第4章 起こり始める変化 その12
彼はそれを選んだ。
すべては決められた中で動いていく。
青いものがゆらりと動き、それは流れていく。
真実兄は外へと歩き出していた。
姿は私服。チノパンツにトレーナーというラフな格好。手にはなにも持っていない。
「ついに時が来たのか」
外は晴れていた。
夕方に変わる手前。太陽は西に降りていき、オレンジ色が辺りを反射している。
十数日ぶりに晴れたことに気がついた者が、何人か傘を降ろして歩いている。空を見上げ、いつの間にか雲がなくなっていることを不審がっている。
雨がやむ。その事象はしごく簡単に説明がつく。
気象情報なら『雨雲が去ったため』になるが、実際はまったく違う。
(彼ははたして協力してくれるだろうか)
すでに何人かの協力は得ている。だが、それだけではまったく足りない。もっと、強力なパートナーが必要だった。
妹にはそれがある。だが、あるだけではどうしようもない。それをきちんと形にできる者が必要だ。その者は同時に自分のパートナーへと変わる。
兄妹が目をつけたのが神崎だった。
いや、目をつけたのは兄だけなのかもしれない。妹の考えはいまいち読めない。
(どうして彼だったのだろう)
考えてもわからない。ただ、すでに決まっていることだ。自分にはその事実しか必要ない。
本当ではもっと大勢のパートナーがいるはずだ。だが、現実には彼ひとり。
もしかしたら、その友達もパートナーになりうるのかもしれないが……。
(おそらく彼は違うだろう)
可能性はなきにしもあらずだが、いかんせん接触が少ない。
(彼ほどにはなりえないな)
数歩の距離を一瞬で通る。
普通に歩いているように見えるが、その足は異常に速い。同じ方向を走る自転車と同スピードで歩く。
しかし、誰ひとり不審がる者はいない。よっぽど晴れた理由のほうが気になるくらいだ。
真実兄は急ぐ。
晴れたということは、つまりはもうすぐということになる。
その前に神崎には協力してもらうしかない。
あのことを言ってしまいさえすれば、必ず彼も協力してくれるはずだ。
そうすれば、あとは自分と彼とでなんとかなる。
地球の危機は、それで解決する。
自然と足が速まる。たった今車をも追い越した。それでも誰も不審がらない。
外は晴れ。夕暮れ。
遥か前方にふたりの姿が見えた。
(いた。……どんな理由があるとはいえ、彼がそういう人でよかった)
一瞬で距離を詰める。そして、少し後方で標準速度に戻す。
さりげなく追いついた風を装うために、やや駆け足で近寄る。
「おーい、待ってくれよ」
赤い髪がほんの少しだけ振り返る。その目が驚きに開かれる。
「お兄ちゃん! どうしたの」
「ああ、たまたま見かけたんで追いかけてきたんだ」
「そうなの? ……それよりも、神崎くんが大変なの。あたしこれから病院行ってくるね」
すぐに前を向き、歩き出そうとする妹。
「病院に行っても無駄だよ。原因不明か風邪で済まされるのがオチさ」
「どうしてそんなことがわかるの?」
「簡単なことだよ」
妹が振り返るのが無理そうだったので、ふたりの正面に回り込む。神崎のほうはあからさまに顔色が悪い。すでに侵入されているようだ。
「苦しいかい?」
「……」
「見ればわかるじゃない! もう、なんなのよ!」
妹に足止め扱いされている。
兄は苦笑すると、神崎に視線を固定する。今は爽やかな笑顔は浮かべていない。
「僕は君をその苦しみから解放してあげることができる」
「ホント!」と妹。
「ああ。……ただし、ひとつだけ条件がある」
ピンとひとつ指を立てる。
「そんなこと言わないで、すぐに治してあげてよ」
「それはできない。お前に自覚はないかもしれないけど、お前が彼を選んだのだからな」
「なに言ってるの?」
「彼じゃなきゃダメなんだ」
一度、言葉を切る。そしてすぐに続ける。神崎に向けて。
「だから、僕に協力してくれることを条件に、君の痛みを治してあげるよ」
神崎の目が、探るように兄の目を見据える。
かなりの苦しさのはずだ。その中にあって意思をまったく失っていない。
たいしたものだ。
(やはり、彼ならだいじょうぶだ)
兄にとってこうした駆け引きは必要ない。すぐに治してあげたって構わない。彼は充分それに値する。
だけど、強制という立場を取ってでも彼の協力がいるのだ。
「……合気道か」
ボソリと低い声。
神崎はじっと睨み続けたまま、静かに問う。
「残念だけど、そう。君が僕の忠告を守らなかった時点で、こうなることはすでに決定済みだったんだ」
「……」
返事はない。
目は睨みつけるままだが、おそらく考えているのだろう。思考は巡るはずはない。強烈な頭痛が延々と襲いかかっているのだから。
「……わかった。不本意だが、しかたない」
不承不承。
苦しみから解放されるのは魅力的な取引材料のはずだ。それなのにこの態度。兄はますます神崎のことを気に入る。
「交渉成立だ。ちょっと待っていてくれ。すぐに、楽になるよ」
兄は神崎をひとりで立たせ――妹が大変嫌がった――、それからなぜか妹の手と神崎のそれを重ねる。
「どうするの?」
「少し黙っていてくれ」
膨れる妹をよそに、続いて神崎の額に右手を当てる。激しい痛みのためか、発熱している。
「……よく、我慢できたね」
右手に左手を重ねて、一気に気合いを注入する。「はっ!」
すると、眩い光がほんの一瞬発生し、すぐに神崎の額の中へと吸い込まれたように見えた。
「もうだいじょうぶだよ」
あっという間のできごとだった。
神崎の頭からは、信じられないだろうが一瞬で痛みがなくなったはずだ。それどころか不思議な高揚感さえもあるはず。
「……」
「驚いたかい?」
「……ああ」
試しに拳で頭を殴っている。まるで痛くないだろう。
苦しみから解放された実感がじわりと広がっていく様子が目に見える。
「凄いな」
「これがそういうものだよ」
神崎は自分自身を疑っているようだ。
あれほど嫌悪していた『魔法』に助けられ、しかもそのことを凄いと思ってしまったのだから。
「たった今から君もその仲間だ」
「……は?」
「君も僕と同じことができる、そういうことだよ」
なんのことだかさっぱりわからないように見える。
そんな顔をしている彼がおかしい。
(驚いているね)
彼の眉根に一瞬で皺が寄った。
不機嫌そうだが、今までよりもずいぶんとマシに見える。やはり、魔法を体感したのがそのせいか。
「つまり、俺がお前と同じ側の人間になったということか?」
「正解。君にとっては大変嫌なことかもしれないけど、僕にとっては大きな収穫だよ」
「……ぜんぜんわからないんですけど」
不機嫌そうな声と顔をした妹が、兄にわかりやすく言うように抗議している。
妹の顔を見る兄。ほんの一瞬だけ表情を曇らせた。
それをすぐに消すと、兄は妹にわかりやすい説明をしてあげることにした。
「もう言っても平気だと思うから言っちゃうけど――」
神崎の表情を確かめる。不機嫌。
「彼も今日から魔法を使えるようになったんだよ」
「うそっ!? お兄ちゃんだけじゃなくて、神崎君も魔法使えちゃうの? いいなぁ~」
うらやましがる。
「……別にうらやましがられることじゃない。俺にとっては屈辱以外のなにものでもないからな」
「そんなことないよ! 魔法が使えるって凄いことなんだよ!」
「そりゃ……凄いだろうな」
妹は単純によろこんでいる。
ひさびさの晴れがそんなに楽しいのか、髪の毛もふわりふわりと浮き沈み。
「それで、神崎君はどんな魔法が使えるの!」
「いや、俺に訊かれても……」
ふたりの視線が自然と兄に集まってくる。
だから、爽やかな笑みに二割くらい意地の悪いものを含ませる。
(ガッカリするかな?)
「簡単に言うと、彗星を止める力」
「……え?」
「だから、今地球に迫っている危機――KF彗星を食い止める力だよ」
詳しく言い直す。
「それだけだよ」
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