第5章 地球の危機VS魔法世代 その9
(ぶ……分離コメット……)
兄の視界が霞む。
あきらかに油断していた。
神崎の調子がよかった。予想外に力を持っていた。
自分のサポートとして協力してもらうつもりだった。だが、彼は持っていた潜在能力をいかんなく発揮して期待を大きく上回ってくれた。
チャンスだと思った。事実、彗星は押し返された。少しずつだが確実に。
そのままこちら側の力が完全に上回れば、彗星は跡形もなくなるはずだった。
それなのに――
「お兄ちゃん!」
妹が駆け寄ってくる。
全身が熱い。これは想像よりもダメージを受けているのかもしれない。
彗星を攻撃している最中は、すべての力を攻撃に回していた。反撃など来るとは思ってもいなかったからだ。
だが実際にその反撃がやってきてしまった。
飛来する甲殻魔族の死骸に気づき、咄嗟に防御に力を回すも間に合わず、今こうして倒れてしまっている。
「……油断した」
なんとか膝立ちになる。全身に圧迫感があり、その行為だけでも大粒の汗が流れ落ちる。
体から煙を昇らせながら空を見上げる。
最初の時と同様、かなりの近さに彗星がいる。自分の抜けた穴を埋めるのに、神崎と山村のふたりでは心許なさすぎる。
「だいじょうぶ!?」
あちこち火傷がひどいことになっているだろう。それくらいなんともないはずだが。いかんせん見た目に悪く出る。
「だいじょうぶだ、とは言い切れない。だけど、僕が倒れるわけにはいかない」
立ち上がる。
一瞬で膝から崩れ落ちた。
(おかしい! 力が入らない……)
また膝立ち状態には戻れたが、そこで動きが鈍ってしまう。
圧力に、負けている。
信じられないことだった。
「まずい、このままだと……」
膝立ちの状態で両手を上げてはいるが、はたしてどれほどの効果があるのだろうか。
全身に及ぶ圧力は凄まじく、さっきの神崎と同じように、ついている膝がすり切れていく。
妹が心配そうな顔で覗き込んでくる。
はたしてこのままでいいのか、そんな疑問が湧いてくる。
兄は妹の目を見返した。
見つめ合う。それはわずかな時間。だけど、意思は伝わったはずだ。
妹の目が驚きにわずかに見開く。それもすぐに戻る。
「愛、お前には酷かもしれない。だけど、もうそれしか手がない」
「……うん」
「お前が嫌なら、断ってもいいのかもしれない。まだ、魔法世代の力はすべて使っていない。無理にお前が苦しむ必要は――」
「でも、あたしがそうしないと、結局みんなの力も使えない。……あたしも、力になりたい」
決意を伴う目で見てくる。
しばらくその真意を探ってから、そこに迷いが生じていないことを確認する。「わかった」うなずいてみせる。
「頭を、出してくれ。……本当にいいんだな?」
最後に確認を取る。
まだ断ってもいい。もうこれで何回目かわからない。そのたびにいつもひどく気分が沈む。
たいしたことではないと自分に言い聞かせるも、やはりこの瞬間からそれ以降は心が痛む。
地球のことを思うなら、この選択しかない。地球が失われようというのに、妹のことを考えてやる必要などない。そう思い込む。自分を偽ってでも。
赤い髪が小さくうなずいた。
妹に迷いがないのなら、自分がいつまでも迷っているわけにはいかない。そんなにのんびりしている時間も余裕もない。
やわらかな髪の毛に右手を乗せると、そこに力を込める。
力はほとんど入らなかったが、それでも構わなかった。
青白い光が赤い髪を巡り、妹の全身に伝わっていく。ピクッと体を震わせ、妹は小さく声を出した。
「……終わったよ。愛、ふたりに力を分けてやってくれないか」
「うん。あたしたちの場所を壊させるわけにはいかないから。それに――」
兄から力をもらうためにしゃがんでいた妹が立ち上がる。そのまま視線を神崎に向ける。
「あたしは神崎君を信じてるから」
「……ああ、僕もだ」
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