第七話~腐りゆくお姫様~

 いつものようにサクレに食事を作り、一緒に食べた。

 今日のメニューはパスタにしてみたんだけど、これがなかなか奥深い。

 サクレも喜んで食べている。

 パスタを食べ終わり、食後のデザートとして用意していたミルクレープをテーブルの上に置いた。もちろん、サクレにはない。


「ねぇ、私のミルクレープはないの?」


「お前にやるミルクレープはない」


「ダーリンのけち。ちょっとぐらいいいじゃん。奥さんは甘やかすものなんだよ」


「ドックフードでも食っとけ」


「ひどっ!」


 ミルクレープと一緒に飲むために、北欧紅茶のアールグレイスペシャルを用意した。

 北欧紅茶はノーベル賞の受賞晩餐会で出されるかなりいい紅茶だ。

 葉をポットのなかに入れ、お湯を注ぐ。葉が開くのを待つ間に、温めたティーカップをテーブルの上に二つ置いた。

 これ以上サクレに騒がれるとこっちとしてもめんどくさい。デザートを食べている間はゆっくりしたいのだ。

 ティーカップにアールグレイを注いで、サクレの前に出してやる。


「え、ダーリンが入れてくれたの」


「感謝して飲めよ」


「うん、ありがとう」


 単純な奴だな。これぐらいで笑顔になるなんて。

 俺は自分の分のカップにアールグレイを注いだ。

 紅茶のいい香りを楽しみながら、ミルクレープを食べる。うん、おいしい。

 デザートを舌鼓していると、サクレが唐突に元素周期表を取り出した。

 サクレは紅茶を飲みながら元素周期表を眺め、突然ニタニタし始めた。


「お前、何してんの」


「カップリングを考えているのよ。今いいところなんだから邪魔しないで」


 せっかくおいしいデザートを食べているのに、まずくなるような発言をしないでほしい。

 サクレを無視して、ミルクレープを食べていると、突然肩を叩かれた。

 こういう時、いつも邪魔をしてくるのはサクレだ。でも、そのサクレは俺の目の前にいる。

 いったい誰が肩をたたいたのだろうと、振り向くと、そこにはお姫様がいた。

 少しウェーブのかかった、腰に届きそうなぐらい長く金色に輝く髪、綺麗な青い瞳、肌の色は白く、少し控えめな色のドレスが彼女の美しさを際立ってていた。

 まるで、ゲームの中から飛び出してきたかのようだ。


「あの~、ここはどこでございましょう」


「あ、えー、死後の世界?」


 どうやら、迷える魂がやってきたようだ。

 サクレに声をかけ、お姫様の存在を知らせる。


「ごきげんよう。私はサクレ。女神なんかをやっているわ。よろしくお願いしますね」


「はい女神様。私はアトラシュ・ディエラ・フォンーーーー」


「名前はいいわ。ここは死後の世界。これから新しい世界にいくんですもの。今の名前に縛られてはいけませんわ」


「でしたら、私のことは姫とお呼びください。一応、死ぬ前はとある王国のお姫様でしたから」


「まぁそうなの、そのドレスもとっても素敵だわ」


 お姫様とサクレの会話に違和感を感じる。こう、なんていうか、サクレって駄女神だよな。すげぇ適当な感じの女神だよな。

 それがごきげんようとか言っちゃって、口調もちょっとお嬢様っぽいし、なんか別人のように感じる。

 とうとうサクレがバグったか?


「ところで、女神様がお持ちになられているそれは何なのでしょう」


「あなた、これに興味がありますの」


「はい、とても興味がありますわ」


 ちなみに、サクレが持っているのは元素周期表だ。お姫様がいるんだからいい加減それから手を離せと思っていたりするが、まあいいや。

 食べ終わったミルクレープの皿を片付けて、ティーカップに再び紅茶を注ぐ。

 香りを楽しみ、紅茶を飲みながら、お姫様とサクレの行く末を見守った。

 こう、部外者的なポジションって楽しいな。


「これはですね、ごにょごにょごにょ」


「ま、まぁ、そんなことを考えていましたの。は、破廉恥ですわ」


「でもって、ごにょごにょごにょ」


「はぅ、と、殿方同士なんて」


 ちょ、おま、お姫様に何を教えてるんだよ。一国のお姫様だぞ、腐らせんなよっ!

