアンデットを勝手に地獄に落として怒られたことを気にしていたのだろうか。あいつのことだからそれはない。


「おい、お前ら、かっこいい俺をおおおおおおおおおおおおおおおお」


 ナルシスト野郎は、突然できた穴に落ちていった。


「サクレ、大丈夫か」


「ぶええええええ、ダーリン、ごわがぁったよおおおおおおおお」


「おーよしよし。もう大丈夫だぞ。チーズフォンデュもちゃんと作ってやるからな」


 そう言いながら、俺はサクレが落ち着くまで甘やかした。

 今回ばかりは、しょうがないよな。


 ちなみに、地獄に送り届けられたナルシスト野郎は、ぶっさいくな顔にされて、鏡を延々と見させられるという拷問に近い何かをやらされていた。

 なんでも汚れすぎてどうにもならないから、魂をボロボロにさせて作り直すとかなんとかをするらしい。

 最近、「これは俺じゃない」とずっと呟いているそうだ。いい気味だ。

 にしても、異世界転生を行う仕事にはずれがあるんだなーと、この時はじめて思った。

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