第5章 地球の危機VS魔法世代 その2

 ありえない。

 今までの神崎なら間違いなく頭から否定していることだ。でも、今は否定する気はもう起きない。

「……あの雨はなんだったんだ?」

「あれ? あれはね、人間を弱らせるための下準備かな。現に学校でも何人かが休み始めただろう? ああやって徐々に弱らせた人間の中から目標を選定するんだ。君の友達があっさりと弱ってくれたから、彼らも彼を選んだのだろう」

 兄の言う『彼ら』が魔族で、『彼』が山村だ。代名詞が頻発する語り方は若干わかりづらいものがある。

「もっとも、弱りすぎて困っていたから君に変更したんだろうけど」

「俺は弱ってなかったぞ」

「だからこその頭痛さ。あれで普通なら弱る。君の意思力は本当に尊敬に値するよ」

「……他にも目標がいただろう。弱ってる奴なんか、たくさんな」

「たぶん、君の持つ力がそうさせたんだよ。魔法世代の人間なら誰でもが魔法を使える可能性はある。だけど、そういった能力は個人差が激しい。君のように目立って素質のある人間が他にいなかったんだろうね。君の友達も少しは素質があるから、そして弱っていたから第一目標に選ばれたんだと思う。少し気の毒だったかもしれないけど」

 さして気の毒とは思っていないだろう。表情に変化が乏しい。

「さて、これでいろいろとわかったかな? まとめると、あの雨が人間を弱らせるため。弱らせるのは目標を選ぶため。目標は君の友達だったが、君へと変わった。こんなところだね」

 あたかも普通のことであるように、普通ではないことをまとめる。

 当事者に大抜擢された神崎にとっては、すべてが未だに信じられないことだ。

 実感できるはずがない。

 頭痛だってたまたま起きて、なんとなく治っただけかもしれない。そう思い込もうとすればできてしまうのではないか――いや、できなかった。

 だからこそ、神崎は自分が魔法使いになってしまったと思ったのだ。

 誰かに話したところで一笑に付されるのは目に見えている。間違ってもまともな話だとは思われないに決まっている。

「あと三日で全部終わる。そうすれば、君も自分の力を誇りに思うことができるかもしれないし、もしそう思えなかったとしても、二度と力を使う必要なんてない。どのみちこれが最初で最後の仕事だと思ってくれるといいかな」

「仕事、か。ここまで巻き込まれたんだ。厄介ごとのひとつくらい増えたって、今さら変わらない」

「ひとつだったらね」

「……どういうことだ?」

 引っかかる。

 神崎の請け負う厄介ごとはひとつではないというのだろうか。彗星を食い止めたあと、はたして何があるというのか。

「いや、君の考えるひとつと僕の考えるひとつ――つまり実際の厄介ごとの間になにか違いがあるかもしれないということだよ」

 表情の変化が少ないために、真の意図は読み取れない。

 いくら視線を送り込んでも、まったく変わりがないのではどうすることもできない。

「神崎君、あんまり気にしちゃダメだよ。お兄ちゃんはいっつもこういう風にはっきりとした言い方をしてくれないから」

「……だろうな」

 兄が苦笑する。苦笑、といっても微笑ほどに軽くだが。

「ふたりともひどい言いようだな」

「お兄ちゃんが悪いんだよ。もっとわかりやすいようにしゃべってくれればいいのに」

「それは僕の勝手さ。ずっとこういうしゃべり方なんだ。今さら変えようとも思わない」

 妹の頬が膨らむ。キッと睨みつけるがまるで効果はない。

 ひらり、まさにそんな表現がピッタリくるように流している。

「それじゃ、僕はこれで帰るよ。妹がこんなんだから」

「……ああ」

「君がこのあとどこへ行こうと、それは君の自由だ。友達のところに戻るもよし。家に帰るもよしだ」

 巧みに視線を避けながら、兄はそのまま距離を広げていく。

 睨みつかれたのか、それとも効果がないのが頭に来たのか、妹が膨れっ面のままで神崎に顔を向ける。

「あたしはまだ帰らない」

(やけか?)

 しゃべったことで一度は小さくなった頬も、またすぐに膨らんだ。さっきよりも大きい。

「せっかくだから、お兄ちゃんといっしょに帰ったっていいんだぞ?」

「いいの!」

 怒っている。

 なぜか怒りの矛先が自分に向いているような気がしないでもないのだが、それは錯覚だと自己暗示をかける。

 夜にはまだ早いが、それでも太陽の位置はずいぶんと低くなっている。ひさびさに見た太陽だったが、そこに懐かしさはない。あって然るべきもの――ないほうがただの不自然だったのだ。

 ありがたみ――もしかしたらそんなものを感じなければいけないのかもしれない。仮になにかのきっかけで太陽が失われてしまったら……。そんなことになればずっとあの闇の生活を送らなければいけないのだ。

 ただ暗いだけ、それだけのはずがない。あるはずもない。

 人間は病気になる。木々は枯れる。その内に食糧不足もやってくる。

 生き残るのはわずかかもしれない。

 太陽が失われることは、同時に生命が失われることなのだ。

 もしずっと雨が降りっ放しだったら、彗星の衝突なしに『楽園』ができあがっていたかもしれない。

(やけに、考え混んでしまったな……)

 自分がどうにかなってしまったのではないかと思う。

 思考が非現実的側に寄っている気さえする。

「どうしたの?」

 ずっと押し黙る神崎のことが気になったのだろう。妹が声をかけてくる。

「ちょっとな。……やっぱり太陽があると気持ちがいいな」

「……? うん、そうだね」

 妹の顔が明るくなる。

 ちょっとだけ神崎との間を詰め、ゆっくりと歩き出した。

「彗星の衝突が防げるといいな」

 どこか他人事だが、突拍子もない事実を受け入れ始めてもいる。

「きっと防げるよ! だって、神崎君がやるんだもん!」

(根拠はどこだよ)

 神崎は微笑を浮かべた。神崎自身は気づかない。だが、妹は気づいた。

 すぐに妹も満面の笑みを浮かべた。

「神崎君がやるんだから、きっとうまく行くよ!」

 もう一度念を押す。

 根拠は、きっとそれなのだろう。

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