 そう思ったが、止めるのがちょっとだけ遅かったようだ。

 何も知らないお姫様は、サクレの毒にどんどん浸食されていく。

 きっと、前世の世界でも経験したことのない未知の体験だったのだろう。

 瞬く間に侵食されたお姫様は、気が付けば腐っていた。

 紅茶おいしいなー。

 現実逃避をしながら紅茶を飲み、読書を始める。

 気が付くと、だいぶ時間が経っていた。さて、駄女神とお姫様の様子は……。


「だから、眼鏡×ヤンキーは邪道だって言っているでしょう。ヤンキー君が、弱気な眼鏡君を守りつつ押し倒していくのがいいんじゃない。なんでそんなこと言うのっ!」


「女神様こそわかっていません。ヤンキー×眼鏡なんて時代遅れもいいところじゃないですかっ! いつもはそっけない態度をしているヤンキー君が、二人っきりの時だけ見せてくれる弱弱しい姿、それがとても萌えるんじゃないですか、眼鏡×ヤンキーこそが至高なのです」


「キー、まだ言うか。ヤンキー君はね、誰これ構わず喧嘩をしているんじゃないの。眼鏡君のために喧嘩をするのよ。それで、自分の為に傷つくヤンキー君をいたわる眼鏡君の姿、最高じゃないのっ」


「何を言っているのですか。いつもぶっきらぼうで誰の言うことも聞かない、そんなヤンキー君を手籠めにして、眼鏡君が無理やり心の内をさらけ出させるようにするのがいいんでしょう」


「うぎゃあぁああ」


「ぴぎゃああああ」


 この光景を見て、俺は頭を抱えたくなった。

 え、ナニコレ、一体どういう状況ですか。

 サクレはまぁ、知ってたからいいとして、お姫様はここで初めて腐った話を始めたんだよね。なのにサクレと言い争えるぐらい知識を身に着けているんですけど。

 こう、なんていうか、とにかくやべぇ。

 サクレにまかせっきりにして、何もしなかったことに少しだけ後悔した。

 俺がかかわっていれば、お姫様があんなことにならなかったのに。

 これじゃいつまでたってもサクレが仕事をしなさそうだったので、二人に声をかけた。


「ちょっといいか二人とも。いいから落ち着け」


「ちょっとダーリン。今大事な話をしているの。邪魔しないで」


「そうです、男なんてみんなーー【自主規制】ーーギャランドゥーしてしまえばいいんですわ」


「マジで二人とも落ち着け、そしてサクレ、てめぇは仕事しろよ」


 ちょっとイラっと感じたのでサクレにアイアンクローを食らわせた。

 頭が痛いのか、いい感じにしまったのか、苦悶の表情を浮かべている。ざまあみやがれ。

 離してやると、サクレは頭を擦りながらお姫様に視線を向ける。


「あたたた、ダーリンに怒られちゃった。それじゃあ、転生神としての仕事をしますかねぇ」


「こんなにたくさん会話したのに、もうすぐお別れと思うと寂しいですわ」


「そう言ってくれると嬉しいよ。という訳で、日本の池袋在住の家庭で女の子に生まれるように転生してあげるね。ちなみに乙女ロードとか行くと楽しいよ」


「そこには、その……そういったものがあるのでしょうか」


「もちろんっ! たくさんあるんだから。私たちにとって聖地みたいなものよっ!」


「まぁ、すごく楽しみになってきましたわ」


「向こうに行っても元気でね。頑張って腐っていくのよ」


「女神様の教えは魂に刻み込みました。この想いを胸に、精進していきたいと思います」


「ぐすん、またね」


「は、はい。また、お会いできることを願っています」


 涙目になったお姫様は光に包まれて、天高く昇って行った。

 これで無事に転生できたはずなんだけど、サクレが泣きっぱなしになっちゃった。

 せっかくできた友達と離れることになってしまい、少し可哀そうに思った。

 だからコブラツイストで許してやることにした。いくら落ち込んでいても、お姫様を腐らせた罪は償ってもらうぞ、駄女神っ。

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