第4章 起こり始める変化 その7
(地球を守るだって……?)
あまりにもバカげていた。
神崎の表情は兄の言葉を受けて唖然。
「君が嫌いなことは承知の上で言う。今迫っている危機を凌ぐには、魔法を使うしかない」
「……」
不機嫌そのものの顔をして、神崎は押し黙る。
わかっていたと思っていたのに、このざまだ。むしろ『地球を守る』とか言い出した時点で以前より遥かに悪くなっていると言える。
(やはり兄妹揃って電波なのか……)
「『電波』、だと思っているね?」
まるで見透かされたようだった。神崎の表情に無意識に驚きが乗る。
「そうだろうね。いきなり地球を守るだとか、危機を凌ぐだとか言われても、普通は頭がおかしいと思うよね」
(……思う)
「でも、事実なんだ。君だって知っているだろう? KF彗星のことを」
最近のニュースで、さらに彗星の衝突までの時間が短くなったと聞いた。突然現れた彗星の軌道を計算していたこと自体が間違いで、実は垂直落下が一番正しかったようだ。ネットもオカルトも大騒ぎしていて、凄く不快に思ったのをよく憶えている。
「それがどうしたんだ」
だから神崎の声が不機嫌にもなるというものだ。
青髪は神崎をしばらく見て、小さく息を吐いた。
「ちょっと単刀直入すぎたね。もっと語句を補って話すよ」
二秒ためる。
「KF彗星の衝突から地球を守るために、君の持っている魔法の力が必要だ。協力して欲しい」
やけに言葉をはっきりさせて言う。嫌味か。
(つき合ってられん)
神崎はひらりと身を翻す。階段を降りようとするが、足を思うように動かせない。
何度も前に進もうとするのだが、屋上一メートル手前からまったく変わらない。
そうしている内にだんだんと疲れてきた。
「……なにしやがった」
神崎が睨みつけてやると、兄からは爽やかな笑みが返ってきた。
「もう少し話につき合ってもらいたい。なに、聞いてくれているだけでもいいんだよ」
兄の笑顔は爽やかを通り越して、意地の悪そうなものに変わってきている。
動けない以上、神崎は逆らうことなどできやしない。
兄の合気道に負けた神崎は、顔を不機嫌全開にして押し黙る。
「……別に本当は君がやる必要はないんだ」
(なにが、だ)
「誰だって君の代わりになる。……だけど、愛が君を選んでしまった」
(選んだ……?)
「だから、君にこんな大役が与えられてしまったというわけなんだけど……おや、意味がわからなかったかな?」
(わかるわけがない)
神崎は兄に顔を覗き込まれて不機嫌さがさらに募る。だが動くことができない。
兄は数歩近づいてきて、思い切り近くから神崎の顔を覗き込み直す。女子ならこれほど近くなればイチコロだろう。
「聞いているだけでよかったんじゃないのか」
「ん? ……そうだね。確かにさっきそう言ったんだったっけ」
また笑う。どこまでもキザっぽくどこまでも底意地の悪そうな。
「今さらわざわざ言う必要もないだろうけど、僕の名前は真実勇気だ。そして君の名前は神崎勇気だよね。さらに、君のお友達は山村勇気」
「……なにが言いたい」
「この学年は男子の名前が『勇気』。そして、女子の名前はみな『愛』だ。一体どうしてこんなことが起こったのだろう」
役者が入っている。どこか演技臭く、見ていて腹が立ってくる。
芝居はまだまだ続く。
「君は知っているよね?」
「……」
「そう、『魔法兄妹』だよ」
(言い切りやがった)
神崎たちが生まれる前、今から十七年前にもの凄く流行ったアニメがあった。特撮戦隊物を実写ではなくアニメにしたようなもので、最後に兄妹が敵を派手に倒すのが爽快だったようだ。
このアニメ、認知度が極めて高く、その影響はあまり出てはいけない部分に、あまりにもはっきりと出てしまった。
よく芸能人の名前を子供につける親がいる。生まれた時に自慢したいからだろう。
それだ。
アニメは一年続いたのだが、その間に生まれた子供のほぼ十割――つまり全員に、男の子なら『勇気』、女の子なら『愛』という名前がつけられた。
主人公兄妹の兄が『勇気』で妹が『愛』だったから。それしか考えられない。
おかげで、現在十六歳か十七歳の男女は名前で呼び合うことはない。全員が同じ名前である以上、名前で呼び合うと半数が振り返ってしまうのだ。自分の名前を言うのも言いづらいものがある。
だから、苗字で呼ぶ。名前で呼ぶのは家族・兄弟くらいのものだろう。それと、電話くらいか。たとえば神崎家に電話をかけた時に、『神崎君いますか?』よりは『勇気君いますか?』のほうがわかりやすい。まぁ、前者もいないわけではない。
同じ名前か苗字の集合の場合には、その異なるほうで呼ぶことは当然だろう。
「この全員が同じ名前だという現象。少し強引だけど、たまたまと言い切ってしまえばそれで済んでしまうかもしれない。だけど、たとえばこれが仕組まれたものだとしたら?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます