第5章 地球の危機VS魔法世代 その5

 残り一日。

 ついに衝突が明日に迫った最後の平穏の日。

 神崎は早朝から寒い思いをして羊羹屋に並んでいた。順番は三番。

 季節的には秋なのだが、朝は結構寒い。薄着で来れば致命的だったかもしれない。

 彗星のことなどなんのその、羊羹屋の朝は早い。

 何度か列に並ぶおばちゃんに話しかけられながら開店を待つ。かれこれ一時間。開店まではあと十分といったところか。

 なにげなく空を見上げてみる。そこに彗星の形などまるで見えない。

 もし今そこに彗星が見えるのだとしたら、そのスピードは非常にゆっくりとしたものになるだろう。

 とんでもない速さでやってくるからこそ肉眼で見えないのだ。そして見えないから実感できないのだ。そうでなければこうして羊羹屋に並んでなどいられないだろう。

 神崎の前後は主婦だらけ。早朝ミーティングとでも言いたげな会話が各所で繰り広げられている。どこどこの旦那がどうだとか、どこどこの息子がどうしたとか、そんな話ばかり。まるで興味が湧かないネタばかりだ。

 そんな会話を耳に素通りさせながら待つこと十分。ついに店のシャッターが開けられた。

 順次レジに赴き、羊羹を手にふたつ。

 神崎だけがひとつしか買わない。三番手なだけに最初で最後の例外なのかはわからない。基本的にみな二本買っていく。

(よし、これで用件は済んだ)

 あとは特になにもない。家で二度寝でもしていようか。

 誰もいない家は広く、孤独感よりも開放感が優先する。なにも言われずにもう一度寝ることに楽しみさえ覚えるほどだ。

 羊羹屋を離れ、数分歩いたところで見知った人物と行き会った。

 青地のジャンパーを着た青い髪の男。

「やぁ」

 片手を上げている。偶然を装っているのだろうか。

「……どうした、こんな朝早く」

 話しやすい距離まで近づく。

「君を待っていた」

 答えは短く、それでいて用件がわかりやすい。

「なんのようだ?」

「君の家で構わないか? すでに妹も向かっている」

「……そうなることが必然のような手回しの良さだな」

 開放感は得られそうにない。だから、それを奪った相手に皮肉を送り込んでおく。

 さして効果はなさそうだが。

「まぁ、君の両親もいないという話だ。声を潜めなくていいのはなにかと都合がいい」

 爽やかな笑み。

 断る権利はあるのだろうが、兄を放っておいて家に帰ってもそこに妹がいるという寸法だ。どっちもが同じ話をするのならば、片方だけ帰しても意味はないだろう。

「……行くぞ」

 そうと決まればじっとしているのもバカらしい。なにより、まだ外は寒いのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る