第5章 地球の危機VS魔法世代 その11
自分に全部の負担が回ってきた時には恨んでやろうとも思ったが、今のこの姿を見せられるとそれらすべてが吹き飛んでしまう。
身を挺して助ける。そうそうできることでもない。
「……すまない。お前の分も俺がやるよ。――あぁ、眼鏡のことを忘れてた」
軽口を叩いてみる。はたして兄の口がわずかに笑みをかたどった。
するとなんだか全身に力が戻ってきたような気がしてきた。気がしただけじゃなく、実際力がみなぎってくるようだ。
彗星では今度は真っ黒な球体が作られ始めている。
「防御はすべて任せていい。君は彗星を押し返すことに専念してくれ。だいじょうぶ、君ならできるさ」
球体が発せられた。迫りくる球体を、兄は大きく振り上げた右手を叩きつけて弾いた。バレーボールのアタックそのもの。
その頼もしい背中を見ながら思う。
(どうしてこの兄妹は俺のことをそんなに信頼するんだ)
不思議でならない。会ってそんなに時間がたったわけではない。なにかをしてあげた憶えもない。それなのに。
もうずいぶんと長い間彗星と押し合いをしていたのだろう、彗星がない部分の空が明るくなっている。
こうなると、彗星の存在は世間一般に知られることになるのだろう。
(できれば、その前に終わらせたかった)
夜闇に紛れてすべてを終わらせてしまっておけば、現場の三人以外に自分の醜態を晒さずに済んだ。だが、手遅れになりそうだった。
(……もう、あきらめるか)
覚悟を決めて全身にみなぎる力をかき集めた。
開き直りがよかったのか、今までよりも効果的に力がたくわえられていくのがよくわかる。
「いい加減、帰りやがれ!」
全身を通過してきた力を思い切り彗星に叩き込む。
轟音。
彗星が激しく揺れる。作りかけていた長さ八メートルほどの槍が勢いもなく落ちた。まとっていた外骨格――甲殻を持つ死骸――がぼろぼろ落ちてくる。
「やるじゃないか!」
凄まじい攻撃力に兄が絶賛する。
「まだまだぁ!」
もう一発叩き込んでやる。
今度はあきらかに彗星が後退した。もうほとんどの外骨格を失ったのか、あまり黒いものが落ちてこなくなった。
「もういっちょう!」
ずうん、見えない衝撃が彗星を襲う。
渦がうねうねと蠢き、そこに大きな目玉をかたどった。
ジロリと睨まれた。
「……危ない!」
その目から、まさにレーザーと呼ぶにふさわしい光線が放たれた。
真っ白な線、そのようにしか見えない。だが、攻撃力は尋常じゃない。
攻撃を喰らった兄の体が吹っ飛ぶ。焦げ臭い匂いが辺りに漂う。
貫通性がなかったのが幸いだ。兄の体は貫かれなかったし、そのうしろにいた神崎に攻撃が及ぶこともなかった。
「反則だろ……」
愚痴のひとつも言いたくなる。
いくら優勢に立っていても、あのレーザーひとつでいつでも逆転される。そんな攻撃手段をいくつも持っているのだ。
それに対して神崎にできることは気合いで圧すことのみ。
圧倒的な戦術の差が見えてしまった。
(それでも俺にはこうすることしかできない)
全身に溜めた力を一気に放出する。
また彗星が激しく揺れる。やはり黒いものは落ちてこなくなった。
(このままどっか行っちまえ!)
連撃。ガンッ、ガンッと彗星から音が聞こえる。神崎にはなにも見えていないが、確かに攻撃がヒットしているのだろう。
思い込みかもしれないが、どこか彗星が小さくなったように見える。離れていったためかもしれない。
ふぅ、神崎が大きく息を吐いた。
あまりにも普通じゃないことを連続でやりすぎて精神に支障が出てきてしまった。妙に疲れる。
だが、油断すればまた一瞬で元通りになってしまうのは体験した。二度とそうしたくはない。
意を決して全身に力を溜めようとすると、どこか懐かしく、優しくて暖かいメロディが聴こえてきた。
(これは……)
聞き憶えがあった。どこで聞いたかは思い出せない。でも、確かに自分の記憶にあるメロディだ。
注意は彗星に向けたまま、神崎は音の出所を探す。そして、それはすぐに見つかった。
赤い髪がふわり浮かんでいる。風などないのに、まるでやわらかな風にそよぐように。
優しい旋律の歌声。
妹が歌を唄っている。目を閉じて片手を胸に当てている。心なしか体が若干宙に浮いているようにも見える。
「優しいけど……悲しい」
一瞬ではわからないが、優しいメロディの奥にどこか物悲しげなものが潜んでいる。
胸を打つその調はいつの間にか体にかかっていた負担を消してくれていた。
「なんだか聞き憶えがある」
山村が起き上がった。神崎と同様に負担が軽減されたのだろう。
「お前もか」
「どこで聞いたんだろう……。思い出せないけど、絶対に聞いたことがある」
なんだか今ならやれそうな気がする。
このメロディが聞こえている内なら、彗星を押し返すことができる。なぜか絶対の自信が溢れてきた。
「さっきサボってたんだ。しっかり働けよ」
「わかったよ。わかったから、そんな無愛想な顔すんなって」
「……してねぇよ」
ふたり同時に彗星を見据えた時、
「あ、やっぱりいた」「だから間違いないって言ったろ?」「今どうなってるんだよ!?」
様々な声が聞こえてきた。
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