第5章 地球の危機VS魔法世代 その6

 家のすぐそばに辿り着くと、本当に妹がいた。

 ふたりの姿を目にするなり手を大きく振っている。全身を使っているのか、ぴょこぴょこ跳ねている。

「寒いね」

「ああ。もう、夏も終わったんだな」

「そうだね。……あっ」

 季節を感じている神崎の手を見て、妹が声をあげる。

「朝早くからご苦労さまでした」

 ぺこり、お辞儀をする。

 羊羹のことを指していることがわかり、神崎はまるでおみやげを持って帰ってきた酔っ払い親父のように、片手を肩よりやや高いところにまで上げた。羊羹を入れた袋がゆらゆらと揺れる。

 妹は神崎の手から羊羹の入った袋を受け取った。ずしりと重いことだろう。身が詰まっているからそうなる。

 三人でコケがより多くなった階段を昇っていく。手すりにも蔦が絡まり、一気に数年の時が経過してしまったような有様だ。

(あとで掃除でもするか)

 階段を昇り終えて家に入る。居間にふたりを案内して座らせた。それから買ってきた羊羹を包丁で切り分けてそれぞれの前に置く。急須に茶っ葉を入れて、電気ポットからお湯を入れて湯飲みに注ぐ。

 湯気と湯のみの温かさが冷えた体に染み入る。

「落ち着いたことだし、そろそろ始めようか」

 お茶をひと口飲んでから兄が切り出した。ただ羊羹を食べるために来るはずがない。

 勝手にテレビをつけると、そこではやはりKF彗星のことを話題にしていた。

「今日の夜くらいから肉眼でも見えるかもしれない。もっとも、暗くてわからないだろうけど」

「見えた時には手遅れなんじゃないか? 恐ろしい速さだから」

「そうだね。でも、あれは彗星でもなんでもないから、軽く常識を乗り越えた動きをするだろう。突然空の上で止まるかもしれないし、もしかしたら引き返してくれるかもしれない。……いや、それはありえないか」

「……どっちにしろ、見えた時には遅いだろう」

 彗星の速度のことは知らない。そもそも彗星ではないのだから、知識をいくら持っていたところで無駄だろう。予想外の動き。今までにもずいぶんとやっているようだ。

「たぶん、見えた時が最後の砦だ。できれば見える前に食い止めておきたいところだ」

「もう、今日食い止めてもいいんじゃないのか? 別に直前じゃなきゃダメってこともないんだろう?」

 率直な問いだ。今までは神崎自身にはそれほど関係のない話だった。いや、衝突すること自体は関係大ありだが。

 それが、今は自分が彗星の目標であり、その彗星を食い止める壁の役割でもある。関係者の中では兄に次いで二番目に位置していそうなくらいだ。

「それが、直前じゃなきゃダメなんだ。僕らがなにをしているかわからない状態というのは好まれないらしい。そればかりは僕ではどうしようもない」

「……は? なんだそれ」

「とにかく、君には明日の朝早くに僕といっしょに彗星を食い止めてもらう。場所は、そうだな……学校がいい。あそこがなにかと都合がよさそうだ」

 少しだけ思案して集合場所を決めると、兄は羊羹を口に運んだ。

 すぐにその顔に驚きが乗る。非常に珍しいことだ。

「これ、おいしいね」

 もうひと口。

(こんな奴でもやっぱりおいしいものはおいしいと思うんだな)

「でしょ! これおいしいからあたし気に入っちゃったんだ! お兄ちゃんも気に入った? ねぇ?」

 神崎家が獲得したファンがその兄に評価を求めている。ふたり目のファン誕生か。

「あ、うん。おいしいけど、僕にはちょっと甘すぎるかな」

 決して嫌いなわけではない。だが、味覚に合わなかったようだ。

 ただそれだけのことなのに、大きく沈んだ。

 妹と、それに神崎が。

「そうなんだ……。おいしいと思うんだけどなぁ」

(同感)

 どうやら甘党に近いほうがこの羊羹を気に入るらしい。山村は気に入っていたが、確かに父はあまり食べていなかった。父はどちらかといえば辛党で、お酒を飲んでいるから甘味に弱いのかもしれない。

「残念だな。お兄ちゃんが気に入れば、あたしも羊羹屋さんに並ぼうかと思っていたのに」

「並べばいいんじゃないか? 別に僕が食べなくても、愛が食べるんだから」

「でも、ひとりで食べても楽しくないでしょ?」

「……そうだね」

 妹がぷぅと頬を膨らませる。どんなに拗ねたところで甘いものを食べない兄が食べるようにはならないだろう。

 そう思った神崎は、自分でも予想だにしなかったことを口にしてしまう。

「うちに来てればいいじゃないか。俺も食うし、母さんも食べるし」

「ホントにっ! いいの? いいの?」

(なにをそんなに驚いてるんだ?)

 そう思い、すぐに自分がつい今さっき言った言葉を思い出した。

 神崎から「来ればいい」と言った。初めてのことだ。

 妹がよろこんでいる理由が羊羹を食べる相手がいることなのか、神崎の言った言葉からなのかはよくわからない。わからないが、おそらく後者だろう。

 自らの失態に額に手を当てる。

 よろこぶ妹を見ないように視線をずらすと、表情を消した兄の姿が目に入った。

 神崎の視線が来た瞬間には従来の爽やかな笑みに戻っている。

 だが、一瞬だが目に入ったあの無表情は一体なんなのだろうか。

「どうしたの?」

 兄が訊いてくる。そこに表情の変化の余韻はない。最初からずっとこのままだったと言わんばかりだ。

「いや……お前こそどうかしたのかな、と」

 探りを入れてみる。表情の変化はなにもない。

「僕は別になんとも。君がじっと見てくるから、なんだろう? ってね」

(あいかわらず掴めない奴だな)

 結局無表情の原因はわからずじまいだ。

 妹のよろこびようは変わらず、兄に自分の境遇を自慢している。それを兄は笑顔でかわしているのだが、やはりどこか作り物めいたものが見え隠れする。

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