第4章 起こり始める変化 その10
同じ数を作ることになれば、自然と競争という形になるだろうとは目に見えていた。
別に神崎は急ぐつもりはない。それどころか、割り当て分も作る気がない。
そんな考え方の差か、妹が五個作り終えた時点での神崎の手元にある個数はわずかに二個。
二個作っただけでもマシ。そう考えている。
でも、妹は違う。
「わーい。あたしの勝ち! 神崎君遅すぎ」
(急いでいないからな)
「う〜ん……しょうがない! あたしが手伝ってあげる」
そうして妹が二個作る間に、神崎は一個完成させた。都合七対三となり、微妙にサボることに成功した。
「意外と不器用なんだね」
違うところに感想がいってくれたらしい。そうなれば真の勝者は神崎か。
三つ作らされた時点で負けなのかもしれないが。
「よし、それじゃあこれつけよっか。神崎君は山村君のところの窓お願い」
山村の部屋には窓がふたつあり、ひとつがベッドの横、そしてもうひとつが山村の向いているほう。テレビがあるうしろだ。
妹はテルテル坊主を五個持って、まずそちらに向かった。
残された神崎は手に持たされた五体をじっと見て、しばらくしてからようやく重い腰を上げた。
大きな窓。今はカーテンが敷かれている。
確かテルテル坊主は外が見えるほうがいいはずだ。神崎はカーテンを開けてから、適当に五体をくっつけて、それからもとに戻した。
視線。
一瞬背後に誰かの視線を感じた。サッと振り返るも、山村は正面を向いたままだし、妹はうしろ姿だ。
辺りを見回すも、特に変わった様子はなにもない。
「……気のせいか」
思わず口に出してしまう。
そして、まさかそのつぶやきに反応があるとは思ってもみなかった。
「そうでもない」
どこからその声が聞こえてくるのかがわからない。
もう一度周りを見回したが、やはりなにもない。
「周りを見てもしょうがない」
周りじゃないとすると……。
「そうだ」
ゆっくりと山村の顔がこちらを向く。その顔は無表情を通り越して、まるで死人だ。
その口がゆっくりと動くと、そこから声が発せられていたことがわかった。
「……お前、誰だ」
山村ではない。
その誰かわからないものが、ゆっくりと口の端を上げた。目が死んでいるために不気味でならない。
「私か? 私はただの目標にすぎない」
(目標……?)
神崎は自分の頭を疑った。今目の前にいるのは確かに山村だ。だが、それを自分自身が山村でないと判断している。
ありえない。
そんな現実的でないことが起こりうるはずがない。
「もうすぐだ。もうすぐ私たちの楽園ができあがる」
「……どういう意味だ」
「楽園ができる。私たちの楽園が」
答えになっていない。
ようやくふたりの異変に気がついたのか、妹がゆっくりと近づいてくる。
様子の違う山村を警戒しているのか、そっとその背中側に回る。神崎とは山村を挟んで相対する位置。
「なにが起こったの?」
「わからない。楽園だとかなんとか、なにが言いたいんだかさっぱり」
ふたりに挟まれたためか、山村もどきは正面を向いた。
すると、誰も操作していないのにも関わらず、テレビの電源がひとりでに入った。
ぶうん、鈍い起動音とともに動き出したテレビは、すぐにある番組を映し出した。
それは、ここのところ連日放送されている特番だった。それの夕方版。
「楽園が……楽園がやってくる」
画面には大きく彗星の姿が映っていた。衛星で捉えたらしい、本物のKF彗星。
『衝突まであと二十日』
いつの間にか寿命が縮んでいた。
つい最近まではひと月近くあったはずが、いつの間に倍速になったのだろうか。
もはや、あのカウントダウンも当てにならない。いつ来てもおかしくないというのが現状だろう。
「もうすぐだ……もうすぐだ」
熱に浮かされているように同じ言葉を繰り返す。
妹がなにか思いついたようで、それを訊いてみる。
「楽園って、あの彗星のこと?」
ゆっくりと山村もどきの頭が左に動く。見えているのかよくわからない目で妹の姿を捉えると、口の端を上げながら、
「違う。だが、そうだ」
意味がわからない。
「違うけどそうだ?」
「そうだ」
会話にもなっていないように思える。
「……ん?」
そこでなにかに気づいたのか、山村もどきが神崎と妹に交互に視線を送る。非常にゆっくりとした動作で。
「そうか。お前も、お前もよさそうだ。ここよりも、もっとよくわかる」
なにやら得体の知れないことをつぶやく。
しばらく交互に向いていた視線が、神崎で止まる。
「おまえのほうがよりいい」
「なにを言っているんだ?」
「……決まりだ」
まったく通じない。
と、突然山村の体がすべての力を失ったように、バタリとベッドに倒れ込んだ。
「どうした!」
神崎が抱き起こそうとすると、途端に頭の中にひどい痛みが発生した。
思わず山村に折り重なるようにして倒れる。
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