第5章 地球の危機VS魔法世代 その3
翌朝の教室。
ようやくみなの間に、ある共通の話題がのぼってきた。
あさって彗星が来るんだって――それでもどこか焦燥感が足りていないのだが。
「なぁ、お前これからどうする? うちの親はなんだか今さらって感じなんだけど」
「そういう意味でならうちもそうだな。結局海外旅行には行かないみたいだ」
彗星衝突の最初の報道から、わずかにひと月で実際の衝突の時がやってきてしまった。
五ヶ月の短縮の原因はやはり彗星が本当の彗星ではなかったためだろう。
神崎が兄からさらに聞いた話によると、魔族がなぜ彗星という形をとったのかというと、それが一番効率がよいからなのだと言う。
攻撃性。移動性。
魔族の故郷がなんらかの原因により生活に不適当になったために、新たな『楽園』を作ることにした。その目標が一番水の多い地球。
魔族にとっては水があるとないとでは大きな違いだと言う。水に属する魔族が、水のないところを選ばせなかったのだろう。
彗星全体が魔族の悪意であり、地球を破壊するために、骨格の堅い魔族の死骸が最先端となっているらしい。
単に悪意が塊となって移動してきているだけ。そんな事実が裏にあるのだ。それを彗星だと思って計算したところで、まともな計算結果が返ってくるはずがもともとなかったのだ。
事実を知るのは神崎と真実兄妹の三人のみ。
「それでもなんとかなりそうだけどな。うちの親なら」
知らない間に彗星が落ちていた。もしそんなことになっても、神崎の両親ならのほほんとその場にい続けそうだ。そんなことは可能性としてはありえないのだが。
「みんな、割と焦ってないよな。どう考えたって日本は助からないのに」
「助からないからだろう。助かるんだったらみんなどこかへ逃げてるはずだ」
「……そうか。逃げたって無駄だもんな。だったら、普通に暮していたほうが――本当にそうか? 金まき散らす奴とかいそうだけど」
山村がイメージするのは、きっと散財のことだ。お金を溜めていても意味がないと思った時に、人はそれまでとは逆に大量にお金を使ったりする。
以前にも一度似たような時があった。
西暦が変わる直前、地球は終わりを迎える。そんな予言があったのだが、見事に外れてくれた。
予言を信じて大金をばらまいた人間がいることを、この町の住人ならそのほとんどが知っている。その後、彼が病院に入院してしまったことも。
だからこそ、この町に散財に走る者はいない。
予言も非現実な事実も同じこと。信じられなければ、普段通りに過ごすしかない。
「お前はなんか後悔しそうなこととかないのか?」
「俺か? ……俺はない」
一瞬考えてみたが、特に後悔しそうなものというのはなさそうだ。
(お前はあるだろうな。山ほど)
物欲の比較的強い山村だ。同じ質問を返してやれば、おそらく眼鏡が光るはずだ。
「お前にはないのか?」
キラリ。
あまりにも予想通りの反応に、内心溜め息をついた。もう少し違った反応を見せてくれないか、そう思ったこともしばしばだが、いつも予想を裏切らない。
「あるある。ああ、あるとも。あれも手に入れてないだろ。それに、まだあの本も読んでない。あのゲームもやってないし、あれも聴いていない」
出てくる出てくる。欲しいものリスト。
まだ続いている。ゆうに二十は超えている。
「……わかったわかった。お前の後悔が物ばっかりだってことが」
神崎は眉間を指でつまむ。なくなったはずの頭痛が再発しそうだ。
「人聞きの悪い。俺だって物ばっかりが惜しいわけじゃない。……真実ちゃんにもまだ気持ちを伝えていないのに」
「あたしがどうしたの?」
「おわっ! あ、お、おはよう!」
「おはよう。……なんの話?」
朝だからか元気に飛び跳ねている頭頂の髪の毛を揺らしながら、妹が神崎に訊く。
やけに動揺している山村が不思議でしょうがないのだろう。
「ああ。あのな――」
「そ、そういえば、あさってに彗星が衝突するんだって。真実ちゃんはどうするの?」
