第5章 地球の危機VS魔法世代 その10

 兄がなにかの攻撃にあったことで、神崎に襲いかかる圧力は尋常ではないものになっていた。

 立っているのが奇跡とさえ思えてくる。

 横目にぎりぎり入る眼鏡の姿。よく立っていられるものだ。

(シャレに、なんねぇ……)

 さっきからずっと念じてはいる。『来るんじゃねぇ!』

 兄ひとりが欠けただけで、彗星はうんともすんとも言わなくなった。押し気味だったはずが停滞している。むしろ近づかれている。

 彗星との距離が縮めば縮むほど、全身が感じる圧力も相当なものになっていく。

 すり切れた膝が痛い。怪我をしている分、負担も大きいようだ。

「……生きてるか?」

 日常生活では感じることのできない痛みから逃れるために、なんとなく山村に声をかけてみる。掠れ声だ。

「……なんとか」

 つぶやきかささやきか。とにかく小さな声。

 それでもこうして話ができるだけマシだ。

 真実兄にはとても簡単なことであるように聞かされていた。サポートしてればいいと。

 だが実際にはどうだ。

 彗星からの衝撃はバカにならないほど大きい。三人で防ぐのが精一杯だった。

 神崎が『魔法』の使い方がわかってから状況が一変。わずかに押し返すも、彗星からの攻撃で兄が戦線離脱。

 そのあとはずっと防戦一方だ。

 ただの一般人が、非現実と戦うのは無理があったようだ。

「もう、疲れた……」

 弱気な声が聞こえてきた。

 集中力が途切れるからやりたくなかったが、頭を動かして山村の姿を確認する。

(……っのヤロウ!)

 倒れていた。しかも、大の字になって。

 ぜぇぜぇ……はぁはぁ……、肩で息をしている音がかなり大きく聞こえてくる。

「おいコラっ! お前に倒れられると――」

 言葉にならなかった。

 三人分の圧力をひとりで担う。頭がおかしくなりそうだった。

 体すべての骨が砕け散りそうになりながらも、両手は上げたまま。『ちくしょう、とっとと帰れ!』叫びが心に響き渡る。

 ずぶずぶと両の足が校庭にめり込んでいく。本当に彗星をひとりで受け止めているような気がしてきた。

 実際に彗星を手で受けとめる機会があったら、おそらくこんなものでは済まないのだろう。一瞬で潰されておしまい。せいぜいがそのあたりだ。

 そう考えると、魔法というものの偉大さがわかる。できればわかりたくなかったところなのだが。

(俺はサポートで、協力してればよかったんじゃないのかよ……)

 愚痴がこぼれる。声としては出てこないが。

(俺も倒れたら楽になるのか……)

 不穏な考えが頭をよぎる。

 もしここで自分まで倒れたらどうなるだろうか。支えを失った彗星は、容赦なく地球に衝突するだろう。

 一見でかいものが落ちてくるだけに見える。それだけならば、被害はこの町くらいで済むだろう。

 だが、この彗星を彗星だと思ったら負けだ。魔族――そんな得体の知れない者たちの悪意の塊だ。なにが起こるかの見当もつかない。

(もう少し、がんばろうじゃないか……!)

 弱気を頭から叩きだし、自分に苦痛を与えている元凶を睨みつける。

 果てしなく大きく、禍々しい。

 校庭が黒く染まり上がった変わりに、彗星の表面はずいぶんときれいになっていた。

 内側にあったのだろう、今見えるものが悪意そのもののようだ。

 ぐるぐると渦のようなものが巡っているのだが、時々そこからは目のようなものが垣間見られる。神崎が感じていた視線の正体がこれなのだろうか。

 兄を攻撃したなにかも、ここから発せられたに違いない。

 なぜなら、今まさにそのなにかが発せられようとしているからだ。

「……なんだよ、あれ」

 渦が複雑に絡み合ってひとつの物体を作り上げていた。にゅるにゅると延びてくるそれは、槍と形容するのがふさわしい。

 距離が遠いためにわからないが、推定五メートル以上はありそうだ。

(……まさか、な)

 そのまさか。

 射出された槍が、問答無用に神崎に迫る。

 刹那、視界を青いものが覆った。

 横から割り込んできた兄が、槍を脇に抱え込んだまま数メートル先の地面に倒れ込む。

 激しい衝撃。神崎の横顔に土が飛び散ったものが当たる。

 横を見ると、直径三メートルほどの大穴を開けて槍のようなものが突き刺さっている。

「危ない、ところだったね」

 あちこちボロボロの青が近づいてくる。

 全身が激しく傷ついていて、見える肌はそこかしこが赤黒い。

「君が危ないと思ったら、なんとか動けたんだ。でも、僕はもう攻撃には回れない。向こうの攻撃を防ぐ盾がいないと……。君たちだけじゃ、あまりにも無防備だった」

 息が荒い。笑みを浮かべようとしているのだろうが、まったくうまくいっていない。

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