第5章 地球の危機VS魔法世代 その8

(……つ、潰される!)

 立っていられない。

 だが、両手を下ろしたらそれで終わりのような気がする。そのためか、ぎりぎり立ち続けることができている。

「念じるんだ! 『来させるか! 来させるか!』」

 兄の声で意識が少しはっきりとする。

 崩れ落ちそうになる体を叱咤し、必死に頭に力を送り込む。

(来させて、たまるか!)

 念じる。

 すると、全身からなにかの力が湧き出てきた。

「……来させるか!」

 山村が怒鳴る。すでにしりもちをついていたが、言葉で力が湧いてきたのかゆっくりと立ち上がる。

「来させるか!」

 妹も同じことをしている。

 どう見ても体に負担はかかっていない。おそらく神崎と真実兄、それから山村にしか負担はないのだろう。

(だいぶ、立てるようになってきたか)

 しっかりと両の足で立つことができる。押し潰そうとする力も尋常ではないが、初めよりかは幾分もマシだ。

 しかし、じっとりと額に浮かんだ汗を拭うこともできない。

 どう見ても、目の前の彗星もどきにはなんの変化もない。

 圧倒的な存在感。

 蠢く表面。たまに零れ落ちる破片。

「その調子だ。僕たちのほうが勝れば、彗星は跡形もなく消滅するはずだ。気合いが気合いを勝る――合気道だよ」

(それは合気道じゃない)

 心に余裕が生まれた。それが隙だった。

 両手から伝わる圧力が何倍にも増した。

「くっ……」

 膝をつく。姿勢が不安定になったことが災いして、さらに強力な圧力が体に襲いかかる。

 全身がミシミシと音を立てる。地面に突いた膝に負担がかかり、そのまま押しつけながら横に滑る。激しく擦り切れた。

(マズい……)

 全神経を集中させる。

(来させてたまるか! 来させてたまるか! 来させてたまるか!)

 無心にただ念じる。バカみたいに念じ続ける。

 だが、それが効果的だった。

 ほんの気持ちだけ圧力が減少した隙に立ち上がった。膝が非常に痛いが、今はそれどころではない。立ち上がったことで、さらに圧力が減少する。

「神崎君、だいじょうぶ!?」

 妹が赤い髪を揺らして駆け寄ってくる。足の怪我は嫌でも目立ってしまう。

「だいじょうぶだ。お前は危ないから下がっていろ」

 意識は空から外さないようにしておく。さっきのような失敗はごめんだった。

「いや! あたしもいっしょにがんばる」

(駄々っ子か……)

 隣でなにをしていようが構うことはない。正確には構うことができない。

 山村は眼鏡が滑るほどの汗を流している。

 兄ですら汗を流し続けている。表情は苦しそうだ。

「三人では、少し厳しかったようだね……」

 あまつさえ兄がそんなことを言い出す。

「……平気だったんだろ。責任取れよ」

 三人で彗星を食い止めているから、負担が三分割なのだろう。もしかしたら、ひとり頭の割合は違うのかもしれないが、それでも近い分割具合になるはずだ。

 もし、今ここに十人いれば十分割になるのかどうかはわからない。だが、頭数が少ないより多いほうが負担も小さいに違いない。

 兄の言葉からもそれはうかがえた。

「そうだね。三人なら三人でしかたない。僕は愛が選んだ君を信じているよ」

 神崎のほうを見て、兄は口に笑みを浮かべる。その笑みは、神崎が今まで見た中で初めて偽りのないものに思えた。

「信じられているならしょうがない。俺も自分の精一杯はするつもりだ」

 キッと彗星を見据える。

 今またボトリと死骸が落ちた。

「……来られてたまるか!」

 全身に力がみなぎってくる。体が熱く、精神が高揚してきた。

 今なら彗星を押し返せる気がする。

 神崎が全身にみなぎる力を足に集中した。ぐっと溜め込み、それを腰、背中、肩、腕、最後に両手へと伝える。

「帰れーっ!!」

 両手から目に見えない力が彗星に向かったように感じた。

 その瞬間、彗星が大きく揺れた。いくつもの死骸がぼとぼとと落ちる。

「おおっ! 凄い力だ!」

「神崎君、凄い!」

 心なしか彗星が離れていくように見える。ぼとぼと落ちる死骸の数もますます増えてきた。

(効いてる!)

 自信が湧いてくる。

 さっきと同じ要領でもう一発送り込む。

 がくん、大きく彗星が揺れた。あきらかに押し返している。校庭に黒いものが積み重なっていく。

「今がチャンスだ」

 兄もなにかの力を送り込んでいるのだろう。彗星が目に見えて後退していく。

(この調子なら――)

 轟音。それから爆発音。

 苦痛の呻きとともに兄が倒れていく。

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