第八話~チーズをあげると好感度が上がる妖精さん~

 転生の間のようなこの空間には、基本的に俺とサクレしかいない。

 神様という存在はサクレ以外にもいるようだが、ここは転生神であるサクレ専用の場所。他人がめったに入らない自分専用の部屋とでも思って貰えばいいだろう。


 だだっ広いなんでもできる空間に二人しかいないのだ、片方が寝てしまえば暇になる。

 転生神の補佐という仕事について俺は、一人遊びをする機会が増えていった。

 一人チェス、一人ババ抜き、一人ポーカーはもちろん、一人人生ゲーム、はたまた、一人マリーー【自主規制】ーーコッコルールなんかもやったことがある。


 今俺は、一人で将棋をやっていた。

 片方は適当な動きでやっており、もう片方は矢倉からの穴熊で鉄壁の防御を固めている。穴熊側はここから徹底防御を行い、これをどうやって崩していくのかを考えていこうと思う。


 どうして俺が一人将棋なんかやっているかと言うと、数時間前に「あ、誰かが呼んでいる。私ちょっと行ってくるね」と言って、サクレがどこかに飛び出していってしまった。

 取り残された俺には一人将棋ぐらいしかやることがなかったという訳だ。

 結構時間が経ったし、そろそろ一人が寂しくなってきた。

 あんな駄女神だとしても、一緒にいてくれるだけで寂しさが和らぐんだから不思議だな。

 そんなことを考えながら飛車で敵陣地に突っ込むと、すごく間抜けそうな声が聞こえて来た。


「ただいまダーリンっ!」


「ああ、お帰り」


 サクレはいつものように楽しそうな笑みを浮かべていた。いつもなら、止まれない勢いで走り出して突っ込んでくるのだが、今日はそれがなかった。

 というか、今回はそれが出来なかったというほうが正しい。

 サクレは両手で大きな水槽のようなものを抱えていた。

 サクレが呼び出したであろうテーブルが突然現れる。サクレは水槽のようなものをテーブルの上に置いた。


「おまえ、これなんだよ」


「見ればわかるって、ふふふ」


 俺は水槽のようなものの中をのぞき込む。

 そこには小さな女の子がいた。黒い生地をメインに使った、白のフリルがたくさんついたドレス、黒髪のツインテールに背中には蝶のような羽が生えている、とても可愛らしい女の子。だけど手のひらサイズで、まるで妖精みたいだ。


「これ、なに?」


「チーズを上げると好感度が上がる妖精よ。最近神様の間ではペットを作ることが大ブームなの」


 ペットを飼うじゃなくて作るってどういうこと? 神様のやることは分からん。

 それになぜ、チーズを上げると好感度が上がる妖精なのだろうか。


「という訳で、今回の迷える魂は、チーズを与えると好感度が上がる妖精よっ」


「作ってる時点で迷える魂じゃねぇ!」


 今回はお手製の可愛らしい魂が転生対象者のようだ。しかし、お手製の魂なんて転生させてもいいのだろうか。天界規約に反しそうな気がするのだが、駄女神がやるのだから別にいいだろう。転生させて問題があったところで、責任を取るのは駄女神だ。俺は関係ない。


「ねえねえダーリン、試しに、チーズを上げて見ない?」


「え、嫌なんだけど」


「どうしてよっ」


「だって、こんな小さな女の子に餌を与えて好感度を上げるって、なんか犯罪臭がしないか」


「ダーリンってば気にし過ぎよ。ここは天界、転生の間よ。あなたが住んでいた日本の法律なんて関係ない。私が法律よっ!」


 すげぇ頭の悪いこと言っている。けど、日本の法律が関係ないのは納得だな。だってここ、日本じゃないし。

 じゃああの自主規制はいったい何なのだろうか。不思議だ。

 腕を組みながら、どうしようか考える。

 サクレは、「早く決めてよね」とせかしてくるがそれを無視した。

 水槽の中から突然音がする。考えることをやめて、再び水槽の中をのぞくと、妖精さんが俺のことをじっと見ていた。


「あ、あの……チーズ」


「え、これ喋んの」


 びっくりしてサクレに訊くと「あったぼうよ。神様お手製の魂でっせ、癒しを追求した最高の一品さね」とすげぇうざいドヤ顔をしながら言ってきた。

 とりあえずうざかったので頭を叩いた後、再び水槽の中をのぞく。

 妖精は、自分のおなかを抑えながら、瞳をウルウルさせてこちらをじっと見ていた。

 くぅという小さな音がかすかに聞こえる。

 どうやらこの妖精はおなかが空いているようだ。

 試しに、チェダーチーズをあげてみた。


「はむ。わぁ、おいしい」


 チーズをあげると、小さな手で食べやすいサイズに引きちぎって口に運んでいた。手や口回りがチーズで汚れている姿は、1歳児ぐらいの子供を彷彿とさせる。

 なんというか、可愛い。とても可愛い。

 チーズを食べ終わった妖精は、「もう少し欲しいなー」と可愛らしい上目遣いをしながら言ってきたので、今度はゴーダチーズをあげてみた。


「はむ、う~~~~ん、おいしぃ!」


 勢いよくチーズを食べる妖精を見ていると、なんだか心が癒されるというか、浄化されるというか、なんとも心地よい感情が湧いてくる。

 そこで俺はハッとする。俺はロリコンじゃない。小さな女の子を見て喜んでいるわけじゃない。

 違う、と心の中で念じて、自分を納得させようとする。

 そんな俺をサクレは鼻で笑った。


「ダーリンは気にし過ぎよ。この子はペットのようなもの、ロリコンにはならないわ。それに、性的な目で見なければただの子供好きよ」


「それは、そうなのだろうか」


「ねぇ、私もチーズあげて良いかしら。可愛らしく食べている姿を見ていると、なんだかあげたくなってきちゃう」


「俺は二種類も上げたし、別にいいよ」


「じゃあ私は……これをあげよう」


 サクレはモッツァレラチーズを妖精に与えた。妖精はチーズを両手で持ち、目を輝かせながら眺め始めた。

 そして、かぷりと一口食べた。


「きゃあああ、おいしいいいいいいい、もっとおおおおおおおお」


「「ふわぁ!」」


 あまりのおいしさだったのか、好感度が上限突破して、妖精がちょっとだけ壊れた。

 こんなに催促されると、チーズをあげたくなってしまう。

 俺はゴルゴンゾーラチーズを取り出して妖精さんに上げることにした。

 普段食べるときは、クリームチーズにして食べやすいように加工した後、酒のつまみにでもするのだが、チーズをあげれば好感度が上がる妖精だ。このままあげても大丈夫だろう。そう思って、妖精さんにゴルゴンゾーラを近づけた。


「うわ、くっせぇ、おええええええええ」


「ちょ、ダーリン、何それ、カビ生えているじゃない、そんな汚いもの近づけないで!」


 なんだろう、目から汗が。

 妖精は今まで食べたものを出すかのように嘔吐した。そして、信じられないものでも見るかのようにこちらを睨んできた。


 サクレも俺が近づくと「ダーリンばっちいから近づかないでっ」とふざけたことをほざいていたので抱き着いておいた。たっぷりとゴルゴンゾーラが塗りたくられた手と体で。

 サクレは「うれしいけど、なんかいやああああ」と叫んだ。


 サクレはどうでもいいから捨てておこう。

 でも何だろう、ゴルゴンゾーラが否定されて、とても悔しい。


 確かに、ゴルゴンゾーラは世界三大ブルーチーズと呼ばれるほどメジャーなブルーチーズで、臭いがとてもきつい。本場の人たちは平気だが、臭いに慣れていない俺は、不快な臭いとして感じてしまう。


 外国人が日本に来て納豆の臭いを不快に思うのと同じだ。

 俺はこのゴルゴンゾーラと呼ばれるブルーチーズで作るはちみつ入りクリームチーズが大好きだ。そこまで臭いが気にならず、はちみつの甘さとチーズのうまみが絡み合い、とてもおいしい。

 そんな味を知っているからこそ、妖精さんに否定されるのが我慢ならなかった。


「畜生っ、やってやるよ、絶対においしいチーズを作ってやるっ!」


 少し離れた場所に陣取り、クリームチーズつくりを始めた。

 まずは牛乳、はちみつ、小分けにしたチーズを投入して、レンジでチンする。泡だて器でつぶすようにチーズを混ぜていく。ぬるくなったらレンチンして、固まりがなくなるまで泡立て続ける。

 固まりがなくなったら、容器に移し替え、固まるまで冷蔵庫で冷ます。

 これでクリームチーズの完成だ。


 作り始めてから数時間後、ゴルゴンゾーラのはちみつ入りクリームチーズが完成した。

 俺がクリームチーズを作っている間に何があったのだろうか、サクレと妖精さんがとても仲良くなっていた。

 とても楽しそうにしていたところに俺が近づくと、途端に妖精さんの顔が引きつった。


「あ、臭いのはもういいので、間に合ってますんで、帰ってもらえませんか」


 チーズをあげたはずなのにすごく好感度が下がっているっ!

 ちょっとだけ寂しさを感じた。


「いいから食え。うまいから」


 そう言って、妖精さんに無理やりチーズを食わせた。

 最初は凄く嫌な顔をしていたが次第に表情が変わっていく。


「……臭くない、そして甘いっ!」


 妖精さんは勢いよく食べ始める。その光景を見て、俺はちょっぴりうれしくなった。

 自分の好きな料理をおいしいと言われると、なんだか自分のようにうれしくなるんだよな、不思議だ。


「さて、そろそろ仕事をやってくれ」


「え、もう転生させるの」


「いや、あまりにも可愛すぎて、このままじゃ、転生させていなくなった時に号泣してしまう。傷は小さいほうがいいだろう」


「確かに、そうだけど……、わかったわ。私はやればできる子。見てて、ダーリン」


 妖精さんは俺が上げたチーズを食べていて、こちらには気が付いていない。

 妖精を優しい光が包み込んだ。そして、姿が次第に消えていき、妖精さんはいなくなった。


「ちゃんと地球のどこかにあるチーズ職人の娘として転生させたわ」


 それを聞いてちょっとだけ安心した。

 チーズをあげると好感度が上がる妖精さん、転生先ではお幸せに。

 そう思って、何もない場所に敬礼した。

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