遮られた。それはそうだろう。あのまま放っておけば、間違いなく『他人の口から告白』が成立してしまったのだから。
「あたしはどうもしないかな。きっと神崎君がなんとかしてくれるから」
満面の笑み。
謎でしょうがない山村。
「こいつが? ただの無愛想だろ?」
「うるせーよ」
「無愛想じゃないよ。神崎君はま――」
「今日昼どうする? ひさびさに屋上行くか?」
遮った。
「うん、行く! 今日はお弁当作ってきたんだ!」
「あ、俺の分は?」
「……ごめん! 用意してない」
両手を合わせて頭を下げる赤髪。
あきらかに落胆する眼鏡。「しょうがないか」と小声。
「今日も休みかと思って……」
たぶんそれはないだろう。確かに昨日までの山村なら、今日休んでも不自然ではない。でも、それはあくまで神崎たちが訪れる前ならば、だ。
雨がやんでしまえば、山村はすこぶる元気になる。
「そうだよな。俺、昨日まで休んでいたんだもんな」
大変に悔しそう。これで今日のパン獲得争いに加わることが決定した。決定したというよりは、変わらなかったといったほうがいい。
すっかり話題が逸れたことに気づかないふたりを見て、神崎はほくそ笑む。
ようやくあきらめたのか、山村がさっきまでの話題を思い出そうとしている。
「そういや、こいつが彗星をなんとかしてくれるとかって、あれ……なんとかできるのか?」
戻ってしまった。
「うん。神崎君は凄いんだから!」
妹はまだなにも見ていない。神崎が彗星を止めるところ。そして、その際の魔法を。
それなのに、ここまで誇りに思っているのはなぜだろう。しかも、神崎のことなのに。
「おい、もうそれ以上――」
「やぁ、おはよう」
遮られた。でも、今回は都合がいい。
爽やかな笑みで登場したのは兄。青髪をさらりと流す。
「どうだい、気分は?」
「おかげさまで絶好調だ。あさってまではな」
「そう。それならよかった」
笑みもそのままに、自分の席へと向かっていく。その途中ですぐに女子に囲まれている。
「そうだ。お前昨日頭が痛そうだったけど、治ったのか?」
思い出したようだ。昨日、山村の自室で神崎が頭を押さえていたことを。それが凄く悪そうだったことも。
「ああ。なんとかな。別にたいしたことじゃない」
「たいしたことみたいだったけどな。真実ちゃんの反応を見る限りは」
意地の悪い笑み。眼鏡が薄光る。
「大変だったじゃない」
「お前が騒ぎすぎなだけだ」
「なによ、その言い方! ホントに心配だったんだから!」
(そうだろうな。確かに俺も苦しみすぎた)
だけど、内情は表に出さない。
「俺はそんなにヤワじゃない。放っておいても治っただろうな」
「放っておいたら治ってなかったよ! だって、お兄――」
ミスリード。
「お前の兄貴に運んでもらわなきゃ、病院まで辿り着けなかっただろうな」
「……え?」
「だったよな?」
妹は神崎にわかりづらく睨まれている。一種の脅迫だ。
事情を知らない山村は首を傾げる
「あ、うん。あたしひとりじゃ、やっぱり重かったから」
神崎の言わんとするところをようやく理解したらしい。これで以後、魔法や彗星に関することでは神経を払う必要がないだろう。
「そりゃ重いだろう。こんな奴引きずって行けばよかったんだよ」
「……お前も引きずり出してやろうか?」
一体どこに引きずり出すのだろうか。教室からなら廊下か校庭しかない。廊下ならまだしも、校庭では落差六メートルはある。柵を含めるともう一メートル高くなる。
神崎が指しているのは校庭だ。つまりは、軽めの死刑宣告のようなものだろう。
「それは結構。あと二日、楽しく過ごそうぜ」
両手を肩の位置に上げる。降参。
「わかればいいんだ」
神崎の顔に、ニヤリ、笑いが乗る。
それは大変に意地悪く、眼鏡を鈍らせるには充分だった。